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辺境三若記  作者: 芳美澪
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59話 思惑

商談は思った以上にうまく行った気がする。あれから委員長は商館に何度か出向き、清灰販売の段取りを詰めている。いずれは広く普及させたいが、まずは当面の資金になれば良い。とはいえ、俺の本当の目的は別だ。


――風俗街を作りたい。


前回の子爵令嬢の件でわかったことがある。恋や愛は中長期の話だ。俺は今を楽しみたい。手っ取り早いハーレム、それが風俗である。これなら俺の顔がどうであれ、太っていようが関係ない。金を払えば誰も文句は言わない。というか、俺の町なんだから無償でも良いくらいだろう。相手は仕事なのだから、こちらが気を遣う必要もない。素晴らしい。


そういった店は存在する。だが王都のような大都市か、せいぜい子爵家や伯爵家級の町にしかない。北町にはない。代わりに、金に困った女が路上で春を売る――そんな話は聞いている。


はっきり言って、それは怖い。衛生面も、そして何より少し可哀想だ。やりたくないのにやらせるのは良くない。だが逆に、金のためならやりたいという者もいるはずだ。男も女もそれは同じ。ならば、そういう人のために安全で給料の良い場を用意すればいい。それなら安心して楽しめて、金も稼げる。


結果として、良質な夜の店が増えれば、北町は夜も華やかな町になる。しかも俺は無料で楽しめて、金も入ってくる。完璧だ。


ただし問題もある。夜は金を生むと同時に犯罪も呼ぶ。兵に取り締まらせれば秩序は保てるが、男爵家=風俗という図式は避けたい。理想はこうだ。夜の秩序を守る自警の集団を作り、その上で男爵家の部隊が最終的な抑止力を果たす。この建付けなら問題ない。


では、その自警団を誰にやらせるか。アテはある。――砦衆だ。もっとも、主力ではなく別部門的な集団として。人も増えてきたし、暇を持て余している者も多いはずだ。


また、そういった店となると病気の心配もあるな。衛生面を考えれば店は清灰を使って清潔を保つ必要がある。商人がそれを卸す。俺だけ儲かっても妬みになるしな。おお、良いじゃん。


考え事をしていると、扉がノックされた。うさ耳が扉を開け、使用人と二言三言交わしてからこちらを向く。


「三若様。準備が整ったとのことです」


今日は頭たちとの報告会がある。どうやら全員集まったようだ。


「わかった」


北町に移ってからというもの、俺の生活環境はがらりと変わった。まず館は髭一家に任せた。今は髭一家と砦衆の人間が数人住んでいる。農業の中枢として色々やってくれている。食の土台がしっかりすれば、日々の食事がより楽しくなる。是非とも頑張って頂きたい。


砦は相変わらず次兄の拠点だ。砦を拠点に東の森、北町周辺の状況に目を光らせてくれている。頭たちは北町に移るかとも思ったが、結局砦を起点にしているらしい。北町との距離も近いし、次兄たちとも連携しやすいしな。その次兄たちだが、兵の増強が行われた。新人教育で慌ただしいと聞く。いまでは四十近い兵を抱えているという。


そして俺の住まいが“幽霊屋敷”から北町の城館に移って、家の規模は数倍になった。さすがにうさ耳たち三人では管理しきれないので、城から新しい使用人が移動してきた。いまや小さな貴族邸並みの人手がある。建前上は次兄の城館ではあるが、今は俺が使っているので、実質的にこの屋敷の主は俺だ。


そうなると自然に、うさ耳、犬耳、委員長がまとめ役になる。うさ耳は家政全般を取り仕切る一番上。いわば管家。委員長は女中頭として雑務全般を束ね、犬耳はうさ耳の補佐。侍女というより副管家だ。その下に雑役女や下男が十数人。


……すごい出世だな。周りが勝手に大きくなって、俺の立ち位置が決まるより早い。こいつらにクーデターなんて起こされたら──冗談抜きで俺、ヤバいだろうな。早めに逃げるか、譲渡するかしないと、取り返しがつかなくなる気がしている。


悪くなった点はまだある。この城館に移ってから夕飯はまた一人になった。館よりも広い部屋、そして新しく入った使用人たちの手前、今までどおり、うさ耳たちと一緒に食事をするという流れは断ち切られたのだ。つまり、見世物状態に後退した。唯一のコミュニケーション手段も無くなったのでやばい。


以前は商談部屋として使われていた広間を大広間として利用している。過剰な装飾は外したので多少は落ち着いた雰囲気の部屋になっている。


砦頭を含め結構な人数が集まっていた。次兄はいないようだ。代わりにハゲ頭たち兵士が三人ほどいる。他は砦衆が多い。


席に座ると頭が早速話を始める。


「この屋敷にも慣れましたか?」


「ようやくといったところだな。遠い所、来てもらって悪いが報告を頼む」


「はい、では早速。私から全体的な報告を致します」


統括は相変わらず頭が担っている。とはいえ、砦衆の規模が急激に拡大しているため、以前のようにすべてを一人で把握できるわけではない。各部門のリーダーが俺に直接報告し、その後に頭へ伝える形も増えてきた。


「砦側は問題ありません。やはり北町の扱いをどうするか、です。現在、砦衆が利用している区画ですが、基盤が整っていません。砦と比べるとどうしても……」


森の中の砦に劣る町ってなんだよ。商人町との差がひどすぎる。


「無い物は仕方がない。とはいえ、このまま放ってはおけないだろう」


「はい。労働部門は既に動いています」


頭が平凡な顔立ちの男に目を向けると大きな頷きが返ってきた。


「二若様の状況ですが……」


ハゲ頭が一歩前に出る。


「森は相変わらず平和です。今は北町の地理理解と新人教育で苦労しています」


前は野蛮な言葉づかいだったのに、すっかり兵士らしい口上だ。貫禄まで出てきたな。


「続いて、情勢の報告を」


細身の男が一歩進み出る。


「侯国ですが……恐らく近いうちに王都へ向かうかと」


いきなりの報告に、広間の空気が張り詰めた。王都を攻める、ということか。


「北の侯爵様が黙っていないだろう」


誰かが声を上げるが、細身の男は顔を横に振る。


「勇者様の存在が大きすぎます。どうにもなりませんな」


やはり、チートは最強らしい。


「そういった状況から、王国、侯国ではこちらの話は出ていないようです」


有難いことだ。火事場泥棒している感じで気が引けるが贅沢は言ってられない。


「西の子爵家ですが、順調に復興をしているようです。侯国派の立場を示していますが……内心ではこちらの味方かと」


あの女狐の家か。うまく立ち回っている。あの件もあり、今は令嬢が取り仕切ってると聞いた。借金もなかったことになってるしな。体制が整うまでは侯国に従い、整ったら裏切る。俺の時と同じだ。女は怖い。


「東の子爵家が荒れそうです」


イケメンの家か?


「廃嫡するそうです」


以前ならそんな真似をすれば現当主が粛清されていた。だが今は違う。侯国派である元当主の背後に勇者と侯爵がいる。誰も口を出せないのだ。イケメンを廃して愛人の息子を当主に――それが現実味を帯びてきた。


「最近では公の場に姿を出していないようです」


兵士の間では、いまだイケメンを支持する声が多い。だが、この状況を見れば自ら身を引くかもしれない。そういえば手紙も最近は来ていない。


「前回の戦に関わってきたのもそれが関係しているかもしれません」


細身の男の言葉に、広間が静まり返る。――死に場所を探していた。そう言われれば、あの戦いでのイケメンの行動にも納得がいく。


「最期に……北方商人ですが、なかなかに人望があるようで」


細身の男がにやりと笑う。「妻と娘は北方伯爵領におります。娘は少々お転婆なようでして。人気のない場所にも平気で入り込み、見張りの兵を困らせているとか……周りも心配しているようです」


……人様の家庭事情を報告すんなよ。

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