表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境三若記  作者: 芳美澪
79/82

79話 調理

「これが昇流水か」


城館の脇に作られた噴水を眺めながら、ぼそりと呟いた。


「はい、東の山から水を引いています。この水はそのまま歓楽町へと流れております」


生産部門の男が誇らしげに説明してくれるが、正直、半分ぐらいしか理解していない。要は――目の前の噴水は、東の山から水を引いて常時流しているらしい。東の山といえばそれなりに距離がある。どうやって引いているのか、さっぱりわからん。


「よくやってくれた。これで歓楽町の水問題は解決だな」


俺の言葉に、生産部門の男が満面の笑みを返す。本当に、よくやってくれた。毎日、休む間もなく水を汲んでくれていた下男たちも、これでようやく楽ができる。


噴水からは絶えず水が溢れている。だが、歓楽町全体の水をまかなうにはさすがに足りない。どうするのかというと――噴水からの水は樋を通って城館裏の池に溜められる。そして一日に三回、決まった時間に“放流”される仕組みだ。町の者たちはその時間に合わせて各自の貯水槽に水を溜め、生活用水として使う。


上水が安定して使えるようになれば、暮らしの質は劇的に上がる。その最たるものが――料理だ。


「こ、ここで野菜を入れます」


城館の厨房で、料理長が緊張の面持ちで鍋をかき混ぜている。俺が“作っているところを見たい”と言ったのだが、それには理由がある。


ここ最近、髭屋敷や砦の努力で料理がうまくなった。うまくはなったのだが……“日による”のだ。ある日のスープは絶品なのに、別の日はどうも薄い。それが料理の差なのか、別の原因なのか――確かめておきたかった。


「そっちの鍋は、先に野菜を入れるのか?」


目の前には、二つの鍋。先日、味の差に気づいた“あのスープ”を再現してもらっている。一方は、水を張った鍋に野菜を入れて煮込む方式。もう一方は、湯を沸かして塩などの調味料を入れ、野菜は食べる直前に加える方式だ。


「こちらのスープは、野菜の食感を際立たせるためと聞いております」


料理長の言葉に、とりあえず頷いておいた。この時点で理由はわかっている。だが、どう伝えればいいのかが問題だった。


一方の鍋は――ブイヨン。もう一方は――ただの塩湯。それだけの違いなのだが、彼らにとっては「そういう料理」でしかない。この世界はどこまでも前例主義だ。


「少し煮込み足りませんが、一応これで完成となります」


料理長が恐る恐る皿にスープを盛り付ける。見るだけで味の差はわかる。だがせっかく作ってくれたので、一口だけ飲んでみた。……うん、思った通りの味。


「美味しいです」


犬耳は、嬉しそうに両方のスープを飲み干した。


「違いはわかるか?」


試しに聞くと、不思議なものを見るような目でこちらを見返してくる。


「もちろんわかりますよぉ。違うスープですもの」


そうじゃない。


「じゃあ、どっちがうまい?」


具なしのスープを差し出す。犬耳は真剣な顔で味わい――指をさした。


「うーん、私はこっちが好きですね」


ブイヨンの方だ。味の違いは、ちゃんとわかっているらしい。


「そうだな。こっちの方が“うま味”がある」


「うまみ?」


「野菜とかの甘味とか、出汁の旨さがしみ出てるってことだ」


「はぁ……」


伝わってない。誰か、料理の美味しさを理屈で語れる人間を連れてきてくれ。


「じゃあ、これならどっちが旨い?」


ブイヨンを更に入れ、もう一方の野菜をブイヨンの中に盛り付ける。


「あ、これならこっちも好きかもです」


「こっちはうま味が出ているからな。というか、そういう料理があるのになんでうま味がわからんのだ」


ブイヨンが作れるなら、それ使えよと言いたい。


「こちらは祖母のスープと言いまして、言うなれば煮込みすぎたスープという意味です」


料理人が教えてくれた。


「なるほど。スープだけで飲み比べても味の違いがわかるだろう? 野菜の食感もこっちにしたほうが旨い」


「たしかに……ですが、このスープに混ぜてしまうと食感が混ざってしまいますね」


「なら濾せばいいだろう」


下水と言い、濾してばっかだな。


「おお、なるほど。こうすれば野菜のほっくりとした食感が失われませんね。それにスープそのものも美味しいです」


料理人が驚いたようにスープを食べている。


「野菜のうま味……ですか? 主様はなんでも知っているんですね」


「野菜だけじゃない、魚や肉のうま味もあるぞ」


「魚を煮込むのですか?」


料理人が顔を顰める。丸ごとでも良いが、ガラだけでいいんじゃないかな?


「骨を煮込むんだ」


当たり前のことを言ったつもりだったが、あからさまに嫌な顔をされた。


「骨を煮込むのは駄目か?」


なぜかこっちが不安になり、犬耳に助けを求める。


「駄目ではないと思います。ただ、貴族の方たちには忌諱される方が多いと思います。主様も嫌なのかと思っていました」


犬耳が言うには庶民、兵士などでは特に抵抗はないらしい。単に”捨てる物”という認識なだけだそうだ。意識の根底には無駄な事はしない。という考え方なのだろう。


一方の貴族になると話が変わる。無駄が好きだからな。ゴミを食べるようなものなんだろう。


ただ、どちらにも言えるのが、骨を煮る=臭いという認識のようだ。


「骨だけ煮ても匂いが気になるだろう? 香草と一緒に煮込めば匂いが消えてうま味だけが残るんじゃないか?」


豚骨は結構臭いそうではある。だが、魚系なら……と、思ったが、ここで問題に気づく。この辺りでは海の魚ではなく、川の魚が一般的だ。俺が思い描いてるのとはちょっと違うかもしれない。


「海の魚と川の魚とでは違いがあるかもな」


一応、さり気無く補ってみたがどうだろうか。


「違うんですか?」


犬耳が不思議そうに見てくる。


「海の魚は脂肪を蓄えているが、川の魚はそうでもない。川の魚だと淡泊かもしれないな」


その辺りは試行錯誤してみてくれとしか言いようがない。最期まで頭に疑問符が浮かんでいる様だったが、そこは貴族特権で「やってみろ」と無理やり言いくるめてみた。文化の違いって説明するのが大変なんだな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ