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辺境三若記  作者: 芳美澪
82/82

82話 奪還

~王都伝記より抜粋


王、辺境に在りて再び旗を掲ぐ。王都陥落より幾星霜、王は流浪の果てに南の地に身を寄せ、民の嘆きをその胸に刻んだ。


王を支えたのは、百合の名を戴く女と、剣を知らぬ民の手であった。彼らは耕すことを止め、鍬を槍に替え、王の傍らに立った。


王が進軍を開始すると、王のもとに集う者は千を数え、森よりは“森隠もりごもり”の影が現れ、砦よりは古き同志が旗を揚げ、王国へ忠誠ありし貴族たちが、王の呼びかけに応じて軍を整えた。


王の左には、智と謀を以て知られた女子爵の主があり、王の右には、美貌と勇を兼ね備えし“麗将”が馬を並べた。


二人は風のごとく軍を導き、進軍は山を越え、谷を渡り、大地を震わせて進む。王が歩む道の両脇には、民が列をなし、涙をもってその行軍を見送り、そして後に続いたという。


やがて、王都を望む丘に至るとき、王の旗の下に集いし者、既に一万を超えたり。その軍はもはや軍にあらず――祈りであった。民は言う、「あれこそが真の王の姿なり」と。


この日をもって、王国は再び動き出す。南の地に咲いた小さき火は、やがて王都を照らす炎となり、歴史はこの行軍をして、後に“奪還の道”と記す。


***


王都奪還、並びに王国の復活から数か月が過ぎた。あの騒動後も変わらず北町は平和な日々が続いている。


王都奪還は無血開城という形で幕を閉じた。王子、いまは王か。が、王都へと辿り着いた時には侯国は既に瓦解していたも同然だったらしい。王都を包囲後、すぐに降伏したのでむしろ肩透かしを食らったと長兄が言っていた。


北方の侯爵も慌てて駆けつけたらしい。


北方侯爵からすれば遅れを取ったとはいえ、王子の戦力なんてたかが知れていると思っていたのだろうが、いざ王都へと来たらそこには万の兵が待ち受けていたのだ。その時の侯爵の顔を見せたかったと次兄が笑い話にしている。


悲惨だったのは侯国側だ。勇者失踪の件に関しても一部ではあるが事実が判明した。まず、勇者だが本当にいなくなったらしい。時系列順に話すとこうだ。


あの毒殺未遂の後も、幾度か不穏な影が差した。勇者の心は次第に磨耗し、やがて酒に、女に、そして闇に逃げ込んでいった。


噂では、“甘い毒”と呼ばれる飲み物にも手を伸ばしたという。


心が折れかけた人間はなにかに縋る。宗教だったり、酒だったり、女だったりするが、勇者は薬にも縋ったらしい。どういった物かは不明だが、中毒性のある飲み物と言っていたので薬らしき何かなのだろう。


それに真っ先に気づいたのが聖女だ。聖女は止めるように勇者を説得したらしい。その甲斐もあってか勇者は一度は持ち直したらしい。だが、今度は聖女が狙われた。陽の下で、あまりにあっけなく命を落としたという。勇者を貶めるためには聖女が邪魔だったのだ。勇者にとっては最大の理解者が死んだことで尚の事引きこもりがちになった。そして誰に知られることなく姿を消した。


━━勇者も最愛の長女も失くした南方侯爵はすべてを諦めた。王都が包囲された直後に自室で毒を飲んで死んでいたらしい。


この物語の糸を引いた黒幕は不明のままだ。実際に暗躍していたのは北方侯爵の可能性が高いが、他にも多くの思惑が蠢いていたらしい。中には帝国の手の者もいたとか……真偽のほどは定かではないが。


いずれにしても黒い感情が渦巻く中で勇者と聖女は翻弄され、その短い人生を閉じることになった。勇者の生死は不明なので、最大の被害者は聖女だったのかもしれない。


正直、考えるだけで憂鬱になる。


なので、マシなことを考えよう。王国だが王子が正式に戴冠した。ちなみに嫁はいない。どうも姉を嫁にと騒いだらしいが身分差があるので無理だ。残念だったな。


北方侯爵も謙虚に王子を支えてるらしい。万に近い兵が動かせると見せつけたからな。まあ、実際に戦える人間は多くはないが……北方伯爵の熊様とインテリもこちらに都合の良い助言をしてくれているらしい。まずは王国の安定が最優先ということだ。


イケメンと女狐は王子から正式に感状と褒美が渡されるらしい。南の侯爵と伯爵が手薄になってるから、どっちかが伯爵に昇進する可能性がある。ちなみに南方伯爵の人間は消息不明だ。


うちに対しての報酬がどうなるのかはよく分かってない。俺は当事者じゃないからな。蚊帳の外だ。あれだけ偉そうに言っといて何もしてないのでこっちから話題に出すのも恥ずかしい。


砦衆は正式にうちの男爵家に雇われることになった。頭が代表なのは変わらずだ。それ以外はあまり変わっていない。


むしろ俺は大赤字だ。万に近い砦衆、浮浪者共の動員に対して食費は全部俺持ちだった。商人も巻き込んで大量の食い物を用意させたので、今まで貯めた資金は全部吹っ飛んだ。


というか、若干、借金に近い形だ。泣きたくなる。


俺の手に残ったのは北町だけだ。うさ耳たちも変わらずに俺の世話をしてくれてる。借金持ちの主人とか甲斐性がなさ過ぎていつか見限られるんじゃないかとビクビクしている。


まあ、懐は寂しくなったが、俺の全てである北町が無事なので良しとしたい。


「ご主人様。そろそろお時間になります」


うさ耳が声をかけてくる。今日は毎度の月一定例の日だ。多くの人間が城館にやってくる。


色々あったし、失うものも多かったが俺の目的は変わらない。それを実現するために立ち止まることは許されない。


立ち上がるとうさ耳が扉を開いてくれる。廊下では犬耳と委員長が待っていた。


三人を従えていつもの大広間へと向かう。この扉の向こうには俺の夢が詰まっているのだ。


「ご主人様の御成です」


うさ耳の言葉で大広間の扉がゆっくりと開かれる。砦衆、兵士、商人、そして赤い月の面々が俺を出迎える。


俺はここで風俗王になるんだ━━

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