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辺境三若記  作者: 芳美澪
61/82

61話 懐柔

赤い月の懐柔を思いついたのはいい。


だが――どうやってあいつらを納得させるかが問題だ。普通に話をしても「よろしくね」「うん、わかった」とはならない。ならず者の扱いに長けてるわけでもない。とはいえ、なんとなくの感覚は掴めている気がする。漫画とかドラマでもそういうの見たことあるし。


要は、舐められたら終わりなのだ。


だが、押し付けるのも得策じゃない。俺が上で、あいつらが下。従うことで旨味がある――そう理解させる必要がある。


反発は少なからず発生する。完全に抑え込むのは不可能だ。なら、反発しづらい状況を作ればいい。人は圧には反発しやすいが、恩には逆らいづらい。


つまり、大きな親切と小さな圧。これだ。


既に諜報部門の細身の男には赤い月と接触するように指示してた。さほど時間を要することなくその場は設けられることになった。ここからが勝負なのだが……その前に問題が発生している。


うさ耳がめっちゃ不機嫌なのだ。


赤い月との話し合いの場にはうさ耳たちを連れて行くわけにはいかない。必ずしも安全ではないのだ。護衛にはハゲ頭たちと、諜報部門からも人が来る。人数としては十分すぎる。それを伝えたのだが、うさ耳たちは納得していない。最終的には俺の命令という形で言い含めた。


それからずっと機嫌が悪いのだ。もうじき日も傾き約束の時間も近づいてきているのだが、うさ耳は一言も言葉を発しようとしていない。


「めちゃくちゃ機嫌悪くないか?」


代わりに着替えを手伝ってくれている犬耳に耳打ちする。


「すごい怒ってますね。連れて行った方が良いんじゃないですか?」


うーん。と考えるが、連れていく理由がない。むしろ不都合な印象しかない。


「私たちもやり辛くて……なんとかしてください」


そんなこと言われても……


***


日が傾き、町に闇が差し込み始めた時刻。砦衆区画にある、かつて兵士たちが使っていたという家屋があった。赤い月の連中とここで合う約束をしている。


家屋の中は、外見通り狭く、無骨な造りをしていた。窓は板で打ちつけられ、隙間から細い西日が床をかすめている。壁に吊された古びたランタンが、頼りなく揺れていた。既に赤い月のリーダーは到着していたようだ。


部屋には俺とハゲ頭、それに諜報部門の男。一方の赤い月はリーダーと三人の付き添い。三対四――だが問題はない。古びた木の椅子に腰を下ろすと、リーダーも無言で腰を下ろした。


スッとハゲ頭が俺の斜め前に立つ。赤い月のリーダーとハゲ頭が無言でにらみ合う。


気持ちはわかるが喧嘩腰は宜しくない。とはいえ、舐められるわけには行かないのだ。その圧は悪くない。鎧を軽く叩き、後ろへ下がらせた。外には兵士と諜報部門の連中が待機している。何かあってもすぐ動ける。


薄暗い室内で、リーダーの目だけが光っていた。西日が頬を照らし、影を落とす。


「で、何がしたいんだ」


低く、刺すような声。苛立ちと警戒が混ざっている。その問いに答える事無く、代わりに口の端を上げてみせた。ちょっと焦らしたほうが良いのではないかという浅はかな考えではある。


「何が可笑しい」


「随分、大変そうだな? 情報は役に立たなかったようだな。せっかく貸しを作ってやったんだが」


舌打ちが返ってくる。


「伯爵に見つかると大変なんじゃないか?」


「話はそれだけか?」


苛立ちは頂点に達していた。だが、ここからが本題だ。


「赤い月。かつて王都では聞かぬ者のない名だったそうだな。道を歩けば人が避け、名前を聞けば誰もが震えた――そうだろう?」


「ああ、そうさ。今も変わらねぇ」


残念だが、今は違うと思う。


「往年の輝きを取り戻すのは一筋縄ではいかないだろう」


「それがどうした。俺たちは━━」


「手伝ってやってもいい」


沈黙。揺れるランタンの火が、男の影を壁に伸ばす。


「かつての……いや、それ以上の名誉と力が取り戻せるとしたら?」


赤い月のリーダーの背後に立つ男に目を向ける。「道を歩くだけで人はお前らを恐れ、羨望の眼差しで見られるようになる」


男はゴクリと喉を鳴らす。わかりやすい。特に下っ端のこいつらはかつての赤い月に対する憧れが強いのだろう。


「……手伝う、だと?」


低い声。抑えているのがわかる。怒りではない。探りだ。


「貴族が俺たちに“手を貸す”ってのは、随分な冗談だな」


取り巻きの一人がわずかに顔を上げる。その反応を、リーダーが横目で牽制した。


「どういう風の吹き回しだ? 見返りは? まさか慈善事業ってわけじゃねぇだろう」


「金を稼ぎたい」


これは率直な願望だ。だが、率直すぎたのか、赤い月のリーダーは困惑したような顔をしている。


「人でも攫うのか?」


「手っ取り早い金の稼ぎ方を知ってるか?」


試すように言う。赤い月のリーダーは無言だ。


「人の金を奪うのは犯罪だ。だが、相手が自ら金を差し出すなら話は別だ。それは犯罪じゃない。そうだろう?」


困惑の色が強くなる。何を言ってるんだこいつは。という顔だ。


「それができたら苦労しねぇ」


「できる。というか、お前らもやってるだろう」


下っ端の連中は顔を見合いながら疑問に思っている。


「お前、いくら持ってる?」


一人がとまどいながら答えた。「え? 俺か? 今は銅貨十数枚くらいかな?」


「それを寄こせって言われたら嫌だろ? じゃあ、うまい酒と女をつけてやるから、銅貨百枚出せって言われたらどうする?」


「そ、そんなの……持ってねぇよ」


「なら、稼いで来い。人足仕事一つで稼げるだろ」


「……あー、まあ、それなら出すかも……」


「酒場でも開きたいのか?」


リーダーが声を上げる。


「需要と供給だ。誰しもが持っている需要。それが欲だ。人は欲のために金を払う。なら、その欲の場所を、こちらで用意してやればいい」


「よくわからねぇな。俺たちに何をして欲しいんだ」


「俺はこの町を王都最大の夜の町にしたい。その為の汚れ仕事をしろって事だ」


ここはこいつらにもわかりやすい明確な答えを出す。こちらの意図通り、リーダーの眼の色が変わった気がする。


「汚れ仕事って言っても、使い捨てとか、そういう意味じゃない。夜の世界は綺麗事では片付かない事もあるだろう。これは必要悪だ。お前らはその必要悪として夜の町に君臨することになる」


リーダーは黙り、わずかに顎を引いた。


「……必要悪、ねぇ。要は“裏の支配者”にしてやるって話か」


「支配するのは俺だ。だが、実際に動くのはお前らだ。夜の秩序を護る組織として機能してもらう。夜は夜なりの秩序が必要だ。時には暴力で収めることもある。何より、舐められないだけの実力が要る。赤い月にはそれがあると思ったんだがな」


「断ったら?」


こういう関係性では、馴れ合いは良くない。いずれはあるかもしれないが、今は不要だ。


「この町に必要なのは“必要悪”だ。ならず者じゃない。……ゴミは、掃除するものだろ?」


駄目なら諦めるしかない。赤い月に執着しているわけでもない。


「あんたのことは、なんて呼べばいい?」


思わぬ肯定の意思に内心驚く。思ってたよりも苦労せずに懐柔できてしまった。


「お前は引き続きリーダーだ。当然、俺はその上に立つものになる。――そうだな、“親分”でいい」


「……わかったよ、親分。で、俺たちは何をすればいい?」


「ひとつだけ、俺の流儀を教えておく。恐怖で治めるのは長く続かないし、好きじゃない。基本は――親切にしてやれ」


「親切? ……舐められるわけにはいかねぇんじゃないのか?」


「この町で、欲を満たし、金を動かす奴は皆仲間だ。だが、そうじゃない奴は……仲間じゃない」


敢えて芝居がかった動きで立ち上がり、リーダーの肩に手を置いた。「仲間じゃない奴は――どうなっても仕方ないよな?」


少し間を置いたが、相手は何も言わなかった。渾身の演技は、どうやら無駄だったらしい。


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