表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境三若記  作者: 芳美澪
53/82

53話 清灰

灰白色の固形物を、水で濡れた手で包み込む。ゆっくりと掌で転がすようにこすると、申し訳ない程度の泡が広がった。獣脂臭がするが、灰塊ほどではない。


水で洗い流し、再度、手の臭いを嗅ぐ。


「……素晴らしい」


思わず声が出た。肌も灰塊ほどカサカサしていない。肌荒れにも効きそうだ。


「あの……これって……灰塊でしょうか?」


うさ耳が、なにかに気づいたように声を上げた。勘の良いうさ耳は嫌いだ。


「これは料理だ」


「で、ですが……」


「あれが錬金術に見えたか?」


「いえ……」


そう。錬金術の道具なんて一つも使っていない。使ったのは火と鍋だけだ。つまり料理だ。


「残念ながら食べられるものではなかったが、料理だ。わかるよな?」


「は、はい……」


ごり押した。罪悪感はあるが、もう引き返せない。――いや、禁忌には触れていない。


「臭いも少ないですし、手にも優しい感じがします!」


犬耳が素直に喜んでいる。概ね成功と言えるだろう。あとは何度か試して灰汁と脂の比率を調整すればいい。獣臭も少し残るが、香草でも入れれば消えるはずだ。


「たしかに……この程度の臭いであれば香草で消えますね。これは素晴らしい物かもしれません」


そうだろう。うさ耳も使ってみて、その良さに気づいたようだ。


「とはいえ、あまり声を大にして言う物でもないな」


何がとは言わない。うさ耳も犬耳も、黙って頷いた。


これは石鹸だ。錬金術ではなく――料理をしていたら“できてしまった”石鹸。灰塊などという錬金物ではない。


「これは灰塊ではない。清灰(せいかい)だ」


適当に名前を付けてみた。灰塊は不純物まみれで汚い。だからこれは、不純物を取り除いた清らかな灰石鹸――清灰。


「これ……売れるか?」


「売れるとは思います。ですが……」


うさ耳が思案している。


そう、売れるだろう。ものすごく売れると思う。俺たちは発明家……とまではいかないが、注目される。だが、そうなったときに余計な連中にまで目を付けられる。


そう、商人だ。


商人は嫌いではない。うちに来てくれている商人は良い奴だ。だが、そうではない商人も大勢いる。王都の爺商人、北の男爵家の商人。あいつらに目を付けられるのは面白くない。


***


「これは……」


砦の集会所には、俺とうさ耳、犬耳、委員長、頭、そして生産部門の担当者である男が集まり、テーブルの前で難しい顔をしていた。


「清灰と言います。三若様がお作りになられました」


うさ耳が説明する。


「館で作られたのですか? 錬金術師は居なかったと思いますが……」


「これは料理の失敗作です!」


いいぞ、犬耳。その通りだ。これは料理だ。だが、うさ耳と犬耳以外は困惑したような顔で目を見合わせている。


「これを売りたい」


俺の言葉に、頭が更に眉間にしわを寄せた。


「これは、沢山作れるのですか?」


「作れる。もう少し改良は必要だとは思うがな。ただし、作れる人間は制限したい。意味はわかるな?」


「……はい」


わかってくれて何よりだ。


「普通に売ると色々と問題になりそうだ」


「難しいことはわかりませんが、これ自体はかなり良いものだと思います。砦で使わせれば、あっという間に人気になりますよ」


生産部門の男が目を輝かせている。心配しなくても、お前に作らせるつもりだ。


どのように売っていくかは、商人と後日相談する形にした。熊様の紹介した商人なら信用できる。


作り方については、うさ耳が書き起こしてくれた紙を渡した。恭しく受け取って、生産部門の男は下がった。


「三若様。北の男爵家の動向に関して報告が上がっています」


頭が姿勢を正す。石鹸の話が終わったら温泉にでも入ろうと思っていたが、無理のようだ。


「北の男爵家は態勢を整えつつあります。どうやら、北西の子爵家領を狙っているようです」


北の男爵家のさらに北には、東西二つの子爵家がある。

東がイケメンの家で、現当主は侯国派。西は立ち位置を鮮明にしておらず、借金問題で手一杯らしい。


「借金をしているのは、北の男爵家に肩入れしている商人です」


思わず声が出そうになった。借金を理由に領地を奪う気か? やってることが極悪すぎる。もはや商人の領分を超えていないか?


「子爵家なら、それなりの戦力を持っているのでは?」


「借金があり……兵もまともにいないそうです」


それもそうか。子爵家ともなれば数百人規模の兵士を揃えていてもおかしくない。だが、兵を維持する金がなければ意味がない。兵士がいない子爵家はさぞ旨そうな肉に見えているのだろう。だが、しかし、疑問もある。


「旨い肉ならもう一つあるだろう」


反侯国派で、旨い肉――つまり、うちだ。

だが、予想に反して頭はにやりと笑みを浮かべる。


「北の男爵家はこちらを見てはおりません。三若様のご指示通りに噂が広がっております」


言っている意味がわからない。俺はそんな指示を出した記憶もない。


「商人たちはこう思っています。三若様は既に男爵家から見放されていると。その影響で我ら森隠もいずれ瓦解する……更にその影響は二若様にも波及しております。三若様と我らの没落、そして家将殿が逃げ込んだことで二若様は大層苦労しているとか……我が男爵家は放っておいても勝手に崩れましょう」


ちょっと、待て。なぜそうなる。


「三若様の思惑通り、奴らは欺かれているとも知らずに子爵家へと眼を向けております」


思考が止まる。いや、止めよう。何を言っているのかがよくわからない。とりあえず、こっちには来ないという事で理解した。


「つまり……商人たちの狙いは北西の子爵家か。と、なると、いずれは商人たちのものか」


「それですが……」


頭が言いづらそうにしている。ほかにも何かあるのだろう。


「とある御方が、砦衆に接触してきています。助けてほしいと」


「誰だ」


「北西の子爵家ご令嬢様になります」


令嬢。この言葉は今までも散々耳にしてきた。だが、今まで姉以外の貴族令嬢とあったことはない。子爵令嬢。その言葉の響きに思わず顔が綻んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ