45話 理想
自室から階段を降り小広間に行くと、珍しい客人が座っていた。長テーブルに座る女性と一人の使用人。俺の姉だ。
「おはよう」
にこりと笑っただけで小広間に花が咲いたような錯覚を覚えた。
「今日はどうしたの」
姉が館に来るのは初めてだ。何かあったのかと勘ぐってしまう。
「三若様のお言いつけ通り、お嬢様と舞踏会についてのお話をさせて頂きました」
あっ、と思い出す。そうだ、どういう人が好みなのかを聞いていたのだった。
「そうか。では聞かせてもらおうかな」
忘れていたとは言えない。さも、ようやく来たか。ぐらいの態度でいいだろう。姉の対面に座り出されたお茶を一口飲む。薄いお茶だが柑橘系の味と匂いがする。紅茶とはまた違うのだろうか。よく考えたら、そもそもこれがお茶なのか紅茶なのか、それとも別のなにかなのかもわからない。
と、考えていたが、誰も喋りだそうとしない。姉の使用人に目を向けるが、なんかもじもじしてる。
「どうした。早く言え」
「は、はい!」
使用人が飛び跳ねるように姿勢を正すと、「お嬢様は、舞踏会でお話しした殿方を丁寧に評価しておられました」
静かに口を開いた。
「たとえば……王子殿下は誠実で、言葉に重みがあったと。北方伯爵のご長男様は、不器用ですが真心を感じると」
使用人が続ける。一方の姉は俯いたままだ。耳が赤い。
「ほう、それで?」
「北方伯爵のご次男様は常に冷静で周りをよくご観察されておりました。少し怖いという印象をお持ちです」
「ほんの……ほんの感想を申し上げただけです……決して悪い意味では……」
姉が消え去りそうな声で弁明している。
「あー、まあ、インテリっぽかったもんなぁ」
うさ耳に同意を求める。他にあの場にいたのはうさ耳だけだ。
「いんてり……か、どうかはわかりませんが、思慮深い印象を受けました」
旨い言い回しだな。
「その後は王子殿下へのご挨拶をする貴族様がほとんどでしたので……」
最後はおっさん貴族への挨拶がメインだったし、それは仕方がないかもしれない。
「それで気になる人は誰かいた?」
こちらとしては誰か良い人いた? ぐらいの軽いノリなのだが、姉は先ほど以上に耳を赤くしている。
「たしか、お前は男らしい男性が好みだったよな」
少し場の空気を和ませるかと、使用人の好みを持ち出してみるが、使用人も耳を赤くしてしまう。会話が続かん。
「お前はどうだ? こういう男性が良いとかあるか?」
仕方がないので犬耳に振ってみた。
「え、わ、私ですか?」
顎に手を当て考え込む仕草をする。
「ご飯をいっぱい食べてくれる人が好きです」
えらく抽象的だな。ここから話を膨らませる必要がある。任せろ、かつて合コンの数合わせ兼盛り上げ役としての腕が鳴るぜ。こういう時は基本的には肯定一択だ。単に肯定だけでは駄目なのだ。共感できるもう一手を添えるのが重要だ。
「良いね。まあ、食べるのが汚いのは嫌だけどな」
「そうですねー。食べ方が汚いのはちょっと……豪快に食べる人は好きです!」
何が違うのかと小一時間問い詰めたいが、ここでそれは無粋だ。無難に「だなぁ」と、肯定しておく。
「マナーを守ったうえで沢山食べるのはどうだ?」
姉の使用人に話を振る。まだお姉ちゃんに振るのは早い。
「え、そうですね。沢山お食べになる方のほうが……あの、その……」
だよな。マッチョな奴は沢山食べるしな。
「お前はどうだ? こういう男性が魅力的だとかないのか」
委員長にも話を振る。
「私ですか?」
微動だにせず考え込んでいる。
「……そうですね。多くの方の手を取り、共に歩んで、気づけば道を作っている。そんな方を理想と思います」
よくわからん回答が出てきたな。……まあ、要は立派な指導者ってことか?
「なるほど。指導者の資質をもったような人が良いってことか。そういう意味では舞踏会で言うと……」
舞踏会のメンバーを思い浮かべる。熊は指導者ってよりは優しい感じか。インテリは指導者っぽいな。イケメンは兄貴って感じの方が強いな。ああ、王子か。
「多くの方の手を取る……あのお方もそうあろうとしていましたね」
お姉ちゃんが口を開いた。俺と同じ感想を抱いたのだろうか。
「王子のこと?」
「失礼ですよ」と、叱責されたが、口元は笑みがこぼれていた。
「そうあろうとはしていたみたいだけどね。周りがそれを許さない印象を受けたかな」
「どういう意味ですか?」
犬耳が口を挟んできた。こいつらは舞踏会に居なかったしな。王子と話すときは俺とお姉ちゃんと三人だったからわからないか。
「言葉を選ばないのであれば、お飾りにされてるってことだ。王としての資質を仮に持っていても周りがそれを良しとしていない」
無言の回答が返ってくる。お姉ちゃんも俺を咎めようとしない。近くで王子を見て思うことがあったのかもしれないな。
「あなたなら、あのお方の助けになれますか?」
突然の質問に声が出ない。何を言ってるんだこの姉は。なれるわけないだろう。
ふと、昔、似たような相談をされたことを思い出す。権力ではなくあくまでも家族構成での束縛なので、ちょっと違うかもしれない。
その時は会社の人事やカウンセリングの先生と相談した上で本人と面談をよくしたなぁ。と、感慨にふけってしまった。
要は自己認識、コミュニケーションの改善、精神的な自立、状況における決断。これらを適切に行えばいいのだ。とはいえ、単にやればいいというわけではない、まずは自分が置かれた立場や、他者との境界線を明確にした上で適切な行動をとる必要がある。
つまり、カウンセリングすりゃいいって話だ。権力問題にも通じるかは知らないが、少なくとも誰が味方で、誰が敵かを判断し、どう行動すべきかの指針は決められる。
「なれるのですね」
なぜか姉が納得するように言う。なれないってば。こちとら男爵家三男坊なのだ。王子のカウンセリングとか絶対に怒られるだろう。とはいえ、俺以上の立場であれば助けにはなれるだろう。
「方法はあるんじゃない?」
そもそも王子のカウンセリングってなんだよ。と言いたい。むしろされたいのはこちらのほうなのだ。だいぶ話が逸れてしまったようなので、軌道修正をしようと考えを巡らせた矢先だった。
玄関の方から物音がした――。犬耳がそれに気づき、玄関へと向かう。すぐに犬耳が再び姿を現し、背後から砦衆の男がついてくるのが見えた。
「主様。ご報告があるとのことです」
犬耳の言葉に全員の視線が男に注がれた。男はこの場に姉が居るのを予想できていなかったのだろう。一瞬、驚いた表情をし、こちらを伺うそぶりを見せた。
「話せ」
ここには身内しかいないのだ遠慮する必要はないだろう。
「はっ、ご報告します。北方にて王国軍と帝国軍がぶつかりました」
誰かが息を飲む音が聞こえた。気持ちはわかる。対岸の火事という認識だったが、ぶつかったとあれば父と兄もそこにいる可能性は高い。
「父と兄は無事ですか?」
先ほどまでと違い姉の顔色は悪い。
「申し訳ありません。まだ詳細な情報は来ておらず、ご当主様たちがどのような状況かは……」
父と兄が出立してから一週間も経っていないので北方にいるとは考えにくい。恐らく先発隊同士の戦いなのかもしれない。だが、いずれにせよ戦争が始まったのだ。




