75話 甘味
食後のお茶を口に運び、一息ついた時だった。茶の香りがまだ残る中、その報は思いがけない形でもたらされた。
「子爵家当主は囚われ、ご嫡男が正式に引継がれました」
奇しくも十四歳の誕生日だった。なんで、俺の誕生日にイケメンの祝勝をしなければいけないんだ。
「子爵家ご当主からの言伝を預かっております。”色々と世話になった。この恩はいずれ返させてもらう”との事です」
あー、うん。いいから放っておいて欲しい。
「私の書いた紙も少しは役に立ったという事か」
「少しどころかお兄様の書いたあの書状があったからこその勝利ですわ」
兄妹そろって自画自賛が始まった。帰って欲しい。
今朝、いきなり姉を伴って、またこの兄妹がやってきたのだ。王家としての自覚を持って城にでも引きこもっていて欲しい。
イケメンの方はさすがというか、当然というか、あっさり勝ったな。動き始めてから一週間しか経っていないが、あっという間に沈静化した。子爵家の兵士全員がイケメンを支持しているのだから当然ではある。
当主とその愛人の末路は聞いていない。恐らくは碌なことになってないだろう。最低でも死んだはずだ。生き残られては色々と面倒だろうからな。恐ろしい世の中だ。
「こういったものは初めて食べましたわ」
「私もだ。お茶とよく合うな」
「ええ、正直、王都を離れるのは不安でしたの。でも、思っていた以上に快適ですし、目新しい物で溢れていて――まぁ、少し気に入っていますの」
王子と王女が何気に失礼なことを言っている気がする。要はこんな田舎じゃ嫌だったの。ってことだろう。さっさと帰れよ。
「これは私も初めて食べます。作ったのですか?」
姉の声が、うるさい兄妹の掛け合いの中で唯一の清涼剤だった。
「色々と試行錯誤させてみた。芋となら合うかなって」
蜜白粉の改善を進めてもらっている。こちらも本に書いてあることをそのままやるのではなく、少しでも雑味が無くなるように濾したり、上澄みを使うなりの試行錯誤をさせている。多少は良くなったが、材料の入手がうまく行かないので量産は難しい。
改良された蜜白粉と芋を潰したものを混ぜ合わせてケーキらしきものを作らせた。正直、ケーキと呼ぶには微妙すぎるが、味は悪くない。この世界の甘味と言うと果実、酒、はちみつ、揚げ。こんな言葉をイメージしてくれれば良い。ケーキのような物はないのだ。
そう考えると、目の前のケーキもどきは珍しく、王族の人間でも興味をそそられるという物だろう。ちなみにうさ耳たちからは評判が良かった。
「この後の予定はどうなっていますの?」
王女がこっちを見る。お前らは帰れよ。と、言いたいが、さすがに言えない。落ちぶれてはいるがこいつらは王家の人間だ。つまり俺から見たらこいつらもチート能力者なのだ。
「俺はこの後は商人と━━」
「まあ、商人ともなれば色々な珍しい物が見れそうですわね。ねえ、お兄様?」
「遊びではないのだ。あまり騒がしくしては失礼だぞ」
「わかってますわ」
頬を膨らませて仲睦まじいやり取りは結構だが、連れてかないぞ? ……連れてかなくていいよね? 不安になり、姉を見るが目を逸らされた。
***
もはや見慣れた商館には、今日も多くの商人が出入りしていた。かつて有力商人の所有だったこの建物を、俺が押収して“商談所”として開放している。利用料は安いが、管理と警備の費用はそれで賄えている。安くしすぎた気もするが──賑わって見えるなら良しとしよう。
商館のなかでも一番大きな商談部屋で北方の商人と合っているのだが、部屋に入るや否や商人からはものすごい懐疑的な目で睨まれている。
理由は単純でこの場に似つかわしくない三人のせいである。
「今日はどのような商談ですの?」
「北方侯爵は新しいものが好きだからな。北方には多くの物が集まっていると聞く」
「私もその話は聞き及んでおりますわ」
「そういったものが南方のこの地まで流れてくればより一層、北町は発展するだろう」
「さすがはお兄様。博識ですのね」
黙っててほしい。
「……三若様。失礼ですがこちらの方々は……」
商人が恐る恐るといった様子で聞いてくるが目で拒否っておいた。何度も言うがこんな所に王家の人間などいないのだ。━━もうさすがに無理か。ここに来るまでに他の商人たちにも見られてるしな。
「おほん。さ、さて、では、まずは歓楽町のご報告とその後に少し商品を紹介させて頂きます」
「そうしてくれ……」
察してくれたようだ。さすが商人。空気を読むのはうまいぜ。
「まず、歓楽町ですが、以前、出資したいという商人をご紹介させて頂きました」
あの、すごい屋敷を作ってる商人だ。
もうじき完成予定だが、既に歓楽町では”雪館”と呼ばれている。注目度で言えば確実にあの屋敷が一番だ。完成時には商人が挨拶をしたいと言っているらしい。
「実は、もう一人、お会いしたいといっている商人がおります」
「そうなのか」
出資してくれる商人が増えるのはありがたい。
「……雪館を作った商人の知り合いでして」
なんか、嫌な予感がする。あの商人は癖が強いのだ。その知り合いとなると……
「後日、紹介状を持ってお伺いすると思います。何卒、宜しくお願いします」
嫌だとはいえないので、曖昧に頷いておいた。
「さて、歓楽町ですが、基礎工事は半分ほど完了しておりますな」
砦衆たちの活躍で上下水の工事は順調だ。既に半分以上の区画が整備されている。
「王都から移った娼館のおかげでかなり活気がでております。既に城館側の区画の価値は大きく上がっております。赤い月の方たちとも話ましたが……そろそろ、出す店を厳選しても良いのではないかと」
なるほど。今までは来るもの拒まずという感じだったが、今後を考えればある程度の厳選をしていった方が良いという事か。確かにその通りかもしれない。玉石混交な感じも良いが、客層に併せて町の作りや店構えを整備するのも悪くない。
「城館に近い所を高級志向にしてはどうかと。既に雪館もあります。中央に王都から移動した娼館がありますので、ここを基本的なエリアとします。城館から離れるほど安くなる」
いいと思う。金のない奴らは城館から離れた安価な娼館に行ってもらえばいい。
「治安的にも偏っていたほうがやりやすいか」
「その通りでございます。城館に近い方は高級志向ですので、商人や貴族向けとなります。逆に離れるほど庶民たちの集まる場となりましょう。そちらの方に人を集中させれば効率が良いかと」
「わかった。異論はない。それで進めてくれ。あと、次回から月の定例にお前らも出ろ。赤い月のやつらにも伝えろ」
北町の歓楽町は大きく発展している。そろそろこいつらにも出てもらって報告してほしい。次兄とも相談してある。
「宜しいのですか?」
北方商人がこちらを探る様な目で見てくる。赤い月はいわばならず者集団ではあるのだ。そんな奴らが良いのか? という意味だろうか。
「リーダーに言っておけ、いつまでも”ならず者”で居られるほど甘くはない。とな」
商人が頭を深く下げる。あいつらは既に歓楽町の自治を預かる集団なのだ。その辺りの認識と責任を持ってもらいたい。




