41話 十三
「三若様。おはようございます。本日もお天気がとても良いですよ」
聞き慣れたうさ耳の声とともに、朝の日差しと澄んだ空気が部屋に満ちる。俺の日常は、いつもここから始まる。
男爵家の三男に生まれたが、傍若無人な振る舞いから「ゴブリンの子」と呼ばれた。実際、目の前のうさ耳に恥ずべき行為をした過去がある。その報いとして、今の幽閉生活があるのだ。
「既にお食事の準備も出来ております。御着替えをして下に参りましょう」
用意された水桶で顔を洗い、うさ耳の手を借りて服を着替える。十三歳になったばかりだというのに、相変わらず彼女に介護されているような日々だ。
……その介護についても、不安がある。うさ耳は俺の世話を率先して行ってくれている。俺は許されたのか、それとも━━
一つは、俺が許されたのだという可能性だ。あれ以来、虐待などしていない。砦衆も含め、少しでも良い生活をと頑張ってきたつもりだ。その努力が伝わり、うさ耳は俺を許してくれたのかもしれない。
もう一つは、盛大な上げ落としを狙っている可能性だ。心の奥底に怒りや憎しみが燃え続け、今は従順なふりをしているだけ。いずれ、俺に同等かそれ以上の屈辱を与えるために。
冷静に考えれば後者である可能性が高い。その為に、今は感情を抑えているのだ。なんと、恐ろしい子。
「北方伯爵家のご長男様からお手紙も届いております」
俺の服のボタンをとめながらうさ耳が教えてくれた。ぴょこりと揺れるうさぎの耳が可愛いし、良い匂いもする。揺れる耳を見ていたら、顔を上げたうさ耳と目が合い━━にこりと微笑まれた。
いかん、気を許してはいけない。ここは隙を見せずに毅然と振る舞うべきだ。
「そうか。先日の子爵家長男殿への返事もまだ書いていないな」
舞踏会で知り合った三人から、今も定期的に手紙が届く。北方伯爵長男――熊さんからは、相変わらず素朴で真面目な言葉が綴られている。文末には弟のインテリから、理屈っぽい質問が添えられていたりもする。そして南方子爵長男のイケメンからは、皮肉交じりの世間話や愚痴だ。最近は「一晩を共にした女性に付きまとわれて困っている」と書いてきた。
羨ましい。いや、けしからん。
熊からは錬金術に対してのあれこれを色々と教えてもらった。教えてくれるだけではなく、おすすめの本や素材などを商人に渡して送ってくれるのだ。おかげで、予想外の商人との取引も増えて大助かりだ。大柄な体だけじゃなく、器まででかい。まるで神様……いや、熊様だな。弟の方はこっちを探るような質問ばかりしていないで、是非見習ってほしい。あとイケメンはこっちにも女性を紹介してほしい。
支度を終えて一階の小広間に降りると、二人のメイドが出迎えてくれた。朝から元気いっぱいの犬耳と、今日も神経質な様相をした委員長だ。既に卓の上には簡素ながらも温かな朝食が並んでいた。 椅子に座り並べられた木皿へと目を向ける。上に置かれているのは、川で獲れた魚を焼いたもの。表面は香ばしく焦げ目がつき、立ち上る湯気が食欲をそそる。
「水を御注ぎします」
委員長がコップに水を注いでくれる。一つ一つの動きが折り目正しく正確だ。じっと見ていると目が合ったが、委員長は笑ってくれなかった。営業スマイルぐらいはあってもいいのではないだろうか。寂しい。仕方がないので魚をナイフとフォークでつつく。焼き魚というと姿焼きが好みなのだが、出されるのは三枚に降ろして焼いた形だ。姿焼きで出されてもかぶりつけないので、この形なのも納得だ。
「美味いな」
「夜はお肉もあります!」
犬耳が自慢げに胸を張りながら言う。大きいな。
俺と同じ十三歳なのだが、なぜかこいつは俺に対してお姉さん面するんだよな。
ここ最近では食卓もだいぶ豪華になってきた。砦では魚を捕り、獣を狩る様になった。さすがに芋や豆だけでは栄養に偏りが出る。人数も増えているようなので一人辺りの量は少ないらしい。こうして館の方にも回してくれるので大変ありがたい。
調味料も種類が増えた。まずはネギ類だ。玉ねぎやネギと言った香味野菜を仕入れたことによって、野菜の甘味や香りが料理の奥行をぐっと深めてくれる。名前が本当にネギなのか、ネギとは違うのかは知らない。でも前にちらっと見た時にはネギっぽかったので、俺は内心でネギと呼んでいる。あとは胡椒だ。こちらも胡椒かどうかは知らないが、すり潰された粉だ。独特の芳香と辛味が追加されてこちらも食欲をそそる。驚いたのが酢の存在だ。お酢ではなく、果実酢になる。酢と違い、多少の甘味もあるので癖があるが、魚や肉の生臭さがなくなるので大変美味しい仕上がりになる。酢ってことは発酵の文化があるという事だ。いつかは醤油も夢ではない。作り方知らないけど。
食事が豊かになると食も進むというものだ。出された食事をあっという間に平らげてしまった。朝からしっかりと食べるので一向に痩せる気配がない。十三歳にしては貫禄のあるお腹を撫でながら罪悪感に苛まれた。気が付くと卓の上を片付けている犬耳の手が止まっており、こちらをじっと見ていた。なんだろうと思っていると、ナプキンを手に取り俺の顔に近づけてきた。
「主様、お口の周りが汚れてますよ」
くそ、またしてもお姉さんマウントか。
「この後は砦へ視察となります。準備してまいりますので主様はもうしばらくお待ちいただけますか」
片付けられた卓にお茶を差し出しながら委員長が言う。今日は久しぶりに、砦に行く。
一人残された小広間で待つのも寂しいので、館の外へと出る。髭一家が庭や畑の手入れをしているのが見える。かつては「幽霊屋敷」と呼ばれたこの館もその様相は過去の物だ。畑や庭は整備され、至る所に髭の娘が植えた花が咲いている。
館に隣接した長屋が髭一家の住処だ。髭親父と息子は畑で作業をしている。香辛料や珍しい植物をここで育て、成功した物を砦で量産している。さすがは元農家という事もあり、色々な野菜を育てることに成功している。長屋の脇では髭の奥さんと娘が山羊の世話をしていた。こちらも商人から買い付けたそうだ。少ないながら乳製品とか毛を使った家具を作ろうとしているらしい。俺のイメージでは店に行って買うのが当たり前だが、ここにはそんな便利なお店などない。こうやって試行錯誤しながら新しいものが生まれていくのを目の当たりにするのは感慨深いものがある。
俺は何も生み出せてないけどな。
「お待たせしました」
声に振り向くと、うさ耳と委員長がメイド服から動きやすい格好に着替えて立っていた。相変わらず、体のラインが強調された服装なので大変素晴らしい。委員長も以外にスタイルが良い。
「よし、行くか」
あまり見ていると変な目で見られるので早々に視線を外し砦へと向かった。




