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辺境三若記  作者: 芳美澪
50/82

50話 施設

「聞いたか? 勇者様は下々の者にも優しく手をとってくださる方らしいぞ」


「俺が聞いた話じゃ、侯爵は毎晩のように勇者様を持て成してるらしい。美女に旨い飯と酒。羨ましいよなぁ」


「私も一目でいいから御姿を拝見したいわぁ」


ここ数日、村でも砦でも勇者様の話で持ちきり状態です。興味が無くても耳に入ってくるので相当な話題だ。残念ながら俺の噂はまったく聞かない。勇者と俺とじゃ、そもそも勝負にならない。

……が、空気くらいは読んでほしい。


噂は所詮は噂なので、あまり期待せずにいようといういい例だ。


「坊ちゃん!」


砦の鍛冶場へと向かうと中から威勢の良い声で鍛冶場の男が出迎えてくれた。


「完成したと聞いた。見に来たぞ」


先日、俺の元に朗報が届いた。遂に風呂が完成したのだ。高鳴る胸を抑え、鍛冶場の裏手に回るとお世辞にも綺麗とは言えない掘っ立て小屋が目に飛び込んできた。


「これか」


「はい、ご要望通りに周りから見えない形にしてあります」


足早に近づき扉を開ける。中は川の流れを石と丸太でせき止め、湯溜まりを作っただけの代物だ。樋を通って上流の焚き釜から温められた湯が流れ込む。いわば、川の一部を切り取った即席の露天風呂だ。


周囲は丸太で囲われ、外からは見えないようになっているが隙間も多い。そのおかげか川風が吹き抜けるので、湯上りには最適な環境になっているようだ。


「早速、試してみますか?」


鍛冶場の男が鼻息荒く聞いてくるので、苦笑しつつも同意した。湯の量が問題だったのだが、沸かす量を増やすことで解決したらしい。さすがにそこまで大きな鉄なべは用意出来なかったらしく、土と鉄の融合鍋だ。


既に沸かしていたらしく、湯気の沸き立つお湯が湯溜まりに注がれた。元々溜まっていた川の水と相まって程よい湯加減になっているのがわかる。実際に手を付けると少し熱めだったが、俺は熱めが好きなので問題ない。


次第に熱湯の量が少なくなってくるが、樋の先から“とろり”と落ちる湯が小さな波紋を作り続ける。


「まだ終わらないのか。随分多く熱湯が作れるのか」


「いえ、出す量を調整しているだけです」


湯量の調整までできるそうです。なんという職人芸。もう、抱きしめたい。


「こちらで川からの水の量も調整できますので」


そう教えてくれると、早々に鍛冶場の男は小屋から出ていく。後はごゆっくりと。って所か。是が非でもごゆっくりさせて頂きましょう。


さて、ここで一つ問題がある。今、この小屋には俺だけではない。うさ耳、犬耳、委員長がいる。今日はなぜか全員ついてきた。つまり、俺は今からこの三人に見られながら全裸にならなければいけないのだ。


出来れば出て行って欲しいのだが、それは望めない。彼女らには俺を世話をするという大義名分があるのだ。普段の湯浴みでも三人が常に傍にいて世話をしてくれている。


普段ならうさ耳が傍にいて補助して、犬耳がお湯だったり、布を持ってきたりしてくれる。委員長は後片付けや着替えを畳んだりしてくれているのだが、今回ばかりはどうしていいのかわからないようだ。


ここは俺が率先して動く必要があるのだが、一つ問題がある。「どこまで脱ぐか」である。普段は腰に布を巻いているのだが、やはり温泉で布を湯に付けるのはマナー違反だと思う。だが、貴族として下半身を露出するのはいくらなんでもという葛藤もある。


「よし、入るか」


答えは最初から決まっている。俺は自分を奮い立たせるように言いながら、上半身を脱いだ。そこはさすがというかすぐにうさ耳が服を受け取り、委員長が綺麗に畳んでいる。ここからだ。


「あっ……!?」


おもむろに下も脱いだら、後ろから、かすかに驚愕の声が漏れた。ここで手を止めたら負けだ。流れるように、さもそれが当然であるかのように全裸になり、湯舟へと近づく。近くの桶で湯を掬い、体を流す。


よし、準備は整った。後は最後の仕上げだ。


「……ふぅ……」


この心地よい圧迫感と熱さ。湯気の中でゆらめく光、壁を隔てた川の音、時折凪ぐ青臭さの混じった自然の香り。すべてが俺の中で混ざり合い静まり返る。


求めていたのはこれである。一瞬の静寂の後、背後に控えている三人へと目を向ける。


うさ耳は俯き、犬耳は興味津々でこちらを見ている。委員長も視線を外しているのだが、以外にも耳が赤い。恥ずかしがっている委員長とはレアなものを見た。


「気持ちよさそうです」


犬耳が興味深そうに見ている。


「気持ち良いぞ。疲れが吹き飛ぶようだ」


「裸で入るんですね」


「布で隠してもいいけど、湯に浸けるのは……あんまり行儀が良くなかった気がする」


「そうなんですか?」


「あー、たしかそうだった気がする」


前に本で読んだという体にしていたのだと思い出し、咄嗟に言い直してみた。


「いいなぁ」


犬耳は入りたそうにしている。犬は水好きそうだしな。


「入りたければ入ってもいいぞ?」


「いいんですか!?」


「そもそもこういうのは多くの人が入る前提だからな。だから、布も付けないほうが良いって話だ」


良い感じに話が繋がった気がする。


「ですが、三若様と同じお湯に浸かるなど……」


うさ耳は一向に目を合わせてくれない。もう下は見えてないのだからいつも通りのはずなのだが。


「風呂ってのは、もともと他所の文化だからな。多少は戸惑う事もあるかもな」


誰も何も返してくれない。


「あと“混浴”ってのもある。男女一緒に入るやつだ」


「なっ……!」


委員長がやっと声を出した。


「まあ、基本は別々だ。念のためな。お前ら三人で入ってみたらどうだ? 裸の付き合いって言葉もある」


「なんですかそれ?」


犬耳が不思議そうに聞いてくるが、途中で何かに気づいたような顔をする。多分、それは違う。


「互いに飾ったり、隠し事をせずに、ありのままの状態で関係性を築くって意味だ。風呂なら物理的にも裸になるからな。より仲も深まるってことだな」


「なるほど!」


犬耳は納得し、じゃあ、早速と言った様子でうさ耳と委員長を見るが、残念ながら実現までの道は長そうだ。


「ゆ、勇者様のお話で持ちきりですね」


委員長が突然、声を上げた。唐突な話題替えに苦笑しそうになるが、耳の赤さに免じて乗ることにしよう。


「だなぁ。良い噂も多いが……」


「一度も王都へは行っておられないようです」


うさ耳の言葉に頷く。戦争が終わってそれなりな日にちが経った。侯爵と共に王都に行き挨拶の一つでもあって当然だ。国王が急死したのだから尚更だろう。だが、それがない。いかない理由は何なのか……


川のせせらぎの向こうから砦に住む人たちの生活の音が聞える。俺は湯に沈めた腕を眺めながら、ぼんやりと湯気を見上げた。とりあえず難しいことは考えないでおこう。

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