51話 宣言
「王国は今、王を失い、帝国の槍に国境を穿たれた。
民は嘆きに沈み、国は揺らいでいる。
されど、民を守る責は王冠にあらず、志ある者の手にあり。
我、南方侯爵家は――
勇者殿を戴き、その力と徳をもって新たなる秩序を築くことをここに宣す。
王国の法を継ぎ、その理想を護るため、我らは侯国として立つ。
これは反逆にあらず。救済の布告なり。
勇者の光のもとに、再びこの地に安寧を取り戻さん。」
南方侯爵家による侯国宣言は、瞬く間に王都全土へと広まった。勇者の名を掲げ、侯爵は王国の支配を合法的に奪い取ったのだ。
この報せを受け、王都は各地の貴族に再び招集令を出す。だが北方は多くの被害を出しているので沈黙、南方では半数の貴族が侯国への帰属を表明した。王国の旗は裂け、地図の線が書き換えられていく。
それに呼応するように、北の男爵家では当主と家将の間で内乱が勃発。当主側には有力商人が金を出し、傭兵や冒険者を雇っている。対する家将側は、数十名の兵と民の義勇兵が支えているにすぎなかった。
「男爵殿は侯国に賛同しているようですな」
「そのようだ。今は静かだが、戦いが始まれば家将殿は押し潰されるだろうな」
相談役と部隊長が難しい顔で話し合っている。砦の集会所には、いつもの面々が勢揃いしていた。先日、パパとお兄ちゃんが帰還したばかりだが、その直後にこの侯国宣言。
――クーデターだ。
「家将側は勝てないか?」
次兄の問いに、相談役が唸るように答えた。
「砦衆の話では、数にも質にも大きな差があるそうです。そうでしたな?」
「はい。商人は金に糸目をつけず、中級冒険者も雇っているとか」
その言葉に、集会所の一角に立つ一人の兵士へと視線が集まった。年季の入った鎧、そして見事に磨かれた頭――元冒険者の男だ。下級冒険者の中でも上位の実力者だったあいつだ。
男は舞踏会前日に王都で知り合った冒険者の一人だった。どういうわけか、父と兄が王都を発つ際に「自分も志願したい」と言い出し、父も何を思ったか、それを許した。その結果、こうしてハゲ頭とその取り巻き二人が、次兄の部下として働いている。
「中級となると強敵だろうな」
「へへ、そりゃあもう。下級とは比べ物になりません」
「お前でもか?」
「どうですかねぇ。仮にやり合うことになったら、俺ぁ、退きませんぜ?」
「そうだな」
次兄とハゲ頭のやり取りに思わず怪訝な表情になってしまう。やけに息が合ってる。まるで昔からの戦友みたいだ。
「我が男爵家は答えを迷っているようだ」
次兄の言葉に全員が黙り込む。うちはもともと南派だ。だから当然のように、侯国への所属を求める手紙が届いたらしい。だが、パパは迷っているらしい。城でもパパとお兄ちゃんによる話し合いが続いている。現状では、王国への恩義を返すべきという声が、やや優勢らしい。
だが、ここで侯国への所属を蹴った場合、北の男爵家がいずれうちに攻め込んでくる。それを考えると答えを出すのに躊躇があるようだ。
「二若様はどうお考えで?」
「……その前にお前の意見を聞いておきたい」
相談役からの質問がなぜか俺にキラーパスされる。おかしい。そういうのが来ないように、わざわざ“考えてます風”の腕組みポーズをしてたのに。
「そうだな……」
無視するわけにはいかないので一応答えておこう。
普通に考えれば王国対侯国なら侯国が勝つ。あの帝国を退けたのが事実なら勇者の力に王国が対応できるとは思えない。そう考えれば侯国に付くのが自然だ。だが、問題は“その後”だ。勇者と侯爵はいつまで蜜月でいられるかな?
ゲームじゃないのだ。王国を倒してハッピーエンド、終了。というわけにはいかない。その後の人生も続く。そうなったときに侯爵は勇者の存在を許せるか? 自分よりも強く、民からの信頼も厚いとなれば……
絶大な力は多くの尊敬や憧れを集めるだろう。だが、平和になった時、いずれ畏怖へと変わる。そうなる人間は必ずいる。勇者がどういう力を持っているかにもよる。”ぼくがかんがえたさいきょうの勇者”であれば、尚更だ。畏怖どころか恐怖の対象に代わる可能性は高い。
逆にそうでないとすれば勇者がやばい。危機管理能力はどの程度備わっているのかな? 俺のように異世界から来たとなると拙い。食事、睡眠、そのすべてに危険があると認識して行動できるか? 毒、麻痺、寝首をかかれる。それだけじゃない、大切な人ができた時、その人は勇者ではないのだ。真っ先に狙われるぞ。俺なら耐えられない。俺は男爵三男で、正直、良かったとも言える。
「……」
異世界云々をぼかしながら思ったことを言ったら誰も何も言わない。
「うーん。確かに仰られることはわかりますが。ですが、本当に侯爵様が勇者様を裏切るようなことをしますでしょうか?」
「俺は坊ちゃんの言いてぇことがわかる気がするな」
思いがけない所からの同意が飛んできた。ハゲ頭だ。
「知り合いだった奴が中級に上がってよ。良い奴だったんだが、やっぱ気が付いたら俺はあいつを嫉んでた」
「上を目指す人間なら当然だろう」
「へへ、さすが坊ちゃん。話が早い」
「そうならない可能性も、もちろんある。だが、全員が勇者や聖者ではない。そこに歪ができる可能性は高い。盲信するのは危険だろうな」
「弟の言う通りだろうな。とはいえ、当家の決定は父上と兄上で決める。その決定次第ではあるな」
「大切なのは想定だろう。答えがわかればそれで良いが、答えが出ない以上は想定外を少しでも減らす努力をする」
「と、いうと?」
「そのまんまさ。可能性は今二つある。侯国側に付いた場合とそうじゃない場合だ。付いた場合は当面の安全は確保できる。もし、問題が発生するとすれば先の話だ。それまでに戦力を整えておく」
「付かなかった場合は?」
「当面の安全が確保されない事になる。ならば、戦力と逃げ道を作っておこう」
それぐらいしか思いつかない。最悪、北に逃げるルートを確保して北方伯爵家に非難するしかない。インテリはわからないが、熊様はきっと受け入れてくれるはずだ。その為の根回しだな。




