40話 舞踏参
案内された控えの間は静かで、厚い扉の向こうのざわめきが嘘のように消えていた。王子は椅子に腰を下ろすと、深く息を吐いてから口を開いた。
「まずは詫びよう。舞踏会の場を乱すこととなったのは、我ら王家の不徳にほかならぬ」
王子の謝罪に姉が慌てて頭を下げる。「勿体ないお言葉にございます。謝るべきは我々にございます」
正直、納得は行かないがあの場を乱したのは事実だ。
「それと――そなた。あのような口上はあまり良くなかったな」
王子は俺をちらと見やった。伯爵家長男の馬鹿さ加減に苛つき、最後の方は喧嘩腰だったのは認める。大人げなかったな。
「納得できないであろう。だが……私の顔に免じて溜飲を下げてはもらえぬだろうか?」
王子が頭を下げた。いや、王子が頭を下げちゃ駄目でしょ。
「おやめください!」
姉の悲鳴にも似た言葉が部屋に響く。王家が男爵家に頭を下げるなどあってはならないのだ。
「本来ならば男爵家を侮蔑した伯爵家に咎めがあって然るべきだ。だが……」
その通りだ。叱責は許されても侮蔑は許されない。この場合の解決方法は王家から伯爵家に対して叱責をした上で、互いに謝罪文を出す形になる。要は「これからは王家のために仲良くしよう」という建前上のやりとりをする。それで手打ちだ。後腐れなく今後も王家のためにお互いが働ける。
だが、それをしないとなれば、伯爵家と男爵家の間に遺恨が残る。男爵家の面目は潰れ、笑いものになる。いや、それだけでは済まない。王子の頭一つで男爵家が引いたとなれば、他の貴族はどう見るか。王家は下位貴族を守ってくれないとなる。やがて周囲の男爵家も怯えるだろう。――明日は我が身だ、と。そして、それは男爵家に留まらない。下位の貴族全体が、王家の庇護に疑念を抱くことになるのだ。
「まあ、俺自身は良いとして……男爵家も……所詮は辺境の男爵家ですからね。そこまで大事にはならないとは思いますが、それ以外の貴族が今回の騒動をどう見るかは別ですよ?」
「王子にそのような無礼を……!」
姉が慌てて俺を制する。だが、その横顔はやはり美しい。緊張に強張っているというのに、なお気品を崩さないのだから困る。俺もそうなりたい。
「良いのだ」
王子は静かに手を上げて制した。「そなたの言うとおりだ」
王子は項垂れるように顔を伏せる。王子キャラっていうと完璧人間か、おバカキャラという印象だったが、悲運の真面目キャラというのは意外だったな。馬鹿ではなさそうだ。だが、ここからの挽回手段がないのだろう。このまま行くと本当に傀儡だぞ。実行権はないが、責任だけがその肩に圧し掛かる。待ってるのは悲惨な結末だ。
恐らく今回の件に関して王家が伯爵に強くでれないのは南派侯爵への忖度があるのだろう。
「だが、嘆いてばかりはいられない。この国を護るために私もなんとかせねばと考えている」
不意に立ち上がり、一人納得している。いや、言い聞かせているのか。だが、その直後に「北が不穏な以上……」と呟いたのを見逃さなかった。北とはなんだ。北派の事か? さらに上の北か?
「いや、今はそなたたちへの謝罪が先だな。どうだろう。この後、舞踏会に戻られるなら、私に案内をさせてもらえぬだろうか」
話の流れが変わったぞ。こいつ、最初からそれが目的だったとかないだろうな? 姉ちゃんに近づくために……策士だな。
「恐れ多い事です! 我らの事はお気になさらないでください」
姉が慌てて辞退する。もっと言ってやって。王子が男爵の娘にちょっかい出すなんて許せない。愛人として囲う気か? 羨ましい。
「気にしないで欲しい。いや、せめてもの詫びとして受けて頂きたい。さあ、戻ろう。私が傍にいれば、先ほどのようなこともあるまい」
もって行き方がうまいな。そうやって口説くのか。なるほど。勉強になる。そう思っていると強引に姉の手を取り部屋を出ようとする。俺は? 俺のエスコートは? 妹さんとかいないの?
大広間に戻ると、先ほどまでのような空気は消えていた。当初の通り、艶やかな舞踏会が続いていた。姉は王子に手を引かれながら貴族たちと楽しく談笑をしている。姉の立場を考えると内心は生きた心地がしないかもしれない。俺の後ろでも気が気でない者もいる。うさ耳だ。今回の騒動で迷惑をかけてしまった。
「おいおい、主役のお戻りか?」
自分が冷かされているのだと気づき、声のするほうを振り返ると、二人の貴族が立っていた。北派伯爵の長男と、令嬢の腰に手を回していた男だ。近くで見るとイケメンだな。
「主役?」
嘲笑の的になった俺への当てつけだろうか。
「そうさ。あの伯爵家のご子息様に喧嘩を売ったんだからな。良い売りっぷりで感嘆したぜ。俺なら即金で買ってたところだ」
南派子爵家の長男――イケメン野郎がにやりと笑い、肩をすくめてみせる。その口ぶりは賞賛にも聞こえるが、揶揄にも聞こえる。どっちなんだよ。褒めてるよな?
「揶揄うのも大概になされよ。困っておられる」
熊さん――北派伯爵長男が割って入り、真面目な声音でたしなめる。見た目通り良い人っぽい。
「揶揄ってなんかいないさ。本気でよくやったと思ってるんだ。……まあ、あいつも必死だったからな。だからって、何をしても許されるわけじゃないがね」
イケメン野郎がにやついた顔で言う。どこか楽しんでいる顔だ。嫁探しに必死ってことか?
「あいつは早々に出て行ったから気にするな。今頃は自分の親父にこっぴどく絞られてるんだろうよ」
さらに顔を寄せて囁いてくる。
「必死にもなるでしょう。……男爵家三男殿は、情勢にとても詳しいご様子だ」
熊の背後からインテリ──北派伯爵次男が現れた。意味ありげな視線を向けられる。警告か、それとも探りか。
「いやいや、北方では魔法、錬金術も盛んとの事なので羨ましい限りです」
適当に話題を逸らす。
「錬金術に興味がおありで?」
熊がぱっと食いついてくる。
「南方は色々と不便なので少しでも生活が良くなればと思った程度です」
「若いのに勉強熱心なご様子。錬金術ギルドに入る予定かな? 入らなくても知識として得る分には問題ないでしょうな。錬金術技術指南書は読みましたかな? あれは━━」
「兄さん」
インテリが遮った。
「これは失礼」
熊が照れ臭そうに謝罪し、インテリは苦々しそうにしている。
「なんだよ。錬金術に興味があるのか? それなら俺を頼れよ」
「詳しいのですか?」
イケメンが口を挟んできた。詳しいのだろうか? 北の男爵は錬金術に興味があると報告はあったが、子爵家でそういった話は聞いたことがない。
「いや? 要は便利な道具が欲しいってことだろう? 俺も欲しい。気持ちはわかるぜ?」
共感して欲しいわけじゃねぇんだよ!
「よし、じゃあ、こうしよう。お前は錬金術に興味がある。んで、こっちは錬金術に詳しい。そして俺は相談に乗れる。良い関係だな。仲良くしようや」
イケメンが熊の肩を叩く。お前は何の役にも立ってないが良いのかと内心でツッコミつつも、ふと三者の心情が透けて見えた。熊は純粋にうれしそうではあるが、イケメンは北方の情報や技術に探りを入れたい様に見える。それを察知したのかインテリは若干面白くなさそうではある。
イケメンと熊、インテリのやり取りを横目に見つつ、ふと姉の様子を伺う。王子に手を取られた姉が数人の貴族と談笑しているのが見える。その視線は姉ではなく王子に注がれているのに気づいた。……なるほど。豪華な宴の裏にこそ、本当の舞踏会があったわけだ。どうやら俺には舞踏会デビューは早かったらしい。




