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辺境三若記  作者: 芳美澪
78/82

78話 憂鬱

何もうまく行かない日というものがある。今日――というか、ここ最近ずっと、気が重くて仕方がない。出来れば雪館に行って、花灯のお姉さんに「よしよし」してほしい。


「主様。元気ないんですか?」


窓辺で黄昏れている俺の顔を、犬耳が覗き込む。こいつ、俺に対して含むものはないのだろうか? その包容力のある胸で慰めてほしいが……お姉さんマウントしてきそうなのでやめておこう。


「あまり根を詰めるのは良くありませんよ」


委員長が優しく言う。普段は冷たいが、いざというときはちゃんと気遣ってくれる。甘えたら「調子に乗らないでください」って言われそうだけど。


「お茶を淹れ直しますね」


憂鬱の元凶であるうさ耳が、にこやかにそう告げた。先日の“ママとのやり取り”で言った言葉が頭を離れない。なんでこいつは俺の傍を離れないんだ。……もう許してくれよ。土下座すればいいのか?


「花館は、いつ頃できるんでしょう?」


犬耳が窓の外――歓楽町の方角を眺めながら言う。主の顔に胸を押し付けそうなその体勢、けしからんな。もっとやれ。


「半年後くらいでしょうか。雪館と違って装飾が多いと聞いています。もしかしたらもっとかかるかもしれませんね」


委員長が顎に手を当てて考え込む。


北方商人の紹介で現れた新しい商人――南方出身の豪快なおっさんだ。浅黒い肌に人懐こい笑み、やたらと声がでかい。そのおっさんが建てているのが、この“花館”と呼ばれる新しい娼館である。


しかも、雪館とは真逆のコンセプトらしい。


「花ってのは、大きく開いてなんぼだろう? お日様の下で派手に咲いてりゃ、それでいいんだよ!」


……だそうだ。商人は欲が深い生き物とはよく言ったものだ。俺は愛想笑いしかできなかった。雪館の隣に建て始められたこの屋敷は、すぐに(ちまた)で話題になった。いつからか“花館”と呼ばれるようになり、歓楽町どころか北町全体の噂になっている。


一方の雪館も負けてはいない。こちらもかなりうまくやっているようだ。既に“ただの娼館”ではなく、特別な場所――そう客に思わせることに成功していた。


話によれば開店直後の数日は、客を選ばず格安で迎え入れたらしい。当然、一般の娼婦と遊べると思っていた男どもは、見事に肩透かしを食らったらしい。だが、その“肩透かし”こそが功を奏した。


雪館の女たちは、ただ身体を売るのではなく、“品”と”芸”を扱う。そんな物とは無縁の男に対しても主のように迎え入れ、礼を尽くす。触れられそうで触れられない距離を保ちながら――承認欲求を満たす。男どもはその手の届かなさに熱を上げ、夢を見る。


格安期間で一気に評判を集め、その後は通常営業へと戻った。価格は跳ね上がったが、それでも客は途絶えなかった。“雪館の花灯と共に過ごした時間”という体験を、忘れられない男どもが大勢いるのだ。


利用者のほとんどは貴族――とはいえ、どこにそんな貴族がいたのかと思えば、実際には“貴族の親戚”や“地方の資産家”らしい。名は無くとも、金はある。そんな連中の欲を満たすには、雪館はこれ以上ない舞台だ。


ちなみにだが、雪館で遊ぼうと思ったら金貨を用意しないといけないらしい。中央の娼館は大小さまざまだが、安くて銀貨、高ければ金貨に近い額を払う必要があるという。そう考えると、雪館はまさに“超高級クラブ”だ。


「金貨か……まあ、どうにかなるか」


なんなら、領主特権で値引きしてもらえたり――しないだろうか。


「━━え?」


うさ耳が反応した。若干、声に棘が潜んでいる雰囲気にドキリとして顔を向ける。


「ご主人様……通われる気ですか?」


「いや、その……どういった雰囲気なのかなと。誘致した者としては気になるというか」


「雰囲気であれば、“赤い月”の者に報告させれば済む話ですね」


「あー、いや、一般的な……健康的な男の子としてはだな……」


「健康管理は、私たちが行っております」


声が一オクターブ低くなった気がする。冷汗が出そうだ。


「”無名の者”を相手にされるなど、あってはなりません」


うさ耳の厳しい一言に、犬耳がうんうんと頷いた。


「主様も男の子ですもんね。でも変な人に関わったら、後で問題になりますよ」


くそ……お姉さんマウントされた気がする。問題ってなんだ。ないだろ。


「なにか病気とか……えっと、その……子供とか……」


犬耳が顔を真っ赤にしながら口ごもっている。


「主様」


委員長が眼鏡を押し上げながら割って入る。


「身分を問わぬ関係は相手にも誤解を与えます。主様がその気はなくとも、相手がどう思うか……万が一、懐妊でもされれば━━」


「待て待て。そこまで考えてないんだけど……」


なんだこれ。話がえらい方向に転がってるぞ。男爵家三男に身分も何もあるか。もっと気楽に考えていいだろ。


「で、あれば、尚更です」


うさ耳の声の質が明かに変わった気がした。……これは怒られる流れだ。


「ご主人様があのような場所でお遊びになる理由はありません。どうしても必要というのであれば……えっと、その……こちらで検討致します」


たった一言呟いただけなのに、最悪の展開になった。三男という立場を考えても、明らかに度を越している。文句を言おうとしたが、うさ耳たちの気迫に圧されて――


「はい」


としか言い返せなかった。

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