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辺境三若記  作者: 芳美澪
73/82

73話 促進

侯爵にとっては王家の引き渡しが最優先事項だった。侯国としての完全勝利という結果を演出するには王家の身柄とその処罰が絶対条件だからだ。その為に勇者の圧倒的な力と工作を駆使し王都に働きかけ、王家の身柄を条件に無血開城――それが侯爵の描いた理想だった。


「剣だけではなく、理でも王を屈服させる」


それこそが、侯爵が夢見た“新しい時代の幕開け”だったのだ。そのすべてを勇者がぶち壊した。さすがチート。交渉? なにそれ?


勇者からすれば結果的には王都を手に入れたんだから問題ないだろうという認識なのだが、侯爵からすれば、たまったものではない。たしかに王都は手に入ったが、「王国を裁く資格」を失った。勝利の形は同じでも、意味はまるで違う。


王国よりも侯国が正しいことを証明するためにも、王家の身柄を確保し、侯爵自らが裁きを下す必要があった。それが侯国にとっての“正義”だ。この流れを取ることで世間や民、更には周辺国に対して、今回の政変は正しく遂行され、完了したという事実を突きつけられたはずだ。


だが、それは失敗に終わった。


今から王家の身柄を確保し裁いても後の祭りだ。既に王都を力で奪ってるのだから、世間の目には反逆という先入観が植え付けられたままだ。まあ、そうなんだけど。


事実として、王都の民や周辺では「侯爵が王家に反旗を翻した」という噂が流れている。侯爵はその“事実”を“正義”に塗り替えるために努力していたのだ。多くの金と血を流したはずだ。勇者は、それを一瞬で踏みにじった。


「伯爵家ご長男もそろそろ限界かと」


細身の男が低く笑う。その笑いには、他人の不幸を喜んでいる節があった。楽しそうだな。


「噂が効いているか?」


楽しそうなので少し乗っかってあげた。


「それはもう。更にはいまだに独り身。寂しいのでしょう。勇者様と比べるまでもありません。羨ましいのでしょう。ああ、以前の舞踏会で三若様にも邪魔されておりましたなぁ」


「あれはあいつが悪いだろう。あれで靡く女がいると思ってるのだとしたら頭を疑うぞ」


思ったことを口にしただけだが、細身の男のツボに入ったらしい。低く笑う声が止まらない。


「勇者様の足を引っ張るか」


是非とも足の引っ張り合いをしてほしい。


「既に何かにつけて反対しているようです。勇者様からの評判も悪いようです。聖女様にも愚痴をもらしているとか」


「聖女?」


「侯爵様の長女ですが、勇者様の伴侶として“聖女”と呼ばれております。常に共に行動を」


細身の男の言葉に眉間にしわが寄ってしまった。いわゆる聖なる力を持っているとかなのだろうか?


「侯爵令嬢の事は良く存じ上げています。見目麗しく、姿勢や物腰ひとつとっても淑女の鑑と言えるお方でした。……そう、あのお方は聖女と呼ばれているのですね。たしかにそう呼ばれてもおかしくはないお方よ」


王女が教えてくれた。その声は静かで、どこか哀しげだった。


「勇者様は次の敵を探しておられます。ですが、侯爵様は態勢を整えたいとお考えの様子。またしても意見がぶつかりますな」


「勇者の目はどこを向いているかわかるか?」


「はて……明確にはわかりませんが、良くお言葉にするのは北の帝国だとか」


勇者にとって王家はどうでもいい存在なのかもしれない。むしろ、初めて召喚されて、その武威を振るった帝国戦の印象の方が強いのだろう。魔物も使役してたし、単純に敵として魅力的ってことなのか。


「こっちに目を向けていないならいい。その辺りを探れ」


「はい。ですが……残念ながらそれ以外の問題があります」


「なんだ」


問題ってなんだ。こいつが言うとマジで問題しかない気がする。


「北東の子爵家」


イケメンの所か。嫌な予感がする。


「兵士の方が接触してきています。助けてほしいと」


眩暈がしそうになった。うちは駆け込み寺じゃないんだぞ。


「どういうことだ」


「妾の子を次期当主に据えるおつもりのようです。そのために、ご嫡男は邪魔になる。……現在は“盗賊”に身柄を抑えられている、とのことです」


北東子爵家の現当主は愛人の子を当主にしたい。その為にはイケメンが邪魔だ。現状では当主に流れが来ているのでこのまま強引に廃嫡しても良かったが、なぜかそれはせずに別の方法を取ろうとしたらしい。要は不慮の事故で後継ぎが居なくなったから、仕方がなく愛人の子供を当主にするよ。という体にしたかったということだろう。


息子をわざと少ない手勢で派遣させ、そこを盗賊に襲わせた。状況を察した息子は抵抗することなく盗賊に身柄を拘束されているらしい。それに激怒したのがイケメンの配下たちだ。だが、彼らは兵士である以上、当主、もしくはイケメンの指示がなければ動けない。


当主は当然、助けろなんて言うわけがない。一方のイケメンからも助けはいらないと拒絶されている。どうにもならなくなって砦衆に泣きついてきたらしい。


「酷い……このような暴挙が許されるのですか?」


姉が悲痛な面持ちでパパを見る。


「いや、本来ならば許されることではない。だが……あそこは侯国を支持していよう。これが目的の可能性もあるな」


パパの言い分も一理ある。王国法であれば許されないが、新進気鋭の侯国に入れば細かい事は事後で済む可能性が高い。


「彼の者は良く知っている。飄々とした性格だがどこか憎めない男だった。出来れば手を貸してやりたい所だが……」


「子爵家となればそれなりな戦力があるはず。だが、盗賊相手ならば……」


王子と長兄が考え込んでいる。


「あそこは前回の戦で借りがあったな。助けるか?」


次兄がこちらを伺うように見てくる。


「兵士は出さない」


俺の言葉に全員がこちらを見る。若干、避難の目が向けられている気もするが、助けないとは言ってないんだから、睨まないで欲しい。


「兵士を動かせば侯国への宣戦布告になる。それは拙い。やるなら裏で動く」


「どうする?」


「そもそも、こっちの手助けなんてなくても、あそこの兵は強いしなぁ。背中を押すぐらいで勝手に助かってもらおう。その為に……王子。せっかくなんで恩を売っときますか」


この先、侯国がどうなるかはわからないが、もし戦う事になった時、王子の為にと動く奴が増えるのは良い事だろう。

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