35話 恋話
「わかった。じゃあ、こうしよう。うちは王都の商人の家です」
男爵家の娘としての信念があるというのならば、それを無くせばいいのだ。
「え? し、商人?」
「そうそう、商家の娘なんだよ。だから家とか関係なし。さて――どんな男がいい?」
姉の目が泳ぎ、声が裏返った。「わ、私は……その……家の為に……」
「それは男爵家としてでしょ! 設定守って! やり直し! はい、商家のお嬢さんお答えください」
ナプキンを握りしめた姉の頬が真っ赤に染まる。俺のゴリ押しを使用人たちも止めようとしない。どうやらこいつらも興味があるようだ。
「俺はねぇ、優しくて小さい子が好きかなぁ」
必殺、こっちが言い始めることで相手も気を許して言っちゃう作戦だ。
「顔が良いほうが良いのは当然なわけじゃん? だから好みの顔とかってあるの? ほら、馬っぽい顔とか、犬っぽい顔が好きとか」
顔が良いとか悪いとかの話を聞きたいわけじゃない。誰だって良いほうが好きなのは当然だからだ。俺が知りたいのはハードルが低いタイプが知りたいのだ。例えばキツネ顔が好みだったとしよう。その上でタヌキ顔の普通と、キツネ顔の普通よりちょい下が居た場合、キツネ顔のちょい下が有利になる可能性がある。そういうのが知りたい。そういう意味で言えば俺はタヌキ顔が好みなのだが、この世界にタヌキがいるのかはわかっていない。代わりに何を言えば……
「ああ、俺はうさぎ顔が好きだな」
ふと、うさ耳が目に入ったので言ってみた。嘘ではないしな。ほれ、これで言いやすくなっただろう。言え。
「わ、私は…… お父様とお母様のような関係にとても憧れています」
想定外の答えが来た。パパとママ? どういうこと?
「優しい人が良いってこと?」
パパは優しいからな。だが、姉は首を振り否定の意志を示した。
「そうではありません。互いに認め合い、尊重しあう御姿がとても素敵ではありませんか?」
姉は恥ずかしそうに、それでも真っ直ぐな瞳でこちらを見ていた。あー、そういうことね。顔より性格を素で言ってるパターンね。実際には顔も重要だろうけど、まあ、それは良い。
「難しい事言うね。貴族とか関係なく、そういう関係を築ける男女ってなかなかいないんじゃない?」
「……そうかもしれませんね」
「まあ、無理ってわけじゃないだろうけどなぁ。探す方法はあるけど」
「それはどのように?」
要は気が合う人と付き合って結婚すればいいのだ。気が合う人ってどう判別するか。答えは簡単だ。一緒に沢山遊んだり、生活を共にすればいい。友達以上、恋人未満ってことだ。そうした中でその人の趣味嗜好や性格。食事の好みや仕草、お金に対する考え方が自分と合っているかを見るしかない。
俺的には喜怒哀楽の波が近いほうが良いという持論がある。嬉しいときに相手も嬉しくて、哀しいときに相手も哀しい。まったく一緒の人はいないだろうが、近いほうが気が合うって話だ。
「心を通わせる期間が必要なわけよ」
「心を……通わせる……」
どうやら俺のお姉ちゃんは恋に恋する乙女だったらしい。しょうがないなぁ。おじさんがレクチャーしてあげよう。
「前提としてさ、パパとママは超例外なわけよ」
「え? ぱ、パパ?」
やべ、興奮して言ってしまった。
「あー、父上と母上ね。理想はそこで良いのよ」
「わ、笑わないのですか?」
「なにがよ。いい? 理想は良い。でも、理想だけは良くない。理想ほどではなかったけど、理想に近い結果だったら幸せだと思わない?」
理想は理想であっていい。でも理想が結果だと勘違いすると、後悔する可能性が高い。現実的な部分もちゃんと押さえとこうって話だ。つまり妥協点の探求である。
「一目惚れで相手と心も通えば、それに越したことはない。けど、それって現実的に難しいのよ。だからさ、相手と心を通わせる期間が大切ってわけよ」
好きになってから付き合うか。付き合ってから好きになるか。
「相手に失礼ではありませんか?」
姉はきっぱりとした口調で言う。だが、その手元のグラスは微かに揺れていた。
「なんでよ。相手の事を良く知ったうえで支えられるんだよ? 失礼どころか感謝されるんじゃね?」
「……っ、でも……」
姉は目を伏せる。言い返したいのに言葉が出てこない。
「今回の舞踏会ってさ、結婚相手を決めるわけじゃないじゃん?」
あくまでも顔合わせ的な意図でしか聞いていない。言ってないんだから、こっちもそのつもりなのは仕方のない事です。
「え、ええ」
「じゃあ、話しかけてきた人のどんなところが良かったか、どんなところがちょっと気になったか。報告ね。良い人がいたら文通でもしてみたら?」
「お相手の方を評価するなど!」
「嫌なの?」
ここであからさまな不機嫌顔をドロー。わかってるよね? 癇癪起こすよ?
姉は唇を噛む。やがて小さな声で呟いた。
「わ、わかりました。……できるかわかりませんが……」
姉は視線を落とし、ナプキンをぎゅっと握りしめる。その頬が、ほんのり朱に染まっていた。
はい、言質取った。
「よし! じゃあ…… そこのお前!」
突然名指しされた使用人の女性は、飛び上がるように「っはい!」と声を上げた。
「舞踏会が終わり次第、姉ちゃんから話を聞いておけ。こういうのはその時の気持ちが重要だからな。――で、お前の好みは?」
「わ、私は……男性らしい体つきの方が……」
次の瞬間、場が一瞬凍りついた。言った本人が「あっ!」と慌てて口を手で覆い、顔を真っ赤にする。その姿に、姉まで堪えきれず微笑んでいた。




