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辺境三若記  作者: 芳美澪
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37話 商人

鍛冶屋の親族の男は砦衆に保護させた。本人もそれに快諾した。赤い月に目をつけられた以上、このまま王都に残っても良いことは何もない。家族とも話し合って砦に移るそうだ。こちらとしても有難い話だ。これで鍛冶の技術者を砦に迎えられる。


鍛冶屋本人は北に夜逃げしたらしい。赤い月の連中は帝国に亡命とか言っていたが、本当のところはよくわからん。あっちに何かコネでもあるのだろうか? さすがにそこまで介入できないので後は好きにやってほしい。後で、あの若い兵士には謝っておくか。両親を売った形になったしな。


鍛冶屋問題が片付いたので次の問題になる。そう、商人とのお話合いだ。こちらは難しい話ではない。うちの方にも商売しに来てね。品揃えは豊富でよろしく。っていうお願いをするだけの事だ。勿論、向こうも商売なのだから儲けがなければ動いてはくれないだろう。とはいえ、先日の鍛冶屋騒動みたいに険悪な雰囲気にはならないはずだ。世間話でもしながら進められれば良いと思っていた。


━━思っていたんだが、この状況はどうなっているのだろうか?


紹介された商人は二人、そのうちの一人に、今まさに向き合っている。世間話どころの騒ぎではない。妙な圧が部屋を覆い、場違いなほど濃い空気に押し潰されそうだ。ソファに座らされ、背後には、うさ耳と兵士の一人が控えている。先日の頼もしさはどこに行ったのか、兵士の男は緊張の様相で顔色が悪い。


「なるほど──」


(しわ)だらけの口元が、静かに歪んだ。だが、目は笑っていない。


「かの地に当家の商品を卸して欲しいと。そういう事でございますな?」


そう言う商人の男は皺だらけの口元が笑っているのに、目は笑っていない。こちらを品定めするような目つきがなんとも不快だった。


「そうだ。王都では多くの品が出回っていると聞く。そういった物を手に入れたい」


石鹸つくりとか、便利な日用品、美味しい食事の為にも是非ともそういったものが欲しい。


「若様のご領地は南方でしたな。南の連合国と面していた場所と把握しておりますが」


「そうだ」


「そこまで運ぶとなりますと、なかなかの労力が必要になりますな」


「そうなるな。だが、途中にある子爵様や男爵家とも商売はしているだろう。少し足を延ばして欲しいという願いだが、難しいか?」


「なるほど……そうすることで若様のご領地は益々発展するでしょうな。いやあ、十二にして領地経営をお考えとは。まこと立派な御坊っちゃんでございますなあ」


そう言うと、商人はすぐに口元を押さえた。「おっと、これは失礼。若様と申し上げるべきでしたな」

目だけが、こちらの反応を測るように光っている。


男の物言いに若干の含みを感じた。はっきり言おう。こいつ嫌いなタイプだ。


「ご意向は賜りました。ですが、そこまで運ぶとなると、輸送路の確保が肝心でございます。馬車の数、人足の手当、護衛の費用──どちらがご負担いただけるので?」


普通に考えれば物を売る側がそれらの費用を含めて商品の値段に反映するのが当然だろう。遠距離になるほど配送料が高くなるのは当たり前のことだ。その上で敢えてこういう質問をするという事は「お前のとこに商品持って行っても売れないんだから、輸送費は前払いで出せよ」ってことか。足元を見られてる感が半端ないな。


「遠方に商品を持っていく以上は費用がかかるのは当然だろう。その分、商品が高くなるのは仕方がない事だ」


「いやはや、ごもっとも。若様はお若いのに、よくご存知で」


商人はにこやかに頷いた。だがその目の奥底では侮りが透けて見える。「そんなことはわかってるけど?」って言いたいのか。


「……ただ、南方の道は穏やかではございませんでな。護衛を誰に頼むか、それも代金に含めねば──最近ではかの地では森隠(もりごもり)と呼ばれる集団の噂もあります。未知数でございますな。その辺りをどのようにお考えでしょうか?」


森隠。砦衆がそう呼ばれて村で噂になっているという話は聞いていた。王都にまで届いているのは知らなかった。


「森隠なんて大層な名前がついたもんだ」


「ご存じで?」


男の目の色が変わった気がした。多分だが、あまりこちらの手の内をさらけ出すのはよろしくない気がしてきた。もっと遠慮なく意見を言い合って相談したかったんだが……


「そういえば、他にも面白い話がございましてな。なんでも人足に珍しい集団がいるとか。中には欠け人も多いとか。雇側も当初は難色を示していたそうですが……」


商人は唇を歪めた。「安く雇える上に働きは上々、いまでは帳簿の上でも実に助かる存在とか」


欠け人。要は体の一部が欠損している奴らの事だ。チームを組んでそいつらにも活躍してもらっている。……そっちも知ってんのかよ。だが、それ以上にこいつの言い方に腹が立つ。


「森隠、欠け人たちの集団。なるほど。男爵家は大層潤っていそうですな」


男は一人納得したような顔で頷いている。


「では、こうしましょう。まず商品の輸送費は━━」


「いや、世間も知らない子供が願うには少々話が大きすぎたようだ」


男の言葉を遮り席を立つ。「手間をかけて済まなかった。いい勉強になった」

そう言って部屋を後にする。なんか声をかけられたみたいだが、正直、腹が立って聞く気にならんかった。確かに俺も砦の奴らを都合よく使ってる部分がある。同族嫌悪という奴なのかもしれないな。ああ、周りからは俺もそういう目で見られていたのかもしれない。


商館を出て、館への道を歩いていると、うさ耳が何か言いたげに見ている事に気が付いた。そうか、こいつが一番わかってるのかもしれないな。俺とあの商人の男が似たようなもんだって。


まあ、いいか。どうせゴブリンの子だしな。

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