42話 状況
砦へと向かうには村に入り、中央の井戸広場を北上する。村から一度出て、小川の手前を東にすすみ、森の中を進んでいくと砦へと辿り着く━━のだが、この辺りもずいぶん変わった。
まず、砦の存在が公になった。俺が舞踏会に出ている間に、次兄が城や村に対して砦の存在を公開したのだ。事前に相談はあったが事実上の責任者は次兄なので好きにしてくれと言っておいた。
その結果、砦への道は整備された。といっても土を盛り、足で踏み固めただけの簡素なものだが、それでも村と砦の行き来は格段に楽になった。踏み固められた道の両脇では、荷を担いだ村人たちが往来している。
かつては隠れ家めいた場所だった砦が、今や人通りの多い拠点になっているのだ。つまり、砦は我が男爵家や村の人たちにとっても重要な存在になっているということだ。砦へと向かう道の途中には、小さな休憩場所があり、そこでは砦衆が見張りをしている。若干大げさではあるが、魔物や獣、人のトラブルなどを見張ってくれている。
横を通りすぎる時に砦衆の男たちがこちらにお辞儀をしてくれた。砦衆の連中は刺繍がされた布を身に着けているので一目でわかる。互いに認知しやすい様にと作った布だが、結構人気らしい。まあ、謎の集団の一員って結構テンション上がるしな。うちではもう公の存在だが、外部に対しては謎めいた団体のままだ。秘密結社みたいでちょっと楽しい。
道を進んで森へ入ると、砦が見えてくる。空にはいくつもの煙が立ちのぼり、威勢の良い掛け声が響いていた。木を伐る音、鉄を打つ音、焼けた薪の匂い――活気に満ちている。小川には橋が架けられ、かつての隠れ家じみた砦とはまるで違う様相を見せていた。
お気づきだろうか、そう鉄の音だ。今日の視察の目玉でもある。鉄の制作が行われているのだ。はやく見たい。
砦の入口にも数人の砦衆たちが見張りをしている。全員にとまでは行かないが、槍を構える一人の男の穂先は、黒光りしていた。木や石でも骨でもない、鉄の槍だ。素晴らしい。遂に文明が開化したようだ。門をくぐると「三若様!」と、声をかけられた。頭たちが数人の男を従えて出迎えてくれた。
「ようこそ、おいで下さいました」
「鉄の装備ができているようだな」
「まだ数は少ないですが、制作を開始しています」
男たちも嬉しそうにしている。王都で保護した鍛冶屋の男が鉄の製造を行ってくれているのだ。現状では技術者が少ないので作れる数も少ない。だが、多くの砦衆が一緒に働いているらしいので、いつかは量産も可能だろう。
「ただ、鉄そのものの数も少ないので……」
量産は難しいそうです。鉄を作るとなれば、当然、鉄がいる。当たり前だ。その鉄がないのだ。この辺りで採れるといいのだが、そういった話は聞いたことがないし、掘るとなると一大事業だ。今は商人に頼んで鉄を仕入れている。加工済みの物よりは安いのがせめてもの救いだ。いつか、鉱山事業を始めたい。どうやって鉄の場所を見つけるんだろうか、ダウジングでもやればいいのか?
頭たちの案内で鍛冶場へと向かう。陶芸工房だった施設を広げて鍛冶場にしたらしい。二つの窯が並び、部屋の温度も、働く男たちの熱もすごい。
「坊ちゃん!」
呼ばれた方を見ると男が笑顔で近づいてきた。保護した鍛冶屋の親戚だ。
「精が出るな」
「設備も人もまだまだこれからです」
「そうか」
「ですが、皆やる気はあります」
「楽しみだな」
まじで楽しそうだな。保護したての時は顔の痣と怯えた表情で人生の終焉と言った顔つきだったが、今は見違えるように生き生きとした表情をしている。楽しそうでなによりだと辺りを見回すと、窯の上部に黒い塊があることに気が付いた。窯の上部に設けられた黒い塊からは、湯気がもくもくと立ちのぼっていた。まさか、あれは。
「鉄の鍋で沸いた湯はあの樋を通り、外の池へ流しています」
まじか。きたこれ。
俺は思わず食い気味に「今、できるのか?」と聞いてしまった。
頭が指示をするとやがて樋から白い湯気が立ちのぼり、池に熱水が注がれる。急いで熱水の注がれた先へと向かう。そこでは川の水と混ざり、湯気が立ち昇るのが見えた。風呂場━━というにはただの池だが、俺は風呂場と呼ぶ。
素晴らしい。素晴らしすぎる。川は容易に堰き止められるようになっているので温度調整ができる仕組みのようだ。排水も同様だった。
「まだ量が少ないのでうまく行ってません。いずれはもう一つの窯でも行えるので少しは良くなるかと」
お湯が注がれた辺りの水に手を付けると、生ぬるいお風呂といった感じだった。とはいえ、小さいので数人程度が入るのが精いっぱいだ。これを広げたいところではあるが、そうなるとお湯の量が間に合わない可能性がある。と、なるとまずは野ざらし状態を改善させるべきか? 正直、今すぐにでも入りたいところだが、さすがに公衆の面前で裸になるのは気が引けるのでやめておく。引き続き、頑張って頂きたい。
興奮冷めやらぬ中、集会所へと案内された。ここからは真面目な報告があるらしい。報告主は不気味な笑いをする。あの細い男だ。
「北の男爵家ですが、かなりきな臭い様です」
男爵と家将の確執がかなりひどく、互いに大声で怒鳴りあうほどまで行ってるらしい。
「南派侯爵様と伯爵様も舞踏会以降はよく連絡を取り合っているとか」
俺を侮蔑した男の家か。舞踏会以降という事はなにかうちに対して報復しようとか企んでいるんじゃないだろうな。さすがに侯爵級が出てくるとどうにもならないぞ。
「南派の子爵家も若干、きな臭い噂が出ております」
「どういうことだ」
イケメンの家だ。手紙の中ではそれらしき話は出てきていない。
「次期当主に愛人の子を継がせたいようです」
言葉が出なかった。イケメンを差し置いて、愛人の子を当主にする? そんなことしたらお家問題になるのでは?
「なります。既に現当主は求心力を失っています。長男……三若様は良く知っておいでですな。あの方が立ち上がれば一瞬にして現当主と愛人はその立場を追われることになるでしょうな」
で、あれば問題ないのだろうか? クーデター的な形にはなってしまうが、あのイケメンは民や兵士からの信頼を得ている。まず成功するだろうが、血塗られた当主継承になる。
「もう一つの子爵家も問題があるようです」
北の男爵家の更に北には西と東に子爵家がある。東がイケメン。西が別の子爵家だ。
「借金を抱えているようです。その返済に追われている様です。その影響が出始めているとか」
金の問題か。南派連中はなんでこうも問題を抱えているのか。
「北方と違って南は酷いな」
思わず愚痴ってしまった。だが、細い男の絡みつく視線に気づいた。何かあるのだろうか。
「帝国が動くかもしれません」
「帝国? どういうことだ」頭が声を上げた。
王国の北には帝国領がある。かつて攻め込んできたこともあるが、また来るのか。細い男は唇だけで笑っているだけだ。それ以上の報告はない。確証がまだ取れていないのかもしれない。だが、王国に影がかかっている。そう感じざるえなかった。




