65話 亡命
だいぶ前に言ったかもしれないが「今から事件が起きるよ」と事前に連絡してほしい。と、俺は言った気がする。また、今回も間に合わなかったようです。責任者出てこい。土下座しろ。
次兄が北町に珍しく顔を出したかと思えば、二言目には「いくぞ」と、言われ、気が付いた時には実家の城に連れていかれた。二年は経っていないだろうか? あの頃と何も変わらない匂いがした。久方ぶりの我が家を懐かしむ間もなく、大広間に通され、慣れ親しんだ俺の特等席へと案内された。
うさ耳、犬耳、委員長もついてきている。広間には既に次兄が座っている。暫くすると、扉が開きパパたちが入ってきた。
パパと長兄は俺をみて頷き、ママはどこか安心したような表情。姉はにっこりとこちらに微笑んできた。特に俺に対してどうこうという意志はなさそうに見える。
「集まったな」
パパが家族を一瞥し、俺に視線を向ける。「元気そうだな」
おかげ様で。と、言いかけたが一応、幽閉の身なので殊勝な態度でいよう。お口はチャックだ。
「話に入る前に、今の我が家の立場を、もう一度はっきりさせておこう」
パパが静かに告げ、長兄に視線を送った。
「現在、我が男爵家は侯国に対して敵対する立場を取っている」
長兄が口を開き現状の説明をし始める。
「侯国に攻められた場合、我が男爵家では勝ち目がない……」
声が少し掠れていた。長兄の視線が机の木目を追っている。これは事実だ。勝ち目はない。
「だが、侯国のやり方に反発している家も少なくない。我々の立場を理解してくれる者もいるはずだ」
いくつかの貴族とはどこのことだろうか? 北方貴族の事を言ってるのだとしたら微妙だ。そもそも距離が遠いので援軍は期待できない。
「それに我が男爵家も日々発展を遂げている。戦力はかつての倍以上はある」
兄の言葉に父が小さく頷き、ママは不安そうに視線を泳がせる。姉は顔を伏せ、次兄は目を瞑り黙っている。長兄の言葉はどこか自分を奮い立たせる印象を受けた。つまり、悲観しているのに空元気だしてる感がすごい。
「……案内せよ」
突然、パパが腕を組んだまま、近くの使用人に低く告げた。使用人が一礼し、すぐに扉の外へ消える。誰も口を開かない。嫌な予感がする。この流れで出てくるのは反侯国の北方貴族か。逆に侯国派の貴族という可能性もある。
うちは確かに反侯国派ではある。だが、正直そこまで目立っていないのだ。ここで外的要因による影響で目立つと侯国側の討伐対象優先順位が入れ替わる可能性がある。
扉が開いた瞬間、冷気が流れ込み、蝋燭の炎が揺れた。旅装の男が現れた。その背筋はまっすぐで、瞳に曇りはない。
━━最悪だ。こっちに来たのか……
「このお方こそ、王家の血を継ぐお二人――王子殿下と王女殿下である。……このことを知るのは、北方侯爵様と我らのみ。決して外に漏らしてはならぬ」
眩暈がしそうになった。いくらパパとお兄ちゃんがお人よしでも、ここでジョーカーを引くとかありえないだろう。
王子殿下は一歩前に出て、軽く頭を下げる。さりげない動きにも気品が感じられる。
「このような時勢にあっても、我らを迎えてくださったこと、心より感謝する。――いずれ必ず、礼をもって報いよう」
声は落ち着いていて、よく通った。続いて、王女殿下が兄の半歩後ろから進み出た。まだ幼さの残る顔立ちだが、その美しさは目を見張るほどだ。
「……兄と共に、このご恩を忘れません。今は言葉も乏しく、力もありませんが、必ず――国のためにそして私たちを受け入れてくれた恩に報います」
王子と王女の言葉を受け、しばしの沈黙が落ちた。火のはぜる音が、やけに耳につく。やがて、パパがゆっくりと立ち上がった。その動きに、長兄と次兄が同時に背筋を伸ばす。
「我らのような小家にまで、殿下方が身を寄せられた。これは王国の難事である。だが、この地に来られたからには、我らは命を賭してお守りする。たとえこの身が朽ちようとも、男爵家の名に恥じぬように」
パパの声には力があった。普段の柔らかな響きではなく、“領主”としての声音だった。王子は静かにその言葉を受け止め、やがて一歩前へ出た。
「……心強いお言葉、感謝する。けれど、私は守られるためにここに来たのではない。王国を取り戻し、民に安寧を。どうか、力を貸して欲しい。王国を再びひとつにするために共に戦って欲しい」
王子の瞳が、パパを、長兄を見据えた。その目には、炎のような意志が宿っていた。
━━はっきり言ってドン引きだ。悪く言えば「悲劇の主人公」感に酔ってるとしか言えない。気持ちはわからないでもない。いきなり自分の領土をわけのわからない奴が力で奪っていったのだ。それを取り戻したいという気持ちはよくわかる。
だが、状況が見えていないのだ。それを実現するための道はきっと見えていない。相手はあの勇者様だぞ? 会ったことは無いが、所謂、異世界転生勇者だと仮定しよう。恐らくチート能力を保持しているはずだ。そんな奴にどうやって勝つというのだ。これは北方侯爵に嵌められた可能性もあるな。
打開する方法はある……と思う。やりようによってはどうにかできる可能性もある。
勝てないのであれば勇者を味方に引き込むのだ。思いつくのは……金、女だ。金は無意味だと思う。勇者にとって、この世界は時代遅れも良い所だ。そんな世界で欲しいものがあるとは思えないし、正直、勇者ならいくらでも稼げるだろう。
と、なると女だ。この世界の人間は美男美女が多い。俺がそう思うんだから勇者にとっても同じはずだ。現状、侯爵が女をあてがっている様だが、それ以上の女性を与えて籠絡する。良いか悪いかはさておき、姉ちゃん、もしくは王女はかなりの美女だ。侯爵がこれ以上の美少女を既にあてがっていたら厳しい。だが果たして属性コンプできているかな? 眼鏡っ娘、ボクっ娘、ツンデレ。ヒロイン属性を理解して提供していないのであればこちらに分がある。
もう一つある。勇者の承認欲求を満たすのだ。女に通ずるところはあるが、この場合はすべてを肯定するのだ。侯爵の所にいるよりも気持ち良くさせてあげれば引き込める可能性はある。
ただし、そのどれもが即効性はない。状況を見て、時間をかけてやる必要があるのだ。つまり、ここで武力で抗ったところで無駄死にする未来しかない。頼むから、昂って出陣だ! とか、言うなよ。




