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辺境三若記  作者: 芳美澪
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71話 欠如

何かが足りない━━それはわかっていた。だが、何が足りないのか? と、言われると答えを出せないでいた。つい先日、その欠けていた一片が判明した。


「主様……それって……」


自室のソファに腰をかけ”こいつ”と向き合っていると犬耳が恐る恐ると言った様子で声をかけてきた。


「知ってるのか?」


疑問を口にすると、大きな頷きで返ってきた。


「南の連合国では結構、一般的だったりします」


うさ耳が補足してくれた。なるほど、そういえばこれも南から仕入れたと商人が言っていた。


「それ……なんですか?」


委員長は知らないようだ。


「これは蜜白粉という物らしい」


俺の目の前に置かれた小さな瓶。つい先日、商人から紹介されて購入した物だ。南の連合国からの商品で端的に言えば”砂糖”だ。砂糖と違うのは、これが錬金物であることと、砂糖ほど甘くはないってことだ。


そう、欠けていたのは甘味。という事である。味覚には五つの要素があるという。塩味、酸味、苦味、うま味、そして甘味だ。よく考えたらうま味も足りてないな。まあ、それはいい。


この世界にも甘味という物はある。具体的に言えば、はちみつ、そして果物や野菜の甘味だ。なので、料理にそれらを足そうとした場合、そのどちらかを入れることになる。これのデメリットは単純な甘味だけを足すことができないという点だ。


はちみつは独特な甘味だし、野菜や果物は甘味以外の味、食感が勝手に足されてしまう。つまり、甘味を足すのに使いづらい。という事だ。そこでこの蜜白粉の登場だ。甘樹と呼ばれる木の樹液を結晶化したものだが、砂糖に近い形状なので料理に甘味だけを足せる。


「……いいなぁ」


犬耳の心の声が漏れた気がした。


「少しだけなら舐めさせてやろうか?」


「いいんですか!?」


「ご主人様。あまり甘やかさないでください」


うさ耳の苦言が飛んできたが、犬耳は既に舐めたいオーラ全開だ。


「よし、お前ら味見してみろ」


「宜しいのでしょうか?」


犬耳と違い、うさ耳と委員長は遠慮する様子を見せるが、その眼は輝いていた。あくまでも振りなのがわかり苦笑しかけた。


瓶の蓋を開け、綺麗な布の上に少しの結晶を出し、三人に味見をさせる。それぞれが人差し指に少量の蜜白粉をつけ口に運んだ。


「あまぁい」


「久しぶりに食べました」


犬耳とうさ耳は嬉しそうに指を舐めている。連合国は獣人が多いと聞いたが、二人の故郷とかなのだろうか? だとすると二人にとってはさほど珍しい物ではないのかもしれない。


「後味が結構苦いですね」


委員長は感激というよりも味を分析しているようだ。この発言はかなり的を得ている。そう、この蜜白粉は甘いが苦いのだ。何を言ってるかわからないと思うが、そのまんまだ。舐めると最初は素朴な甘さを感じる。甘さが消えかかってくると直後に苦味が顔を出してくる。雑味が酷いと言ったほうが良いのかもしれない。


「このままだと料理に使うのは難しい」


「蜜白粉は嗜好品なので、あまり料理に使うと言った事は聞きません」


俺の言葉にうさ耳が反応してくれた。実際に料理に使う調味料としては売られておらず、金持ち連中の嗜好品として売られているのだ。それが納得いかないのだが、理由には納得がいく。


この蜜白粉はどうやって作られているかというと……


「あまり舐めすぎると体に良くないとも言われています」


うさ耳が教えてくれるが、犬耳はあまり気にしていないようだ。


「体に良くないのか?」


「はい……錬金物ですし」


そう、錬金物なのだ。要は石鹸と同じなのだ。元々は睡眠魔法を錬金術で実現しようとしたらしいのだが、その際にできた失敗物。それがこの蜜白粉なのだ。なんでそうなるねん。と、ツッコミを入れたくなるのだが、長髪眼鏡君が持っていた本にもしっかりと記載されていた。


”――彼らは眠りを造ろうとした。人の心を穏やかに鎮め、安寧の夢へ導く術。それは古より魔法師が唱える“眠りの呪文”を、錬金の手にて再現せんとした試みであった。甘樹の樹液は、月夜の香を宿すと伝えられる。錬金師らはこれを煮詰め、濾し、灰を混じ、火と風の術を以て反応を促した。然れども、瓶の底に残ったのは、甘き香を失いし、白き粉の屑ばかりなり”


睡眠の魔法にかかると甘い香りと共に気絶するらしい。甘い香りってことは甘い何かをどうにかすればいいんじゃね? っという、安易な発想で作られたらしい。つまり、改善の余地があるのではないかと考えている。今度、長髪眼鏡君に相談しよう。仮に改善ができて雑味が取れた場合、調味料としての利用ができる可能性がある。問題はその甘樹の樹液をどうやって手に入れるかなのだが、その辺りは商人に相談するしかない。


残っている結晶をまるで宝物の様に指で掬い口に運ぶ犬耳を見ていると、扉がノックされた。


「ご主人様。ご連絡したいことがあると砦衆の者が来ております」


「入って良いぞ」


うさ耳に言うとすぐに一人の男が入ってきた。


「何かあったのか?」


「はっ……頭から急ぎ三若様に報告をと言われました」


あまり良くない報告だと察知する。


「王都陥落致しました」


誰かが息を飲む音が聞こえた。遂に落ちた。陥落という事は降伏は間に合わなかったのか。だとすると被害はどれほどなのか。


「被害は?」


「勇者様は城門を打ち破り、王都へと入りました。民の被害は多くはなさそうだ。とのことです。城を護っていた王国騎士団は全滅です」


民の被害が少ないのが不幸中の幸いか。王国騎士団が全滅という事は残っていた王家や貴族の人間も殺されたのだろうか。勇者自らが殺したか、もしくは侯爵が兵士に殺させたか。いずれにしてもこれで王都は侯国の手に落ちた。次の段階に進んだのだ。


「と、なると次か」


「はい。そのことでお話したいことがあると。明日にでもお会いしたいと頭が言っております」


「わかった。場所はここでいいのか」


「ご足労をおかけしますが、男爵家のお城の方にお越し頂けないかと……」


実家か。まあ、大事だしな。パパやママたちにも大いに関係がある話か。ん? まてよ。


「頭が言ったのか? 男爵家に行ったことあったか?」


「はい、既に二若様とともに何回かあります」


あ、そういうことね。既に顔は通っていると。俺の知らないところで組織は大きくなっているようです。

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