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辺境三若記  作者: 芳美澪
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80話 剃刀

寒さはだいぶ和らいできたが、この辺りは寒さなど知らないかのように熱気で満ちていた。今日は北町の職人町へ視察に来ている。城館から馬車に揺られて辿り着いた職人町は、歓楽町とはまた違う活気に包まれていた。


「これは領主様。ようこそお越しくださいました」


壮年の男が出迎えてくれる。見た目は職人というより、どちらかといえば商人か世話役のようだ。


「邪魔して悪いな」


「いえいえ。本来なら鍛冶場の代表が出るべきなのですが……あの者は鍛冶一筋でして、こういう場は不慣れでございます。代わりに私がご案内を」


職人気質の男を前に出して粗相でもあれば困る、というわけか。まあ、確かにこんな子供が来るとは思っていなかっただろう。


男の案内で作業場を回る。炉の熱気がすさまじく、蒸し暑い。後ろをついてくるうさ耳と委員長は、すました顔をしているが……暑くないのか?


「城館の兵士の装備で、何か気に入ったものはございましたでしょうか?」


壮年の男が恐縮したように尋ねてくる。――どうやら、兵装視察と思われているらしい。


「あー、すまんな。今日はそうじゃなくて、相談に来た」


「相談……でございますか?」


「そうだ。よく切れる小刀ってあるか? いや、小刀よりももっと小さいものが理想だ」


「儀式で使う小刃のことでしょうか? それとも包丁のような?」


「あれは切るというより、削ぐか裂くためのものだろう? そうじゃない。――剃るための刃が欲しい」


壮年の男は一瞬、理解が追いつかずに沈黙した。炉の音だけが響いていた。


「剃る……髭を、ですか?」


壮年の男が聞き返してきた。


「そうだ。髭や産毛を”肉を削がず”に剃る。肌を傷つけずに、根元からな」


欲しいのは剃刀だ。今は必要ないが、いずれは必要になる。


「……な、なるほど……?」


男は口ごもり、考え込んだ後、「失礼します」と言って奥の方へ消えた。暫くすると再び姿を現すが、背後には一人の男を連れていた。


「この鍛冶場を取り仕切ってる者です」


壮年の男が背後の者を紹介してくる。煤だらけの男だ。腕には無数の火傷の痕が見える。


「剃るってのはどういうことだ?」


挨拶もなく質問してくる辺り、良い意味では職人気質の人間なのだろう。悪く言えば無礼な奴だが、まあ、嫌いではない。


「見せたほうが早い。出してくれ」


俺の言葉に委員長がテーブルの上に小包を置く。中は豚の皮だ。表面を見ると細かい産毛が見える。これを実演の道具として使う。ちなみにだが、豚はこの辺りでは一般的ではない。山が多いのでどちらかというと山羊とか羊が基本になる。豚は王都や南の地方と言った平地が多い所にいるらしい。


「この産毛が見えるか? この産毛を剃りたい。肌は傷つけるな」


俺の言葉に鍛冶屋の男が黙り込む。暫くすると豚の皮を無造作に掴み、じっと見つめてなにやら呟いている。更に暫く待つと壮年の男に何やら告げた。壮年の男が奥へと消え、再び戻ってきた。手にはいくつかの小刃を持っていた。


「試していいか?」


鍛冶屋の男が聞いてきたので頷いて返答した。


「切れませんね」


最初の小刃で皮を撫でたのを見て壮年の男が言うと、鍛冶屋の男が睨み返す。


「これは切れない奴だ。そっちのを貸してくれ」


鍛冶屋の男が別の小刃で何度も皮を撫でる。


「皮が傷つきますね」


壮年の男がため息と共に呟く。


「そもそも用途が違うだろう。俺が欲しいのは今までの用途とは違うかもしれん」


毛が剃りたいなんて現代人の感覚だ。この世界では、剃るという考えはない。それが当たり前なのだ。


「切る。裂く。叩き殺す。ではない。水に浮かべた葉が切れるほどの砥ぎが必要かもしれんな」


なんか、鍛冶屋の男がさっきからずっと睨んできてて怖い。無理なら無理で仕方がない。すぐにできるものでもないのだ。今日はもう帰ろう。


「まあ、絶対に必要というわけではない。できるようなら……連絡してこい。高値で買おう」


そう言い残し、早々に鍛冶屋を後にした。鍛冶屋から逃げ出し、馬車で城館へと向かう道中で、突然、馬車が止まった。馬の蹄が止まり、風の音だけが残る。


「何かあったのでしょうか?」


前に座る委員長が振り返り外を覗く。隣に座っているうさ耳も何事かと心配そうな顔をしていた。


「申し訳ありません。砦衆と名乗る者が手紙をお渡ししたいと……」


御者が外から話しかけてくる。うさ耳が俺の顔を見てきたので頷いておいた。


「受け取ってください」


「畏まりました」


暫くすると馬車が進みだした。手紙を持ってきた男の姿がすれ違いざまに見えた。乞食のような格好をしているが、どこか違和感のある男だった。乞食だけど乞食じゃないというか。細身の男と言い、本当に味方なのか疑わしくなる。


城館に戻り椅子に座るとうさ耳が手紙を開く。封蝋がしてある場合は俺以外が開けることはないのだが、今回の場合は、送り主が定かではない。一応は砦衆からということだが、念には念をということでうさ耳が内容を検閲してから渡される。


「ご主人様。砦衆の物で間違いありません」


うさ耳の安全確認が終わり、手紙が渡される。紙の左下には砦衆の紋章が押されていた。各部門の長にはその証明としての判子がある。つまり、この手紙は細身の男が出したものだということだ。


中を読み進め、その内容に一抹の不安を覚える。思わず先に内容を見たうさ耳を見ると、心配そうな顔でこちらを見ていた。


「北方侯爵が絡んでるらしい」


手紙の内容を要約するとこうだ。前回の勇者毒殺の背後を調べようとしたが、どうもうまく行かない。情報がどこかで遮断、操作されているらしい。それでも探っていると一人の人物の名前が上がってきた。北方侯爵だ。


毒殺を計画したのが、北方侯爵かどうかは不明らしい。細身の男の予想では違うかもしれないとあるが、本当のところはわからない。本人も確証が取れないらしい。それにあくまでも情報の出どころが北方侯爵なだけであって、怪しい人物。暗躍している奴らは他にもいるらしい。


その一人は南方伯爵だ。息子のほうも動いているのかもしれない。北方の子爵家の名前も上がっている。ここの娘が勇者の取り巻きの一人に入っているらしい。元々は南方貴族との婚約が決まっていた。結婚間近になり、南方侯爵の元に行っていたときに勇者召喚があり、そのまま帰ってこないらしい。両親からすれば可愛い娘を奪われた格好だ。


細身の男は今の王都がかなり危険だと警告している。勇者が倒れたあの日から、王都は静かに――愛憎と陰謀が渦巻く魔都へと変貌しているのかもしれない。

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