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辺境三若記  作者: 芳美澪
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4話 次兄

「整列!」


掛け声と金属がこすれる音と共に十人の兵士が横一列に並ぶ。その手には大きな鉄の盾が構えられている。わずか十人だが壮観(そうかん)だ。


二若(にわか)様。準備できました」


「よし。始めろ」


合図と共に巨大な丸太が兵士をめがけて迫ってくる。魔物の突進力を再現するために大きな丸太を縄で釣っただけの簡単な装置だ。受け止めた大盾がきしみ、兵士の体が半身ほど後ろにズレた。兵士は重心を下げ丸太の勢いを止めると盾で取り囲む。その背後から数人の兵士が木の槍で丸太を突き刺した。数度の突きを見届けた兵士たちが散開すると最後に剣を持った兵士がとどめを刺す。


兵舎前の広場では魔物を想定とした訓練の光景が繰り広げられていた。


「三番! 囲い込みが遅いぞ!」


「すいません!」


「槍もだ! 急所を狙え! 猪の腹なら真横だ!」


「「はい!」」


部隊長からの叱責に緊張が走る。


「部隊長の方が猪みたいな突進してきますけどね」


その言葉に隣の兵が必死に笑いをこらえた。部隊長が睨みつけ、場に苦笑が広がる。


「いいですね」


壮年の兵士が左足を引きずるようなしぐさで近づいてきた。傷痍兵(しょういひょう)で多少、脚が不自由だ。父上の代に大怪我を負ったが有能な為、こうして部隊の相談役として働いてもらっている。


「そうだな。士気は悪くない」


「お気に召しませんか?」


「所詮は受け身だ」


「盾で止めて槍で削る、それが我々の戦法ですからな」


「突進力で負けたら……」


「見極めるしかありませんな。相手との差を見極めるのも指揮官の役目です」


集団戦は突進力・衝撃力の強さで勝敗は決まる。それを見極める必要がある。


「魔法か……」


「衝撃力では魔法に勝るものはありませんな。ですが、ここには上級魔法を扱えるものもいませんし、装備を整えるほどの資源もありません。あったところで扱う人間もいませんしな」


相談役の言葉に自分の顔が(ゆが)む。兵士たちはよくやってくれている。不満はない。だが圧倒的に人や物が少ないのだ。


「今は問題ない。だが、魔物の数や体躯(たいく)のデカいのが出てきた時だな」


「ここ数年では大きくても狼程度です。数で言えばさほどですな。単に単独で動いているだけで森の奥には(ひそ)んでいるかもしれません」


「それらが一斉に来たらまずいな」


「兵士を分けたとしても数組程度でしょうな」


(朝食の際に兄上には問題無いと言ったが、やはり兵士の増強は必須だな)


「あまりそういった顔は兵士の前ではなさらないほうが良いかと思いますぞ」


相談役の指摘で無意識に自分が苦虫を潰したような顔になっていた事に気が付いた。


━━!!


兵士たちの喧噪(けんそう)で我に返り視線を向ける。大盾を持った兵士が一人倒れているのが見える。なにがあった?


「二若様!」


叱責するような口調で相談役が呼ぶ。そうだ、考える前に行動しなければ。


「大丈夫か!」


「どうやら良くない受け方をしたようですな」


倒れこんだ兵士の顔を覗き込み、手を差し伸べる。


「すいません」


倒れこんでいた兵士は差し伸べられた手をしっかりと握り返し立ち上がった。意識もはっきりしているし体幹もブレていないので問題はなさそうだった。


「気を緩めるな。一瞬の油断が命取りになるぞ」


部隊長からの(げき)が飛ぶ。先ほどとは違い冷やかしの言葉は出ない。


「盾が破られれば全員を危険に(さら)すことになる。盾を持った人間は絶対に引くんじゃねぇ」


部隊長の言っている事は事実だ。盾部隊が崩れれば部隊そのものが壊滅する恐れもある。だからこそこうして厳しい言葉が飛ぶ。無理をさせているのはわかっている。


「別の戦法も検討すべきか?」


思っていた言葉が口をついて出てしまった。


「別の戦法ですか?」


部隊長が怪訝(けげん)な表情でこちらを見る。


「基本は今まで通りだ。だが、緊急時を考えるのは悪くないと思うが」


今更、言葉をひっこめる事はできない。


「うーん」


部隊長だけではなく相談役の兵士も思案顔になる。


「パッとは思いつきませんが、仮にあったとしても今の戦法の練度を上げたほうが良いのでは?」


「そうですな。むやみに新しいことを増やしても混乱するだけにも思えます」


部隊長と相談役は否定的だ。


「そうか。たしかにそうだな」


明確な指針もなく浅はかに言葉を発してしまった事に後悔した。


「王都では錬金術のお偉いさんが燃える砂を開発したとかで話題になってるとか。なにか使えないですかね?」


若い兵士たちが恐る恐るといった様子で提案してきた。


「燃える砂?」他の兵士たちも話に入ってくる。


「ああ、商人が言っていたな。燃えるっていってもな。魔法で十分だろ」


「燃える砂でなにするんだ? 肉でも焼くのか?」


「俺も聞いたが、魔術師が近づくと燃えるらしいぞ」


「は? いきなり燃えるのか?」


「なんでも魔力に反応して燃えるとか」


「燃えるって言ってもたいしたことないらしいな」


「商人たちが売り込みに来ねぇなら、大したもんじゃねぇんだろ」


「聞いてる限りじゃ初級魔法でできる事で、持ち運びに難があるなら使い物にはならんだろ」


兵士たちのやり取りに耳を傾ける。残念ながら特に役に立つものではなさそうだ。王都では錬金術の研究も盛んだ。なにか便利な物が作られればこいつらにも楽をさせてやれるんだが。


「まあ、ないものを強請っても仕方ない。俺たちはやれることをやるだけだ」


「そうですね。この辺りの魔物程度なら俺たちにかかれば敵じゃありません」


「おうおう。さっきまで丸太に倒された奴が言うじゃねぇか」


若い兵士のやり取りを見て皆が笑う。我が兵の士気は高く、不安はない。だが……。


「二若様。報告では見慣れない魔物の目撃情報も上がってます。油断は禁物ですな」


「そうだな」


原生生物が魔力を持った存在、それが魔物だ。やつらは魔力を宿すことで身体能力が飛躍的に向上し他者を圧倒する。中には魔法や言葉を話すほどまでに成長した魔物もいるらしい。


「この辺の土地は魔力が少ないので影響が出てるのは小さい奴ばかりですけどね」


「肉食系じゃなけりゃ襲ってはこないしな」


若い兵士のやり取りに頷く。魔物になったからと言って必ず人を襲うわけではない。草食系は変わらず草や木の実を食べる。体が大きくなった個体は食べる量も多いので少なからず影響はある。


「北の王国の更に北の森には言葉を話す魔物もでるらしいぞ」


「あそこはな…… 魔力の濃度が高くて人も立ち入れないみたいだな」


「あんなのが近くにあったら、おちおち寝てられねーな」


「我らも他人事ではないぞ。森の奥は未開拓だ。何があるかもわからん」


相談役の喝に若い兵士たちが身を引き締める。そうだ。他人事ではない。


「気の緩みで致命的な事になる可能性はある。気を緩めるな。この地を守るのは俺たちの役目だ」


俺の言葉に全員が顔を引き締め姿勢を正した。

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