43話 地下
見知らぬ土地、知りえぬ知識を目の前にするとワクワクする。ましてやそれが自分の身近にあるのであれば尚更だ。その存在を忘れていたわけでは決して無い。先日の夕飯時に髭親父から唐突に言われて一瞬なんのことかわからなかったが、それは決して忘れていたわけではない。ちょっと忘れてただけだ。
館の背後にある窓のない石壁に囲われた建物。それは人が入ることを拒むように鉄格子で閉ざされていた。それが開いたのだ。開いたというか壊したらしい。今日はその内部を調査する。
「見たところ、だいぶ埃が溜まっておりますね」
同行する委員長が嫌なものを見るように辺りを見回している。木の机や本などが散乱しているが、その上には遠目からも埃が白く積もっているのが見える。長年、誰も立ち入っていなかったのであろうことがわかる。入口で阻んでいたのは鉄格子だったので、凡その内部は見えていた。実際に入ってもさほどの驚きはないのだが、多少の違和感はある。やけに狭い気がする。
「思っていたよりも狭いのですね」
俺の思っていたことを委員長が代弁してくれた。心が通じ合っているのかもしれない。よく考えたら密室に二人っきりなのだ。仲良くなれるチャンスかもしれない。うさ耳は珍しく不在だ。というのも、前まで定期的に城の執事が視察に来ていたのだが、数か月前ぐらいから月一でうさ耳が城に報告をしに行くという形になっているのだ。今日がその日なので、俺の世話は委員長が代行してくれている。
犬耳は砦に髭の奥さんたちと荷物を取りに行ってるらしい。何度も言うが今は館に委員長と二人っきりだ。庭に髭親父と息子がいるがそれは気にしないでおこう。
「特筆した物があるようには思えませんが」
たしかにパッと見はただの狭い物置だ。物置をこんな大層な作りにするのも不思議だし、物置にしては狭い。――狭いというより、どこか奥行きを隠しているような妙な感覚だ。隠し扉でもあるのだろうか? 石のレンガの一部が押せるとかありそうな気がする。怪しそうな場所の壁に軽く手を当てて確かめる。
「使うにしても、しっかりと清掃をしてからになると思います。空気も悪いので主様が長く居続けるのはお勧めできませんね」
委員長が埃を払いつつ辺りを見て歩く。ふと、別の違和感を感じたが、それが何なのかがわからない。
「どうかされましたか?」
俺がじっと見つめていると、怪訝な顔で見返された。
「いや、なんか違うなと」
「違う? どういうことでしょうか?」
「今、何をしてた?」
「辺りを見て回っていましたが……いけなかったでしょうか?」
「いや、いいんだが、ちょっともう一度やってみてくれ」
変なものを見るような眼で見られたが、委員長は素直に従ってくれた。入口付近に戻り再度、辺りを見回しながら歩く。
「足音だ」
「足音?」
委員長が歩くたびにコツンと、石の上を歩く音がする。「続けてくれ」と、催促する。委員長が再び歩き出し、数歩進んだところで、カツンと、音が変わった。
「音が変わったような気がします」
近くにあった棒を持ち、委員長の傍へと移動する。この辺りかと、床石を叩いてみた。━━確かに、周囲よりも中が空洞を思わせる響きだ。
「なにかあるな」
「ですが、持ち上げられませんよ?」
子供と若い女性の二人では大きな石を持ち上げるのは無理だ。髭親父たちを呼ぶか? 定番ではスイッチとかレバーとかありそうだが、とりあえず、叩く、押す、引くかな。
「無理そうなら助けを呼ぶか」
そう言いながら、棒で叩き、足で床をずらす様に押してみた。━━開いた。
「開きましたね」
「普通に開いたな」
開いた隙間の奥には、下へと続く石の階段が闇に沈んでいた。ふっと吹き上げてきた空気は、湿り気を帯び、鼻を刺すような鉄錆の匂いを運んでくる。長い間、閉ざされていた空気だ。
「……嫌な匂いがしますね」
委員長が袖で口元を覆い、小さく肩をすくめた。
棒を差し込んで床を押すと、さらに大きく開口部が広がり、階段の全貌が現れる。闇は深く、下に何があるのかはまったく見えない。このまま入りたい欲望に駆られるが、さすがにそれは拙いと自制する。
「灯りを持ってくるか。後、二人よりも人数は多いほうが良いだろう」
委員長は頷き小走りに館へと戻っていった。数分の後、委員長が戻ってくる。背後には髭親父と息子もいる。
「地下室を見つけたと聞きました」
髭親父が興味深そうに地下への階段を見る。息子も興味深々のようだが、父親の手前もあり、あまりはしゃげなさそうだ。
「中を見てみたい」
三人が頷き、俺が先頭に立ち階段を降りる。石段を降り始めると、足元はしっとりと湿っており、踏むたびにカツン、カツンと音が響いた。長い間閉ざされていた空気が肺に重くのしかかる。
「ご当主様の叔父上殿が使っていたのでしょうか?」
「そうなのですね」
後ろをついてくる髭親父と委員長が短いやり取りをする。委員長は新米だからな。ここの過去をあまり知らないらしい。かつて幽霊屋敷と呼ばれたこの館は、俺の父の叔父が住んでいた。常に顔を隠し、夜な夜な実験を繰り返していた事もあり、幽霊屋敷と呼ばれるようになっていたのだ。恐らく、この先には実験の名残があるのだろう。
「扉ですね」
委員長が扉を照らす様に灯りを前に押し出す。どこか握る手に力が入っている様にも見えた。
「開けましょう」
髭親父が前に出て扉に手をかける。扉は侵入者を拒むことなく、すんなりと音を立てて開いた。「灯りを」と、髭親父の言葉に息子が駆け寄り部屋の中を照らした。灯りの炎が壁に影を揺らす。長年の放置で空気は淀み、埃の匂いが立ち込めていた。壁際には机や棚が寄せられ、その上には瓶や錆びた器具が散らばっている。
「錬金術ですね」
委員長は眉を顰め、灯りを掲げる。壁際の机や棚には無数の本が置かれていた。
「錬金術は資格がないと駄目なんだよな? 叔父は資格を持っていたのかな」
「恐らくはそうだと思います。錬金術ギルドに所属されていたのでしょう。そうでなければ禁忌に触れることになります。ご当主様もそれを許すことはないと思います」
俺の疑問に委員長が答えてくれた。真実を知る者はこの場にはいないので憶測ではあるが、その方向性で間違いないだろう。
「さすがに掃除しないと空気が悪すぎるな」
何年もの間、開かずの間だったので空気が悪い。錬金術をしていたので勝手に触っていいのかも不明だが、いずれにせよ掃除しないと長くは居れない。一度出よう、と提案すると髭の息子だけが名残惜しそうにしていたが、委員長と髭親父は同意してくれた。むしろ委員長は早くここから出たかったのかもしれない。降りてきた階段を上り、新鮮な空気が肺に舞い込むと同時にふと人影が見えた。
「うおっ!?」
細身の男がそこにいた。
「ここにおいででしたか。地下室ですか?」
「あ、ああ」
「ご報告があり伺わせて頂きました」
相変わらず不気味な男だ。
「帝国が王国に宣戦布告しました」
その場にいる全員の時間が一瞬止まった。




