49話 立場
俺はドラマや映画をあまり見ない。嫌いなわけではないが、展開の都合に違和感を覚えるからだ。一時間や二時間という制約の中で、都合よく話を転がすために役者は台本に沿って演技をする。そこに別の誰かの介入を感じ取ってしまい感情移入できないのだ。
要は「なんでそこで聞かないの?」とか、「いや、そこは言えよ」と、なるわけだ。
それを今、俺自身がやっている。舞台は砦、役者は砦衆とうさ耳――
俺ならこういうだろう。「もう聞いちゃえよ」、「はっきりさせとけば済む問題でしょ」と。だが、一度その立場に置かれると、理屈でどうこうは言えない。言うのとやるのでは違うのだ。
先日の集会所での流れは俺の想定外だった。まるで家臣が主を気遣うような、それでいて品定めしているような。そんな感覚を覚えた。一度、整理しよう。
俺とうさ耳は貴族と召使という関係だ。一見すると問題ないが、過去にうさ耳を虐待していた事実がある。つまり、俺は恨まれている可能性が高い。
俺と砦衆は過去に俺が誘拐されたが、なんとか言いくるめて、飯を奢ってやったという形だ。それ以降は彼らはその恩義に報いようとしてくれている。俺的にはとっくにチャラになっている感じではある。
つまり、固い絆で結ばれた主従関係ではないのだ。そんな状況での先日のアレだ。アレが何を意味するかをしっかりと考えて把握する必要がある。まあ、考えるまでもないか。なあなあにしていた俺が悪かったとしか言えない。俺は責任を取る地位を押し付けられたのだ。なにか、問題があったら俺が責任を取ることであいつらは自由に動ける。要は傀儡だ。
あれ? 王子と一緒じゃん。姉とかの前でも偉そうに王子はダメだな。とか言っていた自分が恥ずかしい。
えっと、こういう時は認識、コミュニケーションの改善、自立、状況判断。これだ。認識は出来ている。コミュニケーションは特に問題はないはずだ。と、いう事は自立と状況判断をしっかりとしておけばいいのだ。
つまり、今後の方針を予め決めておくことで、状況判断において一定の方向性を持つという事だ。方針としては三つ考えられると思う。
一つ目。逃げる。男爵家三男の立場は惜しいが背に腹は代えられない。金貨数枚ぐらい拝借して逃げるという手はある。ただ、いきなり逃げるのは良くないかもしれない。ある程度の下地を作ってから逃げる。もしくはやんわりと見限られる感じが理想だ。
責任とか取りたくないし、ハーレムができればそれでいいのだ。最悪、ハーレムも無しでいいかもしれない。そもそも、これだけ大きくなった組織の指導者になんてなれるわけがないのだ。自慢じゃないが管理職になんてなったことはない。チームリーダーにはなったことはあるが数人規模だぞ?
二つ目。正式な責任者の譲渡だ。事実上、砦の責任者は次兄ではあるが、それを砦衆や兵士たちに言った事はない。暗黙のルールになっているのだ。これは良い所もあるが、悪い所もある。やはり、ここは暗黙ではなく、明言するべきだろう。そうすることで下で動く人間の心構えも変わる。
ただ、暗黙のルールをいきなり明言化することは大きな摩擦も生まれかねない。暗黙だったからこそ良かった、と言う点を壊しかねないからだ。やはりこれも根回しが必要だ。その上でタイミングを見て明言すべきだろう。
三つ目。もう諦める。所詮は俺なのだ。特に何ができるわけでもないんだから、せめて責任ぐらいは取ってあげてもいいのかもしれない。それで動きやすい職場になるのならそれも良し。その対価として楽な生活を求めたって罰は当たらないんじゃないだろうか。
「三若様。お茶の替えはいかがでしょうか?」
突然の申し出に体がピクリと動いてしまった。物思いに耽っていたので、うさ耳の声に驚いてしまった。小広間にはうさ耳と俺しかいない。
「ああ、もらおうか」
気が付けばコップの中身は空だった。色々考えていたので喉も乾いてしまっていたので申し出は大変ありがたい。
「何かお悩みですか?」
お茶を注ぎながら、うさ耳が気遣うようにこちらを見てくる。
「きっかけが欲しいなと思ってただけだ」
「きっかけですか?」
色々考えてはみたが、どう動くかが問題だ。なにかきっかけがあれば動きやすい。
「私などには、三若様の真意を測ることはできません。ですが、お力になれることがあれば、いつでもお申し付けください」
うさ耳の言葉に一瞬、手が止まる。こいつはどういう意図で言っているのだろうか? 本気で言ってるのか、フリなのかがわからない。いや、もうどっちでもいいか。ここで疑ったところで真実はわからないのだ。
「主様ぁー」
玄関から犬耳が入ってきた。後ろには頭と砦衆の男。
「御寛ぎ中の所、申し訳ありません。ご報告したいことがあります」
頭と男が頭を下げる。
「何かあったのか?」
俺の促しに頭が男に視線を送った。
「戦争の影響で難民が多く発生していますが、その一部が南方に入ってきています」
先日の報告でもあったように戦争被害にあった多くの住民が難民状態になっている。被害の少ない南方に避難するのはあり得ることだ。
「その一部から良からぬ噂が出ています。その、三若様の事で……」
「噂?」
俺の噂が流れているようだ。何を今更という感はある。貴族や商人にも俺がゴブリンの子という噂は流れている。前回の舞踏会の件もあるので尚更だろう。
「それが……その……」
男は一度唇を噛み、ちらりとうさ耳の方を見た。
「気にするな。どんな噂が流れてる?」
言いづらいようだ。何故、うさ耳を見たのだろうか。こいつも関係しているとかか。
「……南の男爵家の三男は難民を聡し、王国への反逆を企てていると……」
スケールがデカくなっていた。曰く、傍若無人な振る舞いをするゴブリンの子は難民を奴隷のように扱い私腹を肥やしている。それだけでは飽き足らず、王国への反逆の機会を伺っている。勇者様を要する南方侯爵様はそれを大変憂慮している。南の男爵家は滅亡の道を進んでいる。らしい。
さすがに王国への反逆は考えていないが、前半は概ね間違っていない気もする。
「そのような根も葉もない嘘が広まっているのですか」
うさ耳が声を上げる。その言葉に頭と男が頭を低くした。
「ひどい……」
犬耳も驚いたような顔をしている。
「すぐに噂の出どころを調査致します。その上で噂を流した張本人を……」
「いや、その必要はない」
今日の俺は冴えている。さっきまで真剣に方針を決めていたおかげでもあるのかもしれない。やはり、状況の整理はしておくべきだな。この噂は使える。
「ですが……」
「むしろ逆だ。その噂に便乗しろ」
最終的に今の立場から逃げるか、譲渡するかはわからないが、その下地として「こいつはだめかも、やっぱり他の人のほうがいいよね」という雰囲気作りに持って行けるのではないだろうか。さすがに王家への反逆はやんわり否定したいが、前半はあながち間違いではないのだ。
「全員に伝えろ。その噂を聞いたら必ず便乗しろと。そしてこう言うんだ。男爵家は三男を見限っていると、代わりに次男が期待されている。とな」
こうすることでうちは王家に反逆する気はないですよ。次兄の方が頼りになりますよ。という方向性にもっていけるはずだ。……冴えてるな。まさか自分で自分を売りに出す日が来るとは思わなかった。




