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辺境三若記  作者: 芳美澪
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64話 包囲

北町の水は、川から引き込んだ水を水車で汲み上げ、木樋(もくとい)を通して町中にある中継の貯水槽へと導かれている。木樋は錬金樹脂(れんきんじゅし)という不思議な液体で塗装されており、防水加工されているらしい。


そのまま城館まで流れてくれればいいのだが、そうは甘くない。高低差が足りないため、水は一度町の途中の貯水槽へと溜められる。そこから、城館近くの貯水槽へ。


ここからは人の手だ。貯水槽の水車が縄を上下させ、木桶が水を運ぶ。城館側の歯車を回すことで引き上げる仕組みになっている。


それでも、この方式には限界がある。常に人の手を要し、水量は天候と流れに左右される。それを補うため、北町では新たな仕組み――昇流水(しょうりゅうすい)――の導入が検討されていた。


昇流水は王都で実用化されている技術で、山の湧水を貯水池に集め、密閉された導管の中を圧力で押し上げる方式だという。要はサイフォン式だ。


サイフォン式と違うのは、錬金術という意味の分からない仕組みが導入されている点だ。


ただし、ある程度の高低差が必要になるので、現状の北町では導入できない。ゼロから水を押し上げることができない錬金術の敗北である。仕方がないので、少し離れた東の山間から水を引き込む計画が進められている。かなりの大規模工事になるので、完成には一年ほどかかるそうだ。


この仕組みを見て、砦にも導入しようとしている。見れば単純な仕組みだが、見るまで思いつかなかったのは少し悔しい。


北町は上水設備が整っているように見えるが、ここで一つ問題がある。


歓楽町――かつて家将たちが暮らしていた区画は、この恩恵を受けていない。どれだけ差別されていたんだと叫びたくなった。


昇流水が完成すれば解決するが、それまでをどうするかが問題だ。今は、城館の水を分ける形で誤魔化している。改めていうが城館に引き込むのは手動だ。


つまり、下男たちの献身的な作業によって、歓楽町は支えられているということになる。


次に下水だが、北町の下水は、もともと軍用の排水路を流用したものだ。城館の築造当初に作られたもので、雨水を排出するための石造の側溝が町全体を縦横に走っている。これを下水として利用している、というのが実情だ。


要は家の前の排水溝に下水を流してる。という形だ。


ここで問題になることが二つある。一つは、必ずしも流れて行ってはくれないこと。常に水が流れているわけでもないので、途中で汚物が止まることもある。そんな時は気になった人が水を流す。人は支え合いながら生きているのである。くそったれ。


もう一つの問題は、汚い水は汚いままということだ。砦の時と同じだ。そのため、水路の末端である町の外側の湿地帯にある人工池は「黒池(くろいけ)」と呼ばれ、北町の者でもあまり近寄らない呪われし地となっている。


このままではちょっとした風向き加減で北町は地獄と化す。そこで、砦で導入されていた多層ろ過式の排水池を北町でも試験導入する計画が進んでいる。要は少しはろ過して”呪われた地”を”近寄りがたい地”にランクアップさせるのだ。


砦では既に導入されているが、()し取った汚物が残る問題がある。そこで登場するのが僕らの錬金術。澄風液(ちょうふうえき)なるものである。本来は毒の魔法に対抗するために研究されたらしいが、結果として臭気、腐敗臭、病気の瘴気を軽減するという代物になった。これを使って下水の臭いを中和している。これを北町でも使う形にしたい。


砦と北町の相互関係もあり、多少は上下水道も整備されつつある。前途多難ではあるが少しは進歩しているのだと前向きに考えよう。


「前向きには考えられそうにないな」


細身の男の報告に後ろ向きなため息が漏れた。


「侯国側は王国に対して降伏勧告を行っています」


「王国側は受け入れるのか?」


細身の男が否定の意志を告げる。町の視察から戻ると諜報部門の細身の男が報告したいことがあるとやってきた。侯国側は王都を包囲しているらしい。その上で降伏勧告を行っている。


「と、なると次は武力行使か」


「そうなるかと。勇者様はだいぶ苛立っているようです」


「どういうことだ」


聞けば勇者は素直で人を差別することがない好青年だった。だが、最近では近くの者には不満を漏らすことが増えているらしい。自分の意見に少しでも否定的な発言をする人間を遠のけているとも聞く。承認欲求の片鱗が表れてきたという事か。


「なぜ、勇者である自分を否定するのか。と、苛立っているようです」


勇者召喚、帝国の撃退、侯国宣言と常に賞賛に近い肯定を受け続けていたのだ。今の勇者は勇者としての自信に満ち溢れているんだろう。その力もあり、実績もある。それを否定されるのはむかつくだろうな。


「では、勇者様の力で王都は火の海になるか。王子たちはどうするんだ?」


「周りの側近は逃げることを勧めていますが、本人は納得していないようです」


王家としての誇りか、それとも勇者と同様の承認欲求なのか。いずれにしても結果は見えている。


「まだ、確証は得られていないのですが……」


「なんだ」


少し迷うような仕草をするが、次の瞬間、口を開く。


「既に王子は王都にはいないかもしれません」


「逃げたのか?」


「そのような噂も出ています。今いるのは身代わりではないかと」


影武者か。あり得る話ではある。ここで王子が死んだら王国は終わる。兄弟居るなら大丈夫そうだけど、いるのかな?

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