EP 11
悲報、王女の朝食がパンの耳
異世界に来て、シェアハウス生活が始まってから数日。
俺、月田陽太の朝は、規則正しい生活リズムで始まる。
社畜時代は朝6時に起きて満員電車に揺られていたが、今は違う。
8時に起き、檜風呂で顔を洗い、1階のキッチンでみんなの朝食を作る。
最高の「人間らしい生活」だ。
「よし、今日はフレンチトーストにするか」
俺はキッチンに向かった。
しかし、そこには先客がいた。
ガリッ……ゴリッ……。
薄暗いキッチンの隅、冷蔵庫の影で、何かが硬いものを齧る音がする。
ネズミか? いや、この家は俺がリフォームして害獣対策も完璧なはずだ。
「……誰だ?」
俺が声をかけると、その影はビクッと震え、慌てて何かを背中に隠した。
「あ、おはようございます、陽太さん……」
そこにいたのは、シーラン国の王女にして、今は俺たちのシェアハウスの末っ子、リーザだった。
彼女はパジャマ代わりのダボッとしたTシャツ姿で、気まずそうに目を泳がせている。
「リーザちゃん? こんな朝早くに何してるの?」
「えっと、その、朝ご飯を……」
「朝ご飯? 今から俺が作るよ?」
「いえ! そんな! 私の分なんてお気遣いなく! 私はこれで十分ですから!」
リーザは必死に首を横に振る。
嫌な予感がした。
俺は彼女が背中に隠している手を、優しく、しかし強引に掴んだ。
「見せてごらん」
「あ……うぅ……」
彼女の手の中に握られていたもの。
それは――。
「……パンの耳?」
いや、ただのパンの耳ではない。
カチカチに乾燥し、所々に**緑色の斑点**が浮き出た、石のような物体だった。
「なっ……!?」
「だ、大丈夫です! カビは削れば食べられますし、ペニシリンだと思えば薬になりますから!」
「なるかバカヤロー!!」
俺は思わず叫んで、カビパンを取り上げた。
リーザが「ああっ、私の三日分の食料がぁ!」と悲鳴を上げる。
「リーザちゃん! ここはもう公園じゃないんだ! なんでこんな物食べてるんだ!」
「だってぇ……家賃も払えない居候なのに、美味しいご飯までいただくなんて申し訳なくて……。私にはこれが一番落ち着く味なんですぅ……」
リーザが瞳に涙を溜めて訴える。
その健気さと、染み付いた貧乏性が、俺の涙腺を刺激した。
一国の王女が、カビたパンの耳で「落ち着く」なんて言っちゃいけないんだよ!
騒ぎを聞きつけて、2階から他の住人たちが降りてきた。
「ふわぁ……何事? 朝から夫婦喧嘩?」
寝癖がついたウサ耳を揺らして、キャルルが降りてくる。
続いて、完璧にメイクを整えたリベラと、まだ寝ぼけて壁にぶつかっているルナもやってきた。
「聞いてくれみんな! リーザが……リーザがこれを食べてたんだ!」
俺は証拠品をテーブルに叩きつけた。
「ひぃっ!?」
リベラが悲鳴を上げて後ずさった。
ハンカチで口元を押さえ、信じられないものを見る目をしている。
「な、なんですのその生物兵器は!? 新たなダンジョンの瘴気塊ですの!?」
「い、一応パンです……たぶん」
「リーザ……あんた、まだこんなもん食ってたの?」
キャルルが呆れと憐憫の入り混じった顔をする。
ルナに至っては、杖でパンをつつきながら首を傾げた。
「不思議ですわ。これ、森の苔より栄養価が低そうですけど、人間界の珍味なんですの?」
「違いますわ! ただの生ゴミです!」
リベラが断言した。正論だ。
俺はテーブルをドン! と叩いた。
「決めたぞ。今日の朝飯は外食だ!」
「えっ、外食?」
「ああ。リーザちゃんの貧乏性を根底から叩き直す! パーッと美味いもん食いに行くぞ!」
「ええええ! お金がもったいないですぅ!」
慌てるリーザを無視して、俺は着替えを命じた。
◇
俺たちが向かったのは、街の大通りに面した一角。
そこは、中世ファンタジー風の石造りの街並みの中で、異様な存在感を放っていた。
大きなガラス張りの窓。
赤と黄色を基調とした派手な看板。
そして、看板に描かれた王冠を被った少年のイラスト。
――ファミリーレストラン『タロウキング』。
隣国・太郎国の国王、サトウ・タロウがこの世界に持ち込んだ、現代地球文化の結晶だ。
「ここが……噂の『タロキン』……」
キャルルがゴクリと喉を鳴らした。
冒険者の間でも「安くて美味くて、謎の飲み物が飲み放題」と話題になっているらしい。
「よし、入るぞ」
俺が先頭に立って入り口へ向かう。
すると、後ろから殺気を感じた。
「どきな! 私が蹴破る!」
「邪魔な結界ですわね。消滅させますわ」
キャルルが回し蹴りの構えを取り、ルナが杖に魔力を込めている。
「ストップストップ!! 敵の要塞じゃないから!」
俺は慌てて二人を止めた。
危ない。入店前に器物損壊で出禁になるところだった。
「いいか、よく見てろよ」
俺は二人の前に立ち、ガラスのドアに近づいた。
ウィィィン……。
軽快な音と共に、ドアが左右に開く。
「「「開いた!?」」」
「な、なんですの今の? 風魔法? それとも透明なドアマンがいるんですの!?」
「すっげー! 触ってないのに!」
リベラとキャルルが目を丸くする。
リーザは「ひぃぃ、お化け屋敷ですかぁ……」と俺の背中に隠れた。
「これは『自動ドア』って言って、人を感知して開くんだよ。太郎国の技術だね」
「さすが太郎国……底が知れませんわね」
リベラが悔しそうに眼鏡を直す。
俺たちは現代日本(風)の店内に足を踏み入れた。
漂ってくるハンバーグの匂いと、コーヒーの香り。
ああ、懐かしい。俺の知っている「ファミレス」の匂いだ。
案内されたボックス席に座ると、リーザがメニュー表を開いた瞬間、小刻みに震え出した。
「よ、陽太さん……こ、この『朝の王様プレート』……銀貨5枚(5000円相当)もしますよ……? 私の1ヶ月分の食費です……」
彼女が見ているのは、ステーキとエビフライが乗った一番高いメニューだ。
確かに朝からそれは高いし重い。
「リーザちゃん、こっちだ。この『モーニングセット』ならリーズナブルだぞ」
「でもぉ……やっぱり私、お水だけでいいです……」
メニュー表を閉じて縮こまるリーザ。
その姿に、俺はニヤリと笑った。
「甘いな、リーザちゃん。この店には『水』よりも凄いものがあるんだ」
「え?」
「セットについてくる魔法の権利……その名も『ドリンクバー』だ!」
俺が指差した先。
色とりどりのジュースが並ぶサーバーコーナーが、朝日に照らされて輝いていた。
それが、貧乏王女を「沼」に引きずり込む魔境だとも知らずに。




