67話 初動
実家に呼び出されてからそれなりの日数が経った。あれから実家の動きは特にない。焦って動くことはないようだが、お互いに連絡も取り合っていないので気まずい。せっかく、幽閉生活解禁の好機を逃してしまった結果になった。
まあ、別にいいか。好きに出歩いてるし。ただ、家族からの好感度が下がったのは正直、胸が痛い。
考えても始まらないので、今日も歓楽町の視察だ。最近、歓楽町の発展が激しくて怖い。でも、反面嬉しくもある。金も夢も手に入るのだ。これほどに嬉しいことはない。後はどうやって、うさ耳たちを撒くか。という問題だけだ。機会はさほどない。その一瞬を掴み取る必要があるのだ。焦らず機会を伺おう。
さて、歓楽町だが、大きく変わったことがいくつかある。まず、上下水の整備が三分の一程度終わったらしい。現在は更に整備を進めてくれている。
整備が終わったところに娼館が出来た。王都から打診のあった娼館が引っ越してきたのだ。さすがに全員というわけではない。まあ、王都に比べればこっちの方が田舎だからな。来たくない奴もいるだろう。だが、最近では夜になると商人や、貴族らしき人の出入りもあると聞いている。耳に聡い奴は既に通い始めているのだ。頭が下がる一方で負けてはいられないという思いにも駆られる。
もう一つ、大きく変わったこと。それは俺の目の前で建設中の屋敷だ。
壁は白く塗られ、屋根は青く。歓楽町の木造家屋の中で、ひときわ浮いて見える。合っているかは分からないが、どこか「儚い屋敷」という印象を受ける造りと見た目をしている。うさ耳も頷いていたのであながち間違いではないだろう。
以前、紹介状を携えてやってきた商人が、娼館に出資したいと言い出した。こちらとしては願ってもない話だったので承諾した。そしてこの屋敷が建築されている。のだが……この商人がちょっと問題があった。
曰く、「花は咲き方に意義がある。艶がある咲き方こそが唯一。恥じらいながら香りをこぼす――露骨な咲き様など見たくはない」━━と。
何も言えなかった。目がキマってたからな。そして、この建物が作られ始めている。城館に近い一等地になるのだろうか。そういう意味ではこういう個性的な建物も悪くはない。文句言うと怖そうだしな。
正直、ちゃんと風俗街が作れるのか不安だった所もある。だが、いざ動き出せば俺の意志とは別に建物が増え、人も増え、欲も流れ込んでいる。それを抑える仕組みもまた、同時に育ちはじめた。やはり欲と文化は勝手に育つという事なのかもしれない。
治安も変らず良い。赤い月のメンバーは自分たちなりの誇りを持ってやってくれている。歓楽町の人間からは兄さんと呼ばれているので、気持ちも良い事だろう。昼間でも時折、赤い布を下げた奴らを数人ほど見かけた。困っている奴に手を差し出し、秩序を乱す奴は路地裏に連れて行く。小耳に挟んだ噂では結構えぐい事もしているらしいが、俺の風俗街を乱す奴には好きにやってほしい。
人の移動もある。砦に救われる者、歓楽に戻る者。欲に負ける者。希望と絶望が行き来する――それがこの町の日常になりつつある。
でも、あんまり酷いことするのは可愛そうなのでやめてほしい所ではある。まあ、いいけど。
城館に戻ると来客が来ていると委員長に言われ大広間へと案内された。入ると動きやすい旅装に身を包んだ姉が待っていた。共に数人の兵士を連れてきているようだが……あからさまな奴が二人いる。外套を纏い、フードを深くかぶっている二人組だ。あれは、変装しているつもりなのだろうか?
「遠いのにわざわざ来たの?」
とりあえず、変な二人組は放っておくことにした。実家から北町は近いが、それでも半日程かかる。車があれば数時間で来れるんだろうが、馬車では思うように進まない。特に令嬢を乗せているのであれば尚更だ。
「ええ、話をしたかったので無理を言って来ました。噂の北町も見て見たかったのです」
姉の耳にも噂は届いているらしい。風俗王になりたい事が家族に知られたら悶絶もんだ。半分バレてそうな気はするが。あからさまだしな……
「そう、北町はどう?」
「とても素敵な町だと思います。多くの人が行き交い、何より人の眼が輝いています」
何とも言えない表現だ。あと、どの区画を見て言ったかによってはだいぶ意味合いが変わってくるな。まさか、歓楽町を通ってきたとかはないよな?
「結構な商人たちが戻ってきてるからね」
北の男爵を滅ぼした直後は多くの商人がこの地を去った。だが、すぐに多くの商人たちがまた戻ってきている。その数はかつてよりも多いそうだ。欲が渦巻く町だからな。
「普段見ることのない街並みもとても印象深いものがありますね」
「最近は実家も似たような感じじゃないの。人が増えてるでしょ」
実家、砦、北町は相互に影響を持っているので、実家や砦も大きく発展している。若干、発展が間に合っていないほどに人が増えているのだ。商人や一部の人間は北町で商売しつつ、実家の村……今は町に近づきつつあるが。そちらに居を構える者も出てきている。あっちは田舎で落ち着くからな。
「で、話ってなに?」
本題に入る。恐らく、後ろの二人組が関係しているのだろう。
「私から話そう」
怪しいフードの男が前に出て、顔を晒す。案の定だ。王子である。という事はもう一人は従者か……王女? どちらにしても気軽に出歩く立場にない二人だ。人の事言えないけど。
「先日はすまないことをした。突然現れ、強大な敵に共に立てと迫ったのは、あまりに性急だった。だが――我々の想いも、わかってほしい。今も民は、恐怖と飢えに喘いでいる」
王子が熱弁する。要は協力してくれってことだ。何も変わっていない。
「あなたの言葉は、もっともだと王子殿下も仰っていました。けれど……どうすれば良いのか、わからないのです。どうか、力を貸してはくれませんか?」
姉が立ち上がり、王子の横で頭を下げる。なるほど、お姉ちゃんはそっち側か。
「つまり、俺たちに犠牲になれと?」
「そなたの言葉で悟った。私は“民を守る”と唱えながら、己の正義に――いや、王都を追われた悔しさに溺れていた。だが今は違う。守るために、勝つために、手を汚す覚悟も持った。それでも、まだ足りぬ。だからこそ、力を貸してほしい」
「お兄様っ!」
王子が頭を下げると、王女が悲鳴のような声を出す。もう一人は王女だった。そんな二人を見て、違和感を感じた。前回も思ったのだが、なぜ、こいつらは答えを言わないのだろうか? 勇者たちが来て、王都が大変で、王家もやばい。それはわかった。━━で、どうするの?
こいつらがやってるのは助けてほしい。だけだ。それが通じるなら、むしろ俺が助けてほしいのよ。
「今日の定例報告に参加する者が増えると伝えておけ」
席を立ち、うさ耳たちに伝える。どうすべきかの判断が付かないのであれば、まずは”知る”べきだ。その上でしっかりと自分の頭で考えてもらおう。それぐらいなら協力できる。




