66話 虚言
「王都の状況はどうなっておりますかな?」
パパの声は静かだったが、その裏に硬い響きがあった。
「侯爵と伯爵の兵、合わせて五千に囲まれている。 ――王都を離れた直後に、降伏の勧告を受けたと聞いている」
王子は言葉を絞り出すように答え、視線を落とした。拳が震えている。
「勧告には……どのような条件が?」
「王族の身柄引き渡し、ならびに王家家臣の解体。拒めば、王都は焼き払うと」
室内の空気がわずかに重くなる。ママが小さく息をのむ。王女が唇を噛んでいる。
本当に焼き払うかは怪しい所だ。王国で一番繁栄しているのは王都だ。あいつらはそれらも含めて貰いたいだろうから、焼き払うまでは行かないとは思うが……いざとなればやるか。
「どうしますか? 五千となるとさすがに……」
長兄が言葉を選ぶように言う。
「貴公らだけに重荷を負わせるつもりはない。我らの出兵に併せて北方侯爵たちも王都へと向かってくれる」
そこが疑問だ。本当にそうなるのか? だとしたら、北方に逃げて共に行った方が良いに決まってる。なぜそれをしないのか……
「……で、あれば、問題ありませんな」
問題しかないだろう。パパ、しっかりしてくれよ。
「我が家からは……どれぐらいだせる?」
長兄が次兄を見る。だが、次兄は目を瞑ったままだ。寝てるんじゃないだろうな。
「……その前に」
起きてた。次兄がゆっくりと瞼を上げ、こちらを見た。「お前の意見が聞きたい」
この場にいる全員の視線が俺に突き刺さる。なんか、前にもこんな事があった気がする。次兄は自分で責任を取りたくないからってこんな事をしてるんじゃないだろうな。
「意見と言うと?」
こっちに振られても困る。
「仮に兵を出すとなると、兵は四十五名しか出せない。村から出すという方法もあるが……それでも百程度だろう。少なすぎる。お前の力無しではどうにもならない」
これ以上の傍観は許されないらしい。どう考えても嫌われるに決まってるのだ。だが、負け戦に兵は出せない。
「これ、出す意味あるの?」
沈黙が部屋を叩いた。誰も口を開かない。
「……意味はあります」
静寂を破ったのは王女だった。
「今も王都の民は、無法な力の前で怯えています。見捨てるわけにはいきません」
「なるほど。じゃあ、聞くけど、これは何を守るための戦い? 王家? それとも民? ……まさか両方?」
「……両方だ」
振り絞るように王子が応えた。だめだ。こりゃ。
「ちなみにどうやって勝つつもり?」
「正義は我らにある。勇者の力は強大だ。だが、皆が力を一つに━━」
「つまり、勝てると?」
「無論だ」
言い切ったな。ここまでだろうな。俺は手を貸すことはできない。
「約束は人を生かし、嘘は人を殺す」
たしか、友の為に走った偉人が言っていた気がする。
別に家族の為に。とか、言うつもりはない。だが、俺のこれからの人生でこの男爵家の存在は大きな意味がある。だからこそ俺はこの家を護る。動機が不純だろうが、そんなことはどうでもいい。それが俺の人生の約束だ。
「私が嘘をついていると言いたいのか?」
王子の言葉に熱が籠る。
「そんなことはどうでもいい」
席を立つ。話し合いは終わりだ。
「人を生かすために、約束する。約束を果たすために、生かさなきゃならない。だが、嘘は違う。嘘は人を動かし、人を殺す。一度口にした言葉は、たとえ涙を流そうと、取り消せない。言葉は、守られてこそ意味を持つ。王たらんとする者なら――発した言葉の重さを、知れ」
出来もしないのに、出来ると嘘をつく奴に人の上に立つ資格なんてない。
***
馬車の揺れと、車輪の音だけが響く。
この先、実家がどう動くかは分からないが――おそらく王都奪還へ舵を切るだろう。それまでに、最悪の事態を招かぬよう準備を進めねばならない。
とはいえ、できることは限られている。まず、考えるべきは“最悪のパターン”からだ。
一番の最悪は、北町を奪われること。砦や実家が落ちても、人は逃がせる。だが北町を失えば、風俗街計画が頓挫する。
次に悪いのは、家族を見捨てること。できれば避けたい。その代わりに王子や王女を差し出すという未来もあるが……それも後味が悪い。正直、王子たちを生かす選択肢はそう多くない。現時点での王都奪還は、諦めてもらうしかない。王都は一旦、侯国に“預ける”。
そうすれば余計な戦闘は避けられ、王子たちの命も保たれる。問題はその後――だが、そこはやりようがある。
いずれにせよ、このタイミングで王子と実家が動くなら、覚悟を決める必要がある。
「主様」
移り行く景色を見ながら考えていると犬耳が声をかけてきた。何事かと視線を向けると、申し訳なさそうにこちらを見ていた。
「王子様たちをお救いする方法はないのでしょうか?」
「王子にも尋ねたが……何を最終的に護るかにもよる」
「何を一番大切にするか、ということですか……?」
「そうだ。今、選ばされているのは――王家の誇り、民、そして王家の血。王都という選択肢もあるが、民を護れば王都も護られる。だが、ここまで来てしまえば、すべてを守ることはできない」
犬耳は考えるように俯いた。しばらくして、委員長が言った。
「主様なら……すべて護れるのでは?」
お前は俺を何だと思ってるんだ。無理に決まってるだろう。
「俺は勇者じゃない。全部は無理だ。だが、何かを犠牲にすれば、他の二つは護れる。この場合の理想は誇りを犠牲にしてもらい、民や血を護ることだろう」
「ですが、既に王都は包囲されています。王都や民は……」
「降伏してもらう」
三人の視点が俺に集まる。
「無駄な抵抗は、その言葉どおり無駄だ。辛酸を舐めることになるが、ここは諦めるべきだ。生きていれば、必ず機会は巡ってくる。本来なら――そうなる前に、どうにかすべきだったのだろうがな」
降伏が遅いと間に合わない可能性がある。━━いや、もう間に合わないかもしれないな。
「それがご主人様の”約束”なのでしょうか?」
うさ耳の言葉に違和感を覚えた。いつもと違うような気がしたが、良く分からないので気にしないことにした。
「俺は俺に約束したことがある」
うさ耳が俺の眼をじっと見つめてくる。
「その為にも北町と砦に住むやつらには生きてもらわないと困る」
俺は風俗王になるんだ。




