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辺境三若記  作者: 芳美澪
81/82

81話 不審

木の皿に賽子を転がす。カランという音がどこか心地よかった。


「揃いました!」


犬耳が嬉しそうに飛び跳ねている。小さな体が上下に揺れると同時に大きなアレも上下に揺れる。


「強いな」


「強すぎますね」


俺の愚痴に委員長も同調してくれた。犬耳が下男から教えてもらったという賽子勝負をやっているのだが、要は”チンチロ”である。そもそも俺がチンチロをよくわかっていないので、ルールそのものが一緒かどうかはわからない。賽子を振って役の強さを競う遊びだ。歓楽町の賭場でも行われているらしい。


木の皿の上に賽子を転がすときの音がカランコロンなので、カラコロとでも言うのだろうか? そんなことを考えていると今日、何度も聞いた賽子を転がす音がする。


「えっ!?」


賽子を食い入るように見ていた犬耳が素っ頓狂な声を出す。


「ふふふ、私の勝ちですね」


どうやらうさ耳が勝ったらしい。委員長と俺はぼろ負けだ。運が無さすぎる。一方の犬耳は常に高い役を出す幸運の持ち主のようだが、その上を行くのがうさ耳だった。まあ、お金かけてないし。こんなゲームで勝っても嬉しくないし。くそ。


不意に――コンコンと扉をノックする音が響く。本来であればうさ耳たちが応対するが、今は俺が扉に近い。三人に手を挙げて扉に近づく。


「三若様に至急お伝えしたいと砦衆の者が参っております」


扉の外の声に耳を澄ます。再度三人を見ると、若干申し訳なさそうな顔をしている。


「お寛ぎのところ申し訳ありません」


扉をゆっくり開けると兵士の後ろに諜報部門らしき男が肩で息をしている。急いで来たのだろう。満身創痍と言った印象だ。嫌な予感がする。


「何があった」


「失礼します」


頷くと男が近くに寄ってきて耳打ちした。


”勇者失踪”


その言葉に思考が止まる。失踪とはどういうことだ。いなくなったのか? それとも侯国を見限ったのか?


「数日前から勇者様の御姿がないと噂になっております」


「死んだのか? 噂の出どころはどこだ」


「城内の一部から出ています。現在は城内で厳しく規制が命じられているとか」


戒厳令か。死んだかどうかは不明だが、いなくなった可能性が高い。なぜ?


「北方侯爵様に動きがあります。王都に進軍する可能性があると」


タイミングが良すぎる。狙ったかのように動くという事は侯爵が絡んでいるのだろうか。考えてもわからん。


「次兄はどこだ」


「はっ! 現在は砦に居られるかと……」


俺の問いに兵士が答える。


「よし、砦にいく。連絡をいれろ」


俺の言葉を聞いた二人が飛び跳ねるようにその場を去った。部屋に戻ると三人が先ほど以上に不安な視線を俺に向けていた。


***


夕暮れが近い時刻、実家の城の大広間は暖炉に火が灯り、室内を温めいているが空気は冷えていた。大広間には、全員が集まっている。


「何があった?」


まず口を開いたのは王子だった。まだここにいる多くの者が情報を持っていない。


「勇者がいなくなったそうだ」


俺の言葉に広間の空気が止まった様な気がした。


「なんだと!? どういうことだ!」


「申し訳ありません。確実なことまではわかっておらず……」


王子の叱責に頭が深く頭を下げる。


「よせ。お前たちはよくやっている」


くだらない問答は無意味だ。建設的な話をしたい。


「思いがけぬ報告に気が動転してしまったようだ。許せ……」


王子が気まずそうに謝罪の言葉を口にする。気持ちはわかる。でも、人に当たるのはやめようね。


「虚報の可能性はないのか? いや、貴公らを信じていないというわけではない」


長兄が口を開く。その懸念はもっともだ。


「王都では厳しい規制が敷かれています。事実関係を探ってはいるようですが……」


諜報部門の男が顔を歪める。砦衆のネットワークは浮浪者や冒険者が中心だ。兵士や貴族筋にも繋がりはあるが、規制下では情報が遮断されやすい。今の状況は、砦衆にとって最も厄介な事態だろう。


「勇者がいなくなったのが事実であれば、絶好の機会ではありませんか?」


王女が王子の顔をうかがいながら声を上げる。


「事実ならばその通りだ。だが……」


王子が頷く。


そう。だが、虚報の可能性もある。勇者が居なくなったと見せかけての、やっぱりいました。が、一番怖い。さらに怖いのが、本当にいなくて何もしなかった場合だ。その場合は北方侯爵の一人勝ちになる。王都奪還後に王子を呼ぶつもりなのだろう。世間からはやっぱり北方侯爵がいないと王国は駄目なんだという認識になる。


「北方侯爵が進軍準備を進めているそうです」


頭の報告に王子が驚きの表情を見せる。


「そのような話は聞いていない……」


勇者失踪に侯爵が絡んでいるかは不確かだが、動きは明らかに不穏だ。最初から王子を自領に匿わず、連絡も密にしなかったのも不可解だ。


「状況は良くないな。このまま静観すれば侯国の頭が代わるだけだ。だが、不用意に動いて情報に偽りがあった場合、壊滅的な打撃を被ることになる」


次兄が呟く。こいつ……いつも「お前の意見が聞きたい」とか言ってたくせに、ちゃんと自分の頭で考えていやがった。


「王子殿下……どうされますか?」


パパが王子に問うが、王子は目を瞑っている。この判断はかなり難しい。だが、戒厳令が敷かれているとなると勇者失踪はかなり信憑性があるとみていいのではないだろうか? もう賭けるしかない。駄目だったら勇者様に取り入って足でも舐めれば許してくれるんじゃないだろうか。


「━━王都に行く」


小さな声だったが、ハッキリと聞こえた。王子は決断した。


「お兄様……」


兄の決断に王女が声を震わせる。


「我ら男爵家も総力をもって御支えします」


王子の決断にパパが感無量と言った様子で礼を取った。


「いや、それには及ばない……」


王子は首を振った。


「可能性のひとつとして、勇者が健在である可能性もある。そうであれば、少数精鋭で動くべきだ。男爵家を不用意に窮地に陥れるわけにはいかない」


その言葉が、大広間の空気をいっそう冷たくした。誰も口を開こうとしない。王子が言っているのは最悪の状況を回避するという意味では正しい。だが━━


だとしたら、最初からここに来るなよ!


既にお前がここに来た時点でうちは侯国の敵認定されてるわけよ。北の男爵の件はたしかにあった。だが、あの程度なら挽回は可能だったはずだ。決定的なのはお前らがここにきたからだろうが。”助けてほしい”ってきておいて、いざ、行くぞとなったら「迷惑はかけられない」である。


……正直、ドン引きだわ。


「わずかの手勢をもってここを発つ。そして王都で━━」


「はぁ……もういいから」


王子の悲運の主人公気取りはお腹いっぱいです。


「……どういう意味だ」


「アホな王を持つと下が苦労するわ」


「無礼者!」


王女が立ち上がり叱責してくるが、苛つき度合いではこっちの方が上である。いい加減にしろよと怒鳴りたい。


「迷惑かける? だったら、最初からここに来ないで北方に逃げれば良かったじゃん。二人がここに来た時点でうちは侯国の敵なのが確定したわけでしょ」


「……っ!?」


異論があるなら言えや。


「たしかに……貴公のいう通りだ。だが、これ以上は━━」


「これ以上も何もないんだよ! もう完全にロックオンされちゃってんの!! そんな状況で迷惑掛けられないとか寝ぼけたこと言ってんじゃねーよ!!」


こいつらを迎え入れた時点で一蓮托生なのだ。それを今更、自分一人でとか言われたら、パパたちからすれば裏切りと同等だ。


「砦衆!」


「は、はっ!!」


「動ける奴ら全員準備させろ! 明日の朝出るぞ!」


「はっ!」


「諜報部門!」


「はっ!」


「森隠の庇護を受けてる者を全部呼べ! 戦わなくてもいい。槍だけ持たせろ。飯は食わせる!」


侯爵家は数千の兵を有しているはずだ。見劣りしない数は欲しい。ここまで来たら質より量だ。戦闘経験がなくてもいいのだ。


「それから、北の子爵家に使いをだせ。借りを返せと言え。他の貴族連中にも伝えろ。王国を護らんと気概のあるものは王の基に集えとな」


「直ちに!」


諜報部門の男が部屋を去る。女狐のところは期待できないが、イケメンのところは戦力的にもかなり頼りになる。


「当然、城の兵士も連れてく」


次兄にも釘を指す。


「当然だな。任せておけ」


その気だったらしい。


「他の者は支援に回れ。食料を用意させろ。武器は棒でも何でもいい」


他になんかないのか? 言うほど準備もないな。ああ、後は悲劇の主人公気取りの王子に一言言わせりゃいいかと、王子を見る。


「もう後には引けないぞ。お前が決断したんだからな」


もう腹を括るしかない。「――こうなったら、男は度胸だ」


「……貴公の助力に感謝する」

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