69話 実行
何度も言うが勇者の詳細はわからない。わからないので絶対無敵の勇者と想定する必要がある。どこかの漫画の主人公みたいに能力の隙をついて倒すとか無理だから。その前に死ぬから。
「できるならそうだが……」
次兄が呟くように言う。その通りだ。
「正面から勝てないのであれば搦め手でいくしかない」
三国志でもあったろう? 美女連環の計だ。相手も随一の猛将だったし、あながち間違いではない。結局男はみんなバカなのさ。
「具体的には?」
王子の刺すような目線が怖い。というか、ここに集まってる全員が美男美女だ。なんか空しくなってきたな。
「男なら……金、女、名声。名声というか承認欲求だな」
姉と王女が驚いたような顔をしている。初心なのかしら。ちょっと可愛い。
「金は意味が無いと思う。なので、女と承認欲求だな。そこを満たせれば籠絡できる」
「ゆ、勇者様がそのようなことで?」
姉が困惑している。勇者という言葉に夢を見すぎだろう。異世界召喚勇者の青年ってことは、大した社会経験もない子供だぞ?
「事実、召喚された直後は好青年という噂だった。きっと、最初は素直でいい奴だったんだろうな。だが、今は違う。毎晩のように多くの貴族や令嬢から賞賛され、しかも選りすぐりの美女がベッドで甘い言葉を囁いてくれる。裸の美女がだ。そりゃ、誰だって“自分は選ばれた存在だ”って思い込むさ」
姉と王女が俯いて耳を赤くしている。
「なるほど。だが、侯爵もそれはわかっていよう。だからこそ、先ほどの報告のように勇者は苛立っているのではないか?」
次兄の言う通りだ。今までずっと肯定されていたのに、否定を突きつけられている。さらに勇者はその否定を打ち払う力も持っているのだ。
「だからこそ、それを上回る女と名声を差し出せば、簡単にこちらに引き込めるだろうね」
「そうかもしれないな。だが、侯爵の接待を上回るとなると……」
「並大抵じゃないね。そうだな……王子の土下座に王女、それに辺境の百合まで添えれば、余裕で落ちるだろうな」
「「なっ!?」」
「馬鹿なことをおっしゃらないでください!」
王女に怒られた。
「……もちろん、冗談だよ。だが、可能性という意味ではゼロではない。もし世界が滅びるとしたら……それらを差し出すことで救われるのであれば、選択肢の一つとしては認識しておくべきだ。勇者にはその力があるという事を忘れたら駄目だ。こちらが差し出さずとも力で実現する事もできる」
全員が押し黙る。
「当然、俺もそんなことをするのはごめんだ。その選択肢しかない。と、なる前に何とかする」
「どうする?」
「周囲の人間に動いてもらうしかないな。どうやら勇者様は絶大な力を持っているがすべての人間を惹きつける。というわけではないようだ」
既に数人の貴族からは嫌われている。実際には嫌ってる人間も少なくないはずだ。そういう人間を聡してどうにかなってもらう。成功するかは微妙だ。勇者様の御力次第ではある。だが、それ以外に方法が思いつかない。
「そのような卑怯な真似は王家に連なる者として認めるわけにはいかない」
王子が声を上げる。
「だが、貴公の言う通りでもある。勇者の力は、あまりに大きい。それに抗うためには言葉だではなく、やり遂げる行動が必要なのだな」
王子は自分に言い聞かせるように言う。
「私に協力できることがあれば言って欲しい。今は王都、そして民の為に……例え屈辱を受けてでも成し遂げて見せる」
こいつ、今までせっかく誤魔化してきたのに、自分で王家と名乗りやがった。あ、その前に王子の土下座とか言ったから俺が言っちゃったのか。
***
対勇者作戦に関しては概ね、以下の内容で決定した。
まず、勇者の周辺で不満を持っている人間に対して噂を流す。特に伯爵家長男は使えそうだ。うまく行くかはわからないが、少しでも勇者の足を引っ張ってくれれば僥倖だろう。
次に王子と王女の行方についても噂を流させた。既に王都を出て北方へと行っている。これを中心に東と南もまぜろと言っておいた。混乱してくれれば御の字だが……。
王都に関しては王子たちが逃げたという理由で降伏を受けるようにも伝えた。降伏勧告からそれなりな日数が経っているので間に合うと良いんだが。
正直、相手の出方次第で良くも悪くもなる状態なので、決定打に欠ける。もっと良い方法があれば良いんだが、思いつかないものは仕方がない。俺は軍師でも策士でもない。わからんもんは、わからん。楽しいことを考えて頭を切り替えたい。
「お兄様。あれを見て。あれは何をする場所なのかしら? 多くの人が入って行くわ。ほら、また」
王女が王子の袖を引っ張りながら賭場を指さしている。報告会が終わったのだから、早々に帰れば良いのに、北町を見て回りたいという我儘を王女が言い出した。最初、王子は難色を示したのだが、王女は姉を巻き込んだ。王女からのお願いを姉が断るわけにはいかない。姉が行くとなったら、王子も掌を返したように“視察に行こう”と言い出した。
さて、王子と王女、そして姉も同行するとなると俺が視察に行くのとは話が変わる。色々と揉めた結果、兵士十名が同行することになった。俺の前方では兵士に囲まれた三人が歓楽町を練り歩いている。
先ほどから、王女は王子の袖を引き、気を引きたがっている様なのだが、肝心の王子は姉の行動が気になるらしく、王女への返答もそっけない。そんな姉はその状況が気まずいのか、先ほどから何度もこちらを見るように振り返っていた。これは何を見せられているのだろうか? もう帰りたい。
頭を抱えていると兵士の団体が賭場に吸い込まれるように移動した。ちょっと待て。入る気か?
慌てて後を付いて行き、止めようと思ったが間に合わなかった……
「これは……何をしているのかしら?」
「あ、えっと……」
賭場の店員が何事かと近づいてきたが、目の前の異様な光景に言葉を失っていた。そりゃそうだ。
「なるほど。ここは賭け事をする場のようだ」
「まぁ……そうでしたのね」
「ここは、あまりお二人がお立ち寄りになる場所ではありません。どうかお戻りくださいませ」
姉が外に出るように促すが、王女はテーブルの上の物が気になっているようだ。
「お嬢さん、どうだい? 運試しってやつをしてみないかい?」
粗末な服を着た男が、にやりと笑って王女に声をかけた。兵士が一歩踏み出しかけたが、男はひるむどころか手をひらひらと振った。
「おっと、そんな怖い顔すんなって。ここは賭場だぜ? 剣なんて無粋なもん振り回すなって。振り回すなら……ほれ、これよ」
男は掌で賽子を転がしてみせる。
「お前、無礼な真似を――」
「おっとおっと! 待ちなって旦那。あんたみたいな立派な男がそんな顔しちゃ、もったいねぇよ」
男はわざとらしく感嘆の声を上げ、周りの客を巻き込みながら笑った。無知は罪だが、無敵でもある。王子に対して良くそんな口が聞けるな。まあ、さすがに止めるかと、前に出る。
「……あれ? あんた……まさか……」
「……?」
男が姉のほうを指差し、慌てて姿勢を正した。
「よ、夜旦那の姉御ではありませんか!? おい、みんなっ! 夜旦那の姉御がいらしてるぞ!」
「えっ?」
一瞬の静寂のあと、賭場中がざわめいた。さっきまで王女に絡んでいた男まで、急に礼儀正しくなり、「こいつは申し訳ねぇ!」「姉御が来てくれるなんて光栄で!」と、口々に頭を下げ始める。
空気が一変した。さっきまで下卑た笑い声で満ちていた賭場が、今や宴の準備が始まるかのようにざわめき立つ。
「馬鹿野郎! 失礼な口を聞いてるんじゃねえ!」
一人の男が前に出る。「大変失礼しやした。ささ、姐さん。こちらへどうぞ」
椅子が差し出される。というか、夜旦那の姉って何だ。
「あ、あの、わたくしは……」
「いやぁ、お噂通りのお美しさ。何より夜旦那のお姉さまってんだ。ご無礼があってはならねぇ。おう、お前ら。静かにやれよ!」
周りに集まった老若男女が羨望の眼差しで姉を見る。中には手を合わせる奴もいた。夜旦那って俺の事か? つまり、その姉ってことでこうなっているのか? 本人がここにいるのに?




