48話 結末
砦の集会所は、まるで葬式の席のように重苦しい空気で満たされていた。誰一人として口を開こうとしない。帝国が宣戦を布告してからわずか一か月、戦争は王国軍の勝利という形で幕を閉じた。――だが、それは名ばかりの勝利だった。
「帝国は完全に撤退したのですか?」
誰かが声を上げた。
「そのようだ。父からの手紙にもそう書いてある。砦衆の話と一致するな」
戦争終結の報は砦衆により既に知らされている。先日、王都に行っている父から手紙が届いたと次兄から連絡があったのでこうして皆で答え合わせをしているのだ。
「北方は酷い有様だそうだ」
次兄が顔を歪めている。砦衆の報告では北方貴族の半数の領土は帝国に接収された。だが、帝国は長く留まらず、戦果を捨てるように撤退した。蹂躙されて捨てられた状態なのだ。そこはもはや住める土地ではない。さすがに放置するわけにはいかないので北方侯爵がどうにかするんだろうが、治めていた貴族は戦死した可能性が高い。代わりの貴族などいるのだろうか。
「残った民たちも今後が苦しいな」
「難民も多いとか」
「犯罪に走る者も増えています」
次兄と相談役のやりとりに頭が補足する。生活がままならないのだ。生きるために犯罪を犯すものも増える。そしてそれを取り締まる貴族も兵もいない。
「さすがにこちらまでは来ませんかな?」
相談役が不安そうに頭を見る。難民たちは安全に暮らせる場所を求めて彷徨っている。北方からここまでは距離があるので簡単には来れない。
「既に多くの相談が来ているとか。ただ、距離もあります。ここまで来るのも命がけでしょう」
難民の数は千どころではない。万に届く勢いだという。……全員を受け入れられるはずがない。可能な限りの支援を砦衆に指示したが、それにも限界はある。唯一の救いは北方伯爵家、熊とインテリが無事な事と、難民支援の連携を彼らが協力してくれている事だろう。
砦衆の存在を認知させることになってしまったが、背に腹は代えられない。現時点では熊は喜んでくれているし、インテリも率先して協力してくれている。だが、今は協力者でも、インテリの冷静な眼差しにはどうしても裏を感じてしまう。
「結果だけ見れば南方侯爵様の一人勝ちのようだな」
次兄の言葉に皆が無言になる。帝国を押し返したのは南方侯爵と伯爵の兵の戦果だ。それはまあいい。良くはないんだが。だが、それよりも気になる情報がある。
「勇者か……」
独白に近い次兄の言葉。突然の勇者という存在の登場だ。もう何がどうなっているのかわからない。砦衆の噂では、突如として現れたその者が炎の壁を呼び、帝国の魔物を焼き払ったと言う。
勇者━━侯爵家の領内にいる誰かを勇者として担ぎ上げたということも考えられる。そしてもう一つは本当の勇者だ。
北方を苦しめた帝国軍を退けるほどの力を持つのならば後者である可能性が高い。つまり本当の勇者という事だ。
だが、もう一つの疑問がある。その勇者はこの世界の人間なのか、それとも別の世界から来た者なのか。なぜ、そのような疑問が生まれるのか、既に事例があるからだ。俺という事例が。仮にこれが異世界からの勇者召喚だったとしよう。困ったことに……
━━特にならないか? 世界線が壊れる発明とか、勇者ハーレムとか出来たところでどうということもない。問題はその力を持った者が、王国や男爵家にどう関わるかだ。俺の人生に関わるのは良い。だが、よくわからない力で何かを奪おうとするのであれば敵対するしかない。
人は分不相応な力や富を手にしたとき、性格が変わるという話はよく聞く。仮に勇者が元は性格が良かったとしても、異能な力を手にしたことでそれを保てるとは考えにくい。どういった人物なのかを知る必要がある。
「もし、本当だとしたら王国復興のための大きな力となるやもしれませんな」
相談役の言葉に皆が笑顔になる。勇気のある、困難に立ち向かい偉業を成し遂げる人。本来ならばそうだ。そうであってほしいという思いもある。
だが、断言する。仮に勇者が人情味あふれる好青年だったとしてもそれはありえない。と、思う。本人がそうありたいとしても、周りがそれを許さない。そうであることを望まない人間は絶対にいる。身近に良い例がいる。王子を見てみろ。あの人は俺から見て、少なからず好青年に見えているし、民や下位貴族の為に行動しようとしている。だが、現実はどうだ。周りには王子という立場を利用としている人間で溢れている。
「案外、復興は早いかもしれませんね」
若い兵士の言葉に皆が笑う。俺は笑えなかった。
「ご当主様たちのお戻りは何時頃になるので?」
「なかなか帰れないだろうな。今も戦後処理に追われているだろう」
「なるほど、では二若様の領地経営も今しばらくは続きそうですな」
次兄と相談役の談笑の後、いくつかの確認をし次兄たちは城へと戻っていった。集会所には俺とうさ耳、委員長と犬耳、そして砦衆だけになった。特にこれといって話すこともないので今日はもう帰るかと思ったが、誰も言葉を発していないことに気が付いた。
最後は和やかムードだった集会場が最初のお通夜モードに戻っている。なにかあったのだろうか? 実は報告していない何かがあったとかだろうか。不安になり頭、うさ耳へと眼を向ける。どちらもこちらと眼を合わせようとしない。
「言いたいことがあるなら言え」
空気を読むのだけが取り柄の俺がこの空気を読めていない。なんたる屈辱。
「申し訳ありません。三若様のご不快の理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
はい?
「帝国は退き、真偽は定かではありませんが勇者様の登場。王国の未来は明るいと二若様たちがお話している中、三若様だけは無言でおられました。何かご懸念があるのかと」
驚きと恐怖が入り混じる。━━俺は観られていたのだ。表情や行動から何を考えているか。砦の指導者として相応しいか否か……
甘く見ていた。いや、俺が迂闊だった。多少の馴れ合いはあっても、あくまでも利害があるからこその関係だ。そうでなくても俺とうさ耳、砦衆との力関係は開く一方だ。こいつらに指導者として資質なしと見限られたら俺は野垂れ死ぬ。
いや、実際には死にはしないが、あの館で本当の幽閉生活を送る羽目になる。ハーレムとか彼女が欲しいとか言っている場合じゃない。貴族という特権はあるが、隙を見せるわけにはいかないのだ。
「わからないのか」
落ち着け、まずは軽く試す様なことを言って濁しつつ、俺が落ち着くのだ。
「申し訳ありません」
勇者云々の話をするのは得策ではない。複雑な話なので齟齬が発生する可能性がある。そうなったときに挽回するのは至難の業だ。とはいえ、ここからどう持っていけばいいのかわからない。その辺りをぼかしつつ心配していた理由を言うしかない。
「本当に王国は安泰だと思ってるのか?」
誰かが息を飲む音が聞こえた。
「勇者ね。本当ならば目出度い話だ。だが、そううまく行くかな?」
「三若様はうまく行かないとお思いですか?」
うさ耳が声を上げた。
「行くかもしれないし、行かないかもしれない。勇者の話を聞いた時、俺はこの国の王と王子を思い浮かべた。あの方たちは勇者ではないが、英雄たる方たちだろう。なのに、なぜ王家は飾りだったんだ」
「申し訳ありません。……ですが、勇者様は抗う御力をお持ちなのではないでしょうか」
うさ耳が頭を下げる。謝らないで欲しい。杞憂の可能性もあるのだ。
「力はあるだろう。だが、その制御は心がする。果たして勇者様は、あらゆる謀略、誘惑の元で正しく心を制御できるかな?」
「周りがそれを利用すると……?」
頭が伺うように尋ねてくる。
「周りだけじゃない。本人にも言える事だろう。勇者の力は絶大だろう。その力が間違ったほうを向いた時、王国は本当に安泰だと言えるか?」
頭が真っ白になる。人の心配をしている場合じゃない。俺の為の勇者は居ないのか。




