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辺境三若記  作者: 芳美澪
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57話 北町

北の男爵家の滅亡により、我が男爵家はその領地を吸収する形となった。本来であれば、そんな真似は王国法に照らせば許されない。だが、もはや王国は形だけだ。誰も咎める者はいない。煙と灰の匂いが消える頃には、北の町も我が男爵家の地図の一部になっていた。


領地拡大に伴い、パパと長兄、それに次兄の三人で話し合いが行われたらしい。――らしい、というのも、俺は呼ばれていないからだ。


男爵家三男、通称“ゴブリンの子”。幽閉されている身なのだが、毎日のように外を歩き回っている。それでも次兄は言う。「大丈夫。気にするな」と。


協議の結果、北の男爵家領は“北町”と呼ばれることになり、その自治管理を次兄が担うらしい。長兄を差し置いていいのだろうか? しかも、北町の管理に加えて本拠地周辺の警備も任されているとかで、次兄はやたら忙しい。というわけで――なぜか俺が砦と北町のあれこれを任されることになった。


なんで?


まあ、悪い話ではない。砦衆はあれからも人を引き入れ、拡大を続けている。人口が増え、息苦しくなりつつあったこの時期に、北町が与えられたのは正直ありがたい。


あの戦から数か月が経ったが、俺がやったことは特にない。砦衆の人間に北町の一部を開放したくらいだ。それ以外は今まで通り。商売も生活も、以前と変わらない。北町の住民たちもいつもと同じ顔で通りを歩き、笑い、酒を飲んでいる。まるで、領主の交代など最初からなかったかのようだ。


逞しい限りだが、残念ながら俺はそうも言っていられない。すでに、いくつもの問題が発生している。


まず一つ目は――人口の増加だ。以前から多くの難民や浮浪者が砦衆のもとへ庇護を求めて集まってきていた。だがここ最近、その数が尋常ではない。北町を管理下に置いたことで多少の緩衝にはなっているが、このままでは街が人で溢れ、乞食の町になってしまう。


二つ目。治安の悪化だ。難民や浮浪者の急増に伴い、良からぬ報告が上がってきている。盗み、暴力――。北町に来たすべての人間に手が回っていない証拠だ。弱者の中にも弱肉強食が存在する。弱者の中の弱者が狙われているのだ。これを何とかしなければならない。


そして三つ目。金の問題。北町の税収は俺の懐に入ることになったが、出ていく金のほうが多い。難民の受け入れ、治安維持、補修費、食料の買い付け……。経済圏は広がったはずなのに、帳簿の数字は真っ赤だ。


つまり、領地経営が下手くそってだけの話だ。


その問題を解決するために、今日は商人との会合を予定している。本来なら城館に呼びつけるところだが、町の様子も見ておきたい。だから今回は、俺の方から出向くことにした。


相手は、北方伯爵の紹介で知り合った商人だ。かつて荷止めを食らった時でも、律儀に顔を出してくれた。利に聡い中にも人情味がある――そんな“良い親父”という印象だ。一度会っただけだが、妙に話が合い、それ以来、何かと気にかけてくれる。


会う場所は、かつてこの町を牛耳っていた商人の商館。いまは俺たちが管理して商人たちに開放している。今日はそこで落ち合う予定だ。


北町は城館を中心に放射状に広がっている。四つの区画があり、商人町、職人町、住民町。それに加えて、もう一つ――かつて家将や兵士たちが住んでいた区画がある。今は、砦衆たちがそこを利用している。


各区画は東西南北に分かれていて、発展具合にも差がある。商人町はすでに飽和気味で、これ以上大きくできない。職人町と住民町は中程度で、どちらも拡張の余地がある。そして砦衆の町は、まだまだすかすかだ。本気を出せば、商人町に匹敵する規模にできるだろう。


かつての領主が、いかに商人に肩入れしていたかがよくわかる。


放射状の構造だから、外へ広げようと思えばどの町も広げられる。ただし、広げれば広げるほど管理は難しくなる。もしくは他の区画を潰すという事もできる。判断が難しいところだ。


商人町への通りには屋台が並び、露店の声が飛び交っている。焼き菓子の匂い、布を広げる音、硬貨の触れ合う乾いた音。少し離れた職人町からは、鍛冶屋の槌音が絶え間なく響いていた。


戦があったことなど嘘だったかのように、町は活気づいている。その中を抜け、ひと際大きな商館の前に立った。


商館の中は、戦前の豪奢さをそのまま残していた。赤い絨毯に磨かれた床。壁には北方の織物。商人という生き物は、どんな時代でもまず見栄から入るらしい。


「これはこれは三若様。ようこそおいでくださいました」


壮年の男が出迎えてくれた。頭は白髪が混じり、いくつかの装飾品を付けているがいやらしさを感じさせない。北方商人の男だ。


「さあ、こちらへどうぞ」


案内された部屋は、装飾品と豪華な家具に彩られていた。俺は椅子に腰を下ろし、無意識に周囲を見渡した。窓の外では、北町の喧騒が遠くに聞こえる。同じ町でも、ここだけは別の国みたいだ。


「三若様。こんな所までお越しいただけるとは――本来であれば私の方から伺うべきところを、恐縮です。北町には慣れましたかな?」


「まあ、ぼちぼちだな」


口にしてから、妙に事務的な返しになった気がして少しだけ気まずくなる。ぼちぼちでんな。の方が良かっただろうか。


「左様で。今日は少し良い茶葉が手に入りました。この町は水路が使えるので大変便利ですな」


差し出された茶は湯気が立ち、香しい匂いが立ち込めている。今日はうさ耳、犬耳、委員長がついてきているが、お茶は俺だけに出された。彼女たちは客ではなく、あくまで俺の使用人――その扱いがはっきりしている。


「さて━━本日のご用件は?」


商人が微笑みかけてくる。王都の商人とは違い嫌味はない。信用しきるのは危険だが、疑いすぎるのも良くないだろう。


「面倒な駆け引きは苦手でな。単刀直入に言おう。金を稼ぎたい」


「……ほう、これはまた率直なお言葉を。――失礼ながら、そのお言葉の裏には“資金が足りぬ”という事情がございますかな?」


こちらを探るような視線が向けられた。


「そうじゃない。俺が儲かる為の方法はわかってる」


資金が足りないのは事実だ。でもそれを認めるのは悔しい。


「俺が儲けるのは簡単だ。この町のやつらに税を納めさせればいい。その為にも税を払いたくなるような金の落とし方を作りたい」


「なるほど……“金の落ちる仕組み”を作りたいと……」


商人の男はカップを手に取り茶を口に運ぶ。


「人は、使う理由があって初めて財布を開くもの。市を開くか、宿や酒場を整えるか……やりようは多いですな」


まあ、そうなるよな。


「では――本日は、“その儲け話に、私をどう絡めるか”というお話で?」


商人ならば利のある話に聡い、どうやって儲けるかを常に考えている。そういう意味では是非、絡んでほしいのだが、話は単純じゃない。ちゃんと理解してもらえるように話せるかな。

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