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辺境三若記  作者: 芳美澪
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63話 宵町

北町は夜が長い。ただし、それは歓楽町だけの話だ。商人町も職人町も、昼の賑わいが終われば静まり返る。だが、住民町は少しずつ人が増えている。


赤い月、商人、砦衆、そして俺。幾度かの協議の末に、歓楽町は緩やかに――だが確かに変貌を遂げている。協議から数か月経った今、その変化を俺が一番感じている。


上下水の整備はまだ半分も終わってはいない。それでも整った区画では灯りが増え、笑い声が聞こえるようになった。まだ夜の町と呼ぶには大げさだが、夜の活気は出つつある。小規模ながらある程度の店は整いつつあるといった状況だ。


まず開いたのが酒場だ。砦衆と北町の中から商売をやりたい人間を募ってやらせている。意外とやりたいやつは多かった。接客係をやりたい人間も多くて、少し驚いた。男も女も、年齢も関係なく雇った。酒場が出来たことで歓楽町は一気に活気を生み出した。


しばらくして、賭場も整備した。単純に席を用意しただけの小さな店だ。安い入場料を取り、賽子やカードで賭けをする。賭け率は低めに抑えてある。いずれは規模を広げ、金額帯で客を分けられたらいい――と、そんなことを考えている。まあ、実際にどうするかは俺の一存では決められないが。


娼館も作った。名目は“異性と気軽に飲める酒場”だ。盛り上がれば、双方同意のもとで金を取る。そのあたりの取り決めは赤い月に任せているが、特に不満も出ていないようだ。むしろ想定外だったのは、商人と赤い月が思いのほか密に連携していることだ。


当初は赤い月の連中で頭を捻ってやっていたらしいが、さほど儲からなかったらしい。暴力で生きてきた連中なのだから、それも仕方がない事だ。だが、”仕方がない”で通用する世界ではない。商売の知識が必要だと悟った赤い月の連中は商人に頭を下げて相談に乗ってもらってるらしい。儲けるために考えるようになったのなら、それでいい。


俺が払っているのは金じゃない。提供しているのは“儲かる場”だけだ。儲けるかどうかは本人次第だが、あくどい商売で儲けられては夜の町の評判が下がるので見過ごすわけにはいかない。この町に欲を発散しに来る奴は皆仲間だ。夜の町で大事なのは、欲を咎めないことだ。だが、仲間を騙したり、仲間の邪魔をする奴は許さない。諜報部門の話では今のところ大丈夫らしい。どこまで信用していいかは分からないが、良い方向に回っていると思いたい。


変わったところでは、鍛冶屋を一軒、歓楽町に移動させた。風呂の関係で移動してもらったのだ。どのみち、基盤づくりで近くに鍛冶屋が欲しかったのもある。鍛冶屋の近くには風呂屋を造り、衛生面に配慮するように言ってある。


当初は真面目に衛生面に気を付けてほしかったのだが、予想に反してただの風呂ではなくなっている。人が集まり、噂が流れる場所になっている。わざわざ商人町から来る奴もいるので、職人町にも作るように言っておいた。ちなみに混浴ではない。


本当は俺の為の風呂場を先に用意したかったが仕方がない。


短絡的かもしれないが、正直、手ごたえは感じている。歓楽町だけで月の収入は金貨一枚程度になった。当然、売上から店の利益、赤い月へのみかじめ料などは引いた上で俺に支払われている。男爵家からの支援金に匹敵する額だ。北町の税収とは別に、だ。


今の発展度を十段階で言うなら、まだ一にも満たない。その状況で金貨一枚。伸びしろがありすぎる数字だ。


この影響は他にも出ている。まず商人だが、既にいくつかの商人から投資の打診が来ている。基本的には北方商人に任せているが、その中の一人は正式な紹介状を携えてきた。北町で活動している商人を優先しているが、遠方からの打診もあるのは驚きだ。商人は金の匂いに敏い。そういう生き物なのだろう。


もう一つ、意外だったのが王都の娼館からの移籍相談だ。王都で商売している小規模な娼館らしいが、今の王都はどうもきな臭い。それを悲観しての打診というわけだろう。小規模とはいえ“王都で小規模”なだけだ。北町に来れば、間違いなく最大級の娼館になる。


「三若様。準備が整いました」


うさ耳が声をかけてきたので立ち上がる。外套を差し出してくれたので腕を通す。最近は日が傾くと寒いので外套が無いとちょっと体が冷える。


久しぶりの歓楽町への視察である。当然、うさ耳と犬耳が同行する。委員長はかなり忙しそうにしているのであまり同行しない。そっけない態度の委員長だが、会えなくなるとちょっと寂しい。


「下男たちの間でも話題になってます。楽しみです」


犬耳が楽しそうに外套を羽織っているが、あまり犬耳には縁のない場所なのではないだろうか。


視察と言っても、城館から近い場所しか整備されていないので遠出というほどでもない。夕暮れの通りを歩くのは久しぶりだ。既にあちこちから笑い声が聞こえる。酒場には客が入っていて、酒と灯りの匂いが混じっている。


酒場ではまだ簡易的な食事と酒しか提供していない。出来れば砦の食事とかを持ち込んで、質も上げたいところだ。


酒場を遠目に見ていると、通りの向こうから、酔っ払いの男がふらつきながら近づいてきた。手に盃を持ったまま、俺たちの前で立ち止まる。


「……お? あんたら、貴族様か?」


こんな所に貴族がいるとは思わなかったのだろう。言葉に戸惑いが見え隠れする。男はぽかんと口を開けたまま、うさ耳と犬耳を見た。ものすごい凝視しているな。その瞬間、通りの端から数人の男が現れ酔っ払いの肩を押さえる。


「兄さん。こっちだ。酒はこっちだぞー」


「お? おう。そうかぁ」


一人の男が残り、こちらに頭を下げる。


「すいません。姐さん方」


そう言うと、男はその場を去った。


「あー、なんだったんだ?」


よくわからん。……というか、誰だあれは。


「赤い月のメンバーですね。以前、税を納めに来た時の人ではないでしょうか」


うさ耳が教えてくれた。そうなのか。


「治安は良いみたいですね。城館の下男が言ってたのは本当みたいです」


犬耳が納得するように言う。笑い声が響くが怒鳴り声は聞えない。夜はこれからなので、まったく騒動が無いとは言えないが、赤い月はうまくやっているように見える。


「この先に大きな娼館もできると聞いています」


うさ耳の口から娼館といわれると何というか罪悪感がすごい。


「発展して金が増えるのは良いが、うるさすぎるのも問題だな」


「今のところ、城館には届いてませんし、苦情も来てないですが……」


他愛もない会話をうさ耳とする。怖いほどに順調に発展している。


「三若様の統治は本当に素晴らしいです」


犬耳が突然持ち上げてくる。風俗に行きたいだけなんだが……


「そうか?」


「王都にいるみたいです」


「あー、王都は昼も賑やかだったな」


「でも、今は……」


犬耳が俯く。侯国が王都への進軍を始めたと報告があった。数日中には侯国軍が王都を取り囲むはずだ。そうなった時、王都がどうなるかは誰にもわからない。

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