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辺境三若記  作者: 芳美澪
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58話 商談

俺は経済についてはよくわかっていない。でも――儲けたい。商人とやり合えば、どうせ俺が負ける。負けても構わないが、大負けしたり、いい鴨になるのは御免だ。


そこで無い頭をひねって考えた。大げさに言えば“閃き”だ。要は、俺の一人負けを防ぐために、もう一人を入れればいい――。


やりたいことは単純だ。商売の“三権分立”を作りたい。


「商売は相互利益だ。一方だけが儲けても続かない。俺は“三者利益”を考えている。俺、誰か、そして商人だ。互いに儲け、互いに見張る。どう動くかは、あんた次第だ」


「……なるほど。三者利益、ですか。理に適っておりますな」


商人は茶を置き、わずかに笑う。


「その“誰か”とは――町の者か、職人か。それとも……」


「その前に確かめておきたいことがある」


この町を治めて数か月になるが、わかっていないことが多い。


「そもそもこの町の商人を仕切っているのは誰だ? あんたは信用できると思って声をかけたが……他に話を通す必要があるのか?」


「もともとは有力な商人がおりました。この町で商いをする場合は、彼らの同意を得る必要がありましたが……残念ながら、不幸があったようで」


意味ありげな視線がこちらに向けられる。つまり、うるさい連中は俺が排除した――ということか。


「と、なると後は商人ギルドぐらいか」


「そうなりますな」


「この話を相談する条件として、そこを任せる――というのはどうだ?」


「……そこを、私に?」


商人は探るように茶を置いた。


「ありがたい話ですが、まずお聞きしたい。三若様のお考えとは?」


「相談したいことは二つある。一つは物を売る。もう一つは――人の欲だ。夜の街を作りたい。王都最大のな」


「若いお方とは思えませんな。欲を動かす街、ですか」


商人は笑みを浮かべた。


「お伺いします。その目的は、金のためでしょうか。それとも――人を集めるため?」


「俺の欲を言えば金だ。欲に弱者も強者もいない。金を払って欲を発散してもらう。もう一つ解決したいことがある。難民が増えて犯罪が増えている。犯罪は欲だ。ならその欲も金にして儲けたい。ついでに犯罪が減れば尚良い」


欲があるから犯罪に走る。なら、その欲の向け先を提供する商売をする。欲を発散したい奴は金を払う。金がなければ働く場を与える。それらを管理できないだろうか。


「金と治安、ですか。随分と先を見ておられる」


商人は口元に笑みを浮かべる。


「確かに、欲に身分はございません。それを“悪”にせず“商い”にする――なるほど」


商人が頷いている。乗り気になってくれているようだ。


「となれば、やることは二つ。欲を扱う場を明確にし、秩序を作ること。そして、その秩序を金で回す仕組みを整えること。夜の街を“放縦”ではなく“管理された楽しみ”に変えれば、人も金も自然と集まります」


商人は頷きながら言った。まるで、自分に言い聞かせるように。


「……なるほど。三若様のお考え、気に入りました。私にお任せいただければ、“欲を金に変える仕組み”を整えてみせましょう」


商人は自分の中で何か道筋を見いだしたようだ。頼もしい限りだ。だが、そこまでだ。


「やはり相談して良かったようだな。……だが、今は決めるつもりはない。まだ役者が揃っていない」


一旦、話の腰を折る。俺の一人負けは嫌なのよ。


「ふむ。舞台を開くには早い、というわけですな」


商人は微笑み、視線を細める。


「その“役者”、もうお心当たりは?」


「心配するな。ちゃんと考えてある。さて、もう一つの相談だ」


まったく考えてないけど。ここは濁しておく。


「“物を売る”お話、でございますな?」


商人は再び身を正した。


「物売りは私の得意とするところ。……さて、どんな品をお考えで?」


「おい」


俺の後ろに控えている三人に合図すると、委員長が俺の前に包みを丁寧に置いた。


「それは?」


「手を洗う物だ」


商人が怪訝な顔で包みを見ている。


「灰塊ですか?」


「違う。清灰という」


「拝見しても?」


頷くと、男が慎重に包みを広げ、中身を見た。


「……ほぅ、たしかに灰塊ではない。そして香りがしますな」


あれから生産部門の男に試行錯誤させて、香草入りの清灰も作らせた。その一つを持ってきた。


「灰塊のように臭くなく、肌にも優しい」


もっと良い商品アピールができれば良いんだが、思いつかなかった。


「使用してみても?」


「構わない」


商人の合図で、使用人が水を張った木桶を持ってきた。水にくぐらせ、手を洗う。商人の視線が泡を見つめ、俺の顔に戻らない。


「これは……」


「良い物だろう?」


商人は黙った。しばらくの沈黙。水面の泡が消える音だけが、部屋に残った。やがて、商人が息を吐く。


「……参りましたな」


ゆっくりと手を拭いながら、男は清灰を見つめる。


「これは……どこで?」


「俺が作った」


俺の言葉に商人が驚愕の表情を浮かべる。


「これを売りたいと? 私共に取り扱わせて頂けると?」


「そこまで大した話ではないだろう。まあ、たしかに良い物かもしれない。だが、売り始めれば周りも黙ってはいられない。類似品なんてあっという間にでるぞ」


錬金術の連中には、奇妙な癖がある。本に書いてある方法を絶対視して、それ以外を試そうとしない。前例主義ってやつだ。熊様とのやり取りで気づいた。


「そうかもしれませんが……」


現物として灰塊以上の商品が出たとなれば、その反響は大きいはずだ。当然他の商人は黙っていられない。同じもの、それ以上の物を求めるはずだ。そうなった時、正直これを秘匿するほどの事でもない気もする。敢えて公開する気もないが。


「あんたなら、これをいくらで売る?」


再びの沈黙が部屋を支配する。商人は清灰の包みを指先で撫で、しばらく何も言わなかった。やがて、低く笑う。


「……なるほど。試されておりますな」


別に試してなんかいない。いくらで売れるかわかれば、そこから逆算してこっちの値段決めたかっただけだ。しばらくして商人は立ち上がり、窓辺まで歩く。


「この香り、この質。灰塊の十倍は取れます。……いや、やり方次第では銀貨でも」


灰塊は銅貨数枚で取引されている。銀貨となると百倍だ。儲けという意味では美味しい。


「衛生面の向上は弱者への救済にも繋がる」


商人が振り返り怪訝な表情をしている。


「できることなら、これを難民や浮浪者でも気軽に使えるようにしたい」


「それは無償で……?」


「違う。まずは儲けたい。だが、いずれ安く売る。さっきも言ったが、類似品なんてすぐに出るだろう。その時――うちは圧倒的に安く売る。その上で、より良い物を高級品として売る」


衛生面の向上は儲け以上の価値がある。病気や伝染が広がったら面倒だ。あるか知らんけど。魔法でなんとかなるのかな? それに、客層ごとに商品を変えるなんて、どこでもやっていることだ。


商人は何も言わなかった。ただ、ゆっくりと椅子に腰を下ろし、指先で清灰を撫でた。先ほどまでの商売人の顔が消え、何かを確かめるような静けさがあった。やがて、包みを丁寧に閉じ、膝の上に置いた。


「……承知しました」


その一言には、言葉以上の重みがあった。口元は笑っているのに、目だけが真剣だった。


「では、早速、段取りを整えましょう」


「以降の話はこっちの使用人と話せ。俺には報告だけで良い。任せたぞ」


細かい話は良くわからないので委員長に丸投げだ。


「かしこまりました。以後、宜しくお願い致します」


委員長が深々とお辞儀する。


「こちらこそよろしくお願い致します」


商人もそれに応える。商人はどこか満足そうな顔をしている。一方の俺は三者利益なんて言った手前、人選と清灰の上っていう宿題を、自分に残してしまった。……これだから交渉は嫌いだ。

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