44話 下水
北の帝国の宣戦布告が砦衆により我が男爵家に伝えられた。あまりの衝撃に城では大騒ぎになったそうだ。王国からの報せはまだ来ていないのだからそれも当然だ。日に日に砦衆の存在や力が大きくなっているようで、もはや恐怖さえ感じる。もう、俺の手に負えるような存在ではない。
実際に王国からの報せがあったのはそれから数日が経った後だった。正式に我が男爵家に対しても帝国に対応するための招集令が来たそうだ。それを受けて男爵家としての対応を色々決めたそうだ。当然、俺は幽閉中という体だし、三男が何するんだという話なので蚊帳の外だ。
「父と兄が不在の間は俺が領地を一任されることになった」
砦の集会所。呼ばれてきたら次兄が待っていて決まった方針を聞かされている。正直、頑張ってください。としか言いようがない。
「大任でございますな。兵士も半数が当主様に随行します」
相談役の男が言う。招集があったのでパパと長兄は兵士を率いて王都へ行く。我が男爵家の常駐兵は次兄が預かる二十名しかいない。そのうちの半分が出兵する。残りは村からの徴兵となる。
「我が兵十名と村から二十名の者がついていく」
次兄の言葉に兵士たちが顔を顰める。ここにいるのは同行しない十名だ。同行できない悔しさなのか、仲間が減る不安なのか。
「少なくなったがお前たちの力は俺がよく知っている。不安はない。だが、人数が減るのは正直痛い」
次兄の懸念も当然だ。辺境の地とはいえ広い領地を護るのだ。少ない兵士が更に少なくなるのは不安でしかないだろう。
「ですが、我々にはこの砦と砦衆もついております。頼れる仲間は多いかと」
相談役が頭を見る。砦衆からは力強い頷きが返ってきた。
「我ら一同、三若様の指示の元、全力でお力添えします」
なぜ、俺の名前を出した。
「頼りになる弟がいるのはこの上なく心強い事だな」
場に笑いが起きる。何がおかしいんだ。馬鹿にしてんのか?
簡単な報告を行った後、次兄は城に帰っていった。今後は砦のほうには来れない。城に居ないといけないからな。ママやお姉ちゃんも不安になってるらしい。兵士も分散させた。兵士を半分に分けて城組と砦組に分けた。代わりに砦衆の若いのを十数名連れていく。人数が減ったので今は質より量だ。数日後にはパパと長兄が出兵するが、俺的にはいつもと何も変わらない。次兄が砦に来れなくなるが、現場監督としては頭が居れば問題ないのだ。
と、言うわけで、今日は砦見学をして帰ろうと思う。そう思い集会所から外に出た時、微妙に風に混じってくる不快な匂いに気が付いた。気のせいかと思ったが、残念ながら気のせいじゃない。汚物の臭いだ。
砦に住む人間は日に日に増えている。城と村へ公表された後、人の移動が多少はあった。城で働くもの、村で働くもの、逆に城や村から砦に移動した者もいる。その結果、多少は人口が均されたのだが……砦の人口の多さの解決には至っていない。いまでも百名近い人間が砦で生活をしているのだ。多くの人間が生活するとなると問題になるのが下水問題である。つまり、トイレだ。
「若干、臭うな」
思わず口に出してしまった。
「はい、大きな不満は出ていませんが……」
頭だけでなく、猫耳の男たちも顔を顰めている。ああ、獣人だと余計に気になるのか。
「住環境の不満は早めに解決しないと大きな問題になるな。なにか対策はあるのか?」
「はい、既に下水施設の作業は行っています」
頭の説明によれば、便所から溝を掘り、暗渠にして森の地下へ流しているという。石で蓋をしているので見た目は悪くないが、風に乗って臭いが漂ってくる。
「ろ過しないのか」
ぽろっと出た言葉に、頭と猫耳が顔を見合わせた。
「……ろか?」
「汚い水を砂とかで濾すんだよ。不純物を取り除けば少しはましになるんじゃないの?」
下水の処理の仕組みなんて知らないが、泥水をろ過して飲むとかは当然聞いたことがあるし、知っている。下水とかもそういう感じでできないのだろうか。最終的には凝縮された汚物が残りそうだが、ほら、そういうのは魔法とか、魔法の粉とかでなんとかできない?
「それは“清め”のことか?」頭が眉を寄せ背後の砦衆たちに視線を向ける。「儀式や川では聞きますが……下水でやった者は聞きません」
……いや、祓い清めとかそういう話じゃなくて。もっとこう、砂とか石とかで濾すんだよ。この世界が遅れてるってわけじゃないんだろうけど、そういう発想はないのか?
「下水は汚れてるんだろ」
言いながら壺に川の水を張り、砂利や泥を入れて濁らせる。
「これで水が汚れたな?」
頷きを確認して、布を張った別の壺に注ぐ。下に落ちた水は、さっきより少し澄んで見えた。
「ほら、ちょっとはマシになるだろ」
灯りに透かすと、確かに汚れは減っている。砦衆から「おお」と声が上がった。え、そんなに驚くことだろうか。
「なるほど……ということは排水口に大きな布を――」
そのままやるのかよ。俺だって詳しくは知らん。たしか粒の大きさごとに通すとか、そんな感じだったはずだ。 とりあえず「工夫すりゃいけるかもな」とだけ言っておいた。――俺の知識の引き出しはここで終了だ。相変わらず情けないな。




