70話 禁忌
城館から見る景色は遮るものがなく、遠い山々を見通せる。この辺りは雪は振らないが、寒い時期もある。今がその寒い時期なのだが、正直、四季があるのかは良く分かっていない。特にこの時期にこういう行事がある。とかではないので、あまり季節感がないのだ。
とりあえず、寒くなってきたので暖かい茶がうまいという感想を抱いていた。
「失礼します」
犬耳が部屋に入ってきた。
「主様、すごい噂になっていますよ」
先日のお忍び視察が町中の噂になっている。噂の的は姉である。王子と王女じゃなかったのが幸いだ。
「お嬢様と話をした人が大勝ちしたらしくて……巷では宵姫様って呼ばれてるみたいです」
なんじゃそら。
聞いた話では歓楽町では俺の事を夜旦那という名称で呼んでいるらしい。ここで重要なのが誰も夜旦那の顔を知らないってことだ。なんでだ。結構な頻度で視察にいってるんだけどなぁ。
まあ、要はこんな素敵な場所を作ってくれた夜旦那に皆が感謝をしていると。夜旦那の顔は知らないが、大層美しい姉がいるのも有名だった。あの場にいた何人かが姉を遠目に見ていたので知っていたらしい。……そしてあの騒動である。
夜旦那の姉に失礼があってはならないと、あの場にいた全員が姿勢を正し、騒ぐことなく姉の姿をただ眺めていた。いざ、帰るとなった際には賭場に居た全員がお見送りの為に外に出た。何事かと寄ってきた奴も巻き込んでの総お見送りである。ちなみに俺と王子、王女は蚊帳の外だ。
唯一の良かった点はその状況に呆気にとられた王子と王女が大人しく帰ったことぐらいだ。誰が言い出したのかはわからないが、あの夜以降、姉は宵姫様と呼ばれ一目見た者には幸運をもたらし、その声を聞いたものは一夜限りだが願いが叶うと言う噂が囁かれている。
ちなみに王都への噂はまだ何も連絡は来ていない。昨日の今日だから当然なのだが……意図しない噂はあっという間に広がって、意図した噂は広がらない。世の中は世知辛い。
さて、今日は人と会う約束をしている。この城館にいるので、後で会うといっておいて忘れてしまっていた。申し訳なさでいっぱいなのだが、向こうはあまり気にしていなかったらしい。というか、若干、俺と会うのが嫌らしい。そんなに嫌われているのかと思ったが、単に人見知りなので緊張してしまうのだとか。
約束の時間には少し早いがやることもないので出向くことにした。
「離れの施設に居ります。本来であれば、あちらが来るべきところを……申し訳ありません」
要は人見知りで外に出たがらないので俺から出向いているわけだ。うさ耳は怒っているが、俺的にはさほど気にしていない。若い世代にはそういう人も増えていると昔聞いたし。こっちに来てからは初めて聞いたが。
「こちらです」
城館から外に一度出て、裏庭へと回ると小さな小屋があった。そこにいるらしい。
「ご主人様の御成りです」
うさ耳が扉をノックすると、中から慌ただしい音が聞えた。暫くするとゆっくりと扉が開かれた。
「あ……へへ、ど、どうも、初めまして……」
長髪眼鏡の痩せた男が体半分を隠しながら聞き取りにくい声で挨拶してくる。なんというか、まあ、あれだ。なるほど。
「入ってもいいか? 最近、どうだ?」
「えっ、あ、は、はいっ……ど、どうって、その……」
「……元気か、って意味だ」
「げ、……元……です……」
聞えない。目も合わせてくれない。長髪眼鏡君は落ち着きない様子ではあるが、一応は部屋へと案内してくれた。部屋の中は汚くはないが、物が溢れている状態だった。なんというか、物を一か所に集めて「片付けました」と、言っているような感じだ。
そんな部屋の隅に妙な器具があった。銅の管とガラス瓶、熱で歪んだ鉄板。
「これ、なんだ?」
触れようとして、咄嗟に手を止める。触っちゃいけない奴の可能性もある。
「あっ、それは…… えっと、蒸留器です。じょ、蒸留器とは、水を加熱して蒸気を冷却することで、純度の高い液体を得るための装置なわけで……この中に水を入れて火を着けて加熱すると、液体ごとに沸騰する時間が違うわけですよ。いや、それは言ってもわからないかな? まあ、つまり、それで液体が蒸発しようとするわけでして、その蒸気をこの冷却管っていう部分を通して冷やすと、また液体に戻るわけで。巷では魔法の精度が高いと沸騰する時間も純度にも影響が出ると言われていますが、僕はそうは思わなくて……あ、いや、別に錬金術ギルドの言っている事に異を唱えたいわけではなくてですね」
急に早口になった。先ほどまでと違い目が輝いている様にも見える。
「ああ、お二人は錬金術ギルドの人間ではありませんでしたね。これは失敬」
うさ耳がドン引きしている。気持ちはわかるがあまりそういう眼で見ないであげて。
「錬金術ギルドの悪いところですかねぇ……ああ、そういえば━━」
「あー、ちょっと見てもらいたいものがあってな」
止まらなそうなので、無理やり止めた。うさ耳に目で合図すると、近くのテーブルに清灰が入った包みを置く。
「これですか? 失礼……灰塊ですね。まあ、普通の……」
次第に声が聞き取れないほどに小さくなるが、何かをずっと呟いている。
「……いや、違うな。魔力の残滓がない? え? これって?」
「俺が作った。清灰と言う。灰塊よりも臭いも肌荒れもしない」
「え? いや、でも領主様は錬金術士じゃないですよね。ってことは作らせた?」
「いや、たしかに俺が作った」
「え? いや、でも禁忌が……やはり、禁忌は……でも……」
「禁忌って本当にあるのか?」
ものすごい顔で凝視された。やっぱり、言っちゃダメな事だったか。
「しょ、正直な話、僕もそこは懐疑的ではあります。文献やギルドでの話では”ある”とされていますが、実際に禁忌に振れた人は聞いたこともない」
「それは錬金術の道具は使ってない」
「錬金作業台を使ってない!? じゃ、じゃあどうやって魔力を……いや、だから魔力の残滓が……」
「灰塊の作成において魔力を流すという記述があったが、あれ、本当に要るのか?」
「やはり……物質と物質が……結合……いや、違うな」
あれ、聞いてくれてない?
「錬金術には魔力は本当に必要なのか?」
「……そうか。……いや、でも、魔力……残滓……そう考えれば辻褄は合う……」
聞いてないかもしれない。後ろのうさ耳を見るが困ったような顔された。
「あの、これってどうやって作ったんです?」
振り向くと初対面とは思えない位置に顔が合ってびっくりする。可愛い女の子ならともかく。長髪眼鏡君の顔面至近距離は嬉しくない。
「レシピはある。作ってみたいか?」
あからさまに期待するような顔をされた。だから、顔近いって。
「渡しても良いが条件がある」
「……条件……ですか?」
「前から疑問に思ってたんだ。錬金術って前例主義だろ。本に書いてある事が絶対だ。それってどうなんだ? 実際にその清灰は本とは違った作り方をした」
長髪眼鏡君の目が変わった気がした。
「俺は色々と実験がしたい。それを手伝うなら教えてもいいし、色々と協力してやる」
長髪眼鏡君はしばらく黙ったまま、清灰を見つめていた。
「……手伝わせてください」
正式に錬金術士が俺の仲間に入ったという事実の音がした。




