33話 貴族
イベント事というのはあまり縁がない人間だという自覚がある。誰かに絡まれたり、曲がり角で女の子とぶつかったりなどは漫画で見るぐらいだと思っていた。それが今、目の前で現実に起こっていた。
「お使いか? 少しは俺らの酒注いだっていいだろ?」
一番、体の大きいハゲ男が、うさ耳たちに言っているのが聞こえる。どうやら給仕して欲しいらしい。うさ耳は可愛いからな。
「お止め下さい。私どもは」
「おやめください! だとよ! いいねえ。可愛いねぇ。一緒に飲もうや。奢ってやるよ」
取り巻きの男も面白がっている。うさ耳は犬耳を庇うように立ち、犬耳は怖いのか俯いている。さすがに可哀想なので行くか。
当然、後ろ手に腕を捻って打倒す。なんてできるわけがない。むしろ目に入った瞬間に殴られて俺が死ぬ。でも、まったく怖くないのだ。前にも言ったが、この世界では階級差は圧倒的な差になる。だからといって何をしてもいいという話ではない。俺は貴族だぞ! と、強がっても切られたら死ぬ。だが、階級差への反発という意識はすぐには払拭できない。その結果、どうなるかというと。
「おい、俺の使用人に何か用か?」
声をかけると取り巻き共が振り返る。野次馬のように集まってるやつらも助けに入らないところを見ると、それなりに顔が立つ奴らなんだろう。
「んだぁ? ガキが何の用だ」
その反応は正しい。
「おいおい、ガキが冒険者ギルドに何しに来たんだ? お母さんのお使いか?」
「三若様!」
「主様!」
うさ耳と犬耳がこちらに駆け寄ってきた。
「おい。ガキの連れ……か? お前……」
酔った目でハゲ男が俺をまじまじと見つめる。体も大きいが顔も怖い。迫力というか内面から醸し出されている気配というべきなのか。所謂不良たちとは違う血なまぐさい感じがした。
「なにしてるんだ!」
ギルド職員らしき、おっさんが割って入ってきた。
「お前ら! また騒動起こしやがって!」
ハゲ男たちが一喝された。ギルド職員はこちらに振り返ると「君もだ! 子供がこんなところに来るんじゃない! 早く帰りなさい!」
怒られた。
「子供が冒険者ギルドに来ちゃいけない決まり事でもあるのか?」
「なに?」
つい、ギルド職員に突っかかってしまった。助けに来るの遅いし、来たら来たで偉そうなのはなんなんだ。
「それとも貴族は入っちゃいけなかったのか?」
訝し気にこちらを見るギルド職員だったが、俺の胸のあたりを見て血の気が引いている。相手が変わってしまったが、反応としては正しい。辺境男爵の三男でも貴族は貴族。貴族に喧嘩を売るってことは、その背後にいる王や侯爵に喧嘩を売ってるのと同じだからな。つまり、俺は虎の威を借る狐ってわけだ。情けないな。
ギルド職員は顔の色を失わせ、周りが騒がしくなる。当然、ハゲ男たちも血の気が引いたような顔をしている。
「男爵家のご子息様であらせられましたか。き、今日はどういったご用件で……」
「お前に用はないな。どうやらそいつらが俺の連れに用があるらしい。こいつらの主人である俺が用件を聞こう」
子供が大人に勝てないように、平民が貴族に勝つこともできない。もし勝てたとしても、その代償は大きい。
「こいつらに給仕するように言っていたな」
「あ、いえ、それは」
「俺の給仕がいなくなるのは困るな」
「ええ、はい。その通りです」
「ああ、あと奢ってくれるとか言ってたな。是非、ごちそうになろう」
ここでこいつらを咎めるのは良いが、それはあまり意味がない。うさ耳たちを怖がらせたという罪はあるが手を出したわけじゃないのでそこまで怒っていない。むしろこの流れと立場を利用して冒険者から話を聞けるというのは俺的にはアリな気がする。是非、お話を聞かせて頂きたい。冒険者って儲かるの? とか。嫌がるハゲ男の手を引いて二階の簡易酒場へと促した。
二階の酒場は簡易酒場というだけあって質素な雰囲気だった。立ち飲み屋みたいな感じか。がっつり飲みたいんならちゃんとした酒場へ行けということだ。まあ、それでもしっかり飲んでいる奴らはいるわけで、そんな冒険者たちの視線を一斉に浴びる羽目になった。小太りの子供が大柄の冒険者の手を引いて酒場に乗り込んだのだからそれも頷ける。
数人がハゲ男を揶揄うような言葉を上げたが、何かに気づいた別の冒険者の耳打ちで声を潜める。貴族様のお通りだぞ。
適当に空いている席を見つけ腰を下ろす。それを呆然と見ている冒険者たちにも座るように促した。
「奢ってくれるんだろ? ただ、酒は飲めないからな。果実水はあるのか?」
坊や、ここにはミルクなんてないぜ? なんて、皮肉もなく目の前に木のコップが置かれた。
「よし、飲むか。お前らも飲めよ。心配するな、お前らを咎めようとしてるんじゃない。せっかくだから話を聞かせろ」
ここまで萎縮されると聞きたいことも聞けない。が、萎縮するなといってやめられれば世話はない。仕方がないので、趣旨を話すと渋々座り始めて酒に手を出した。
「聞きたいことってなんでしょう?」
「冒険者って儲かるのか?」
ハゲ頭たちの目が点になる。
「え? いやぁ……それなりに稼ぎの良い仕事はやってるんですがね。懐には残ってねぇなぁ。あ、いや、残ってません」
「気にするな。今回だけは普段と同じ喋り方で良いぞ。いちいち気にしてたら聞きたいことも聞けん」
こちらから質問攻めにしたおかげで、ようやく調子が載ってきたのか色々話してくれた。
冒険者にもランクはあるらしく、こちらも下級、中級、上級とあるらしい。特級に関しては言っていなかったがありそうな気もする。こいつらは下級だが、下級の中でも上級らしい。なんだその下の上的な感じは。
思っていたような華やかな依頼も少ないそうだ。まず、魔物討伐だが、魔物もそこまでいるものでもない。ましてや王都周辺は開拓されているので魔物が沸きそうな魔力が湧き出る場所がない。先ほどの張り紙にあった魔物退治も久しぶりに張られたんだそうだ。
「やらないのか?」
「あれはだめだ。割りにあわねぇ」
顔の前で手を振り拒絶の意志を示された。この辺りで魔物となるとかなり遠い場所になるらしい。それなりな旅費もかかってしまう。張り出されている魔物も面倒な相手という事もあり、なかなか受け手が現れないだろう。というハゲ男の予測だ。うちの方なら近場で魔物いるんだけどな。
「中級にはどうやってなるんだ?」
俺の質問にハゲ男は苦虫を潰したような顔をする。よっぽど難しいのだろうか。中級なのに?
「面倒ってもんじゃねぇ」
取り巻き共が声を上げた。そこからは愚痴のオンパレードだ。
下級から中級への昇格には様々な障害がある。なんで中級ごときでそんなに厳しいんだ。俺も顔を顰めそうになった。要は冒険者は誰でも登録できるけど、中級以上は実力、品位共に備わったものじゃないと認めない。という事なんだろう。
「わかりやすいのが、魔物を倒すってことだなぁ」
取り巻きの一人が言う。これはわかる。一定の数の魔物を倒すことで実力があることを証明するということだろう。
「試験がなぁ」
と、ハゲ男。試験内容は実技、筆記、協調性。聞いてて思わず眉をひそめた。実技は魔物退治で証明済みだ。また、ここで試されるのか。筆記は教養の確認か。協調性? なんだそれは。
「即席のパーティ組まされて討伐依頼を受けるんだよ。運だな」
協調性って意味なら成功失敗は関係ないと思うが。組まされた人次第で成功率も変わると。
「受けるだけでも金とられるしな。やってられねぇよ」
ギルドにとっては良い収入源という事か。
「推薦が貰えねぇと、どうにもなんねぇよ」
推薦制度があるらしい。中級冒険者、ギルド幹部から、こいつは中級に上がっても問題ないという言質を取る必要があるのだ。ぼっちの人間なら詰むじゃん。更に装備も一定の品質以上が求められるらしい。聞いている限り、ギルド側のさじ加減でどうとでもなる気もする。中級になるのが難しい理由がわかった気がする。これは大変だろう。
「坊ちゃんはなんでここに?」
ハゲ男と取り巻きからは坊ちゃんと呼ばれるようになった。
「舞踏会に出るためだ。まあ、俺は付添だから端っこに立ってるけどな」
「「舞踏会!」」
一斉に声が上がる。彼らにとっては縁のない言葉なんだろう。あちこちから、さすが貴族。すげぇ。とか、本当にわかって言ってるのか怪しい声が出る。
「それまでは暇なんでな。こうして王都を見て回ってる。ああ、あと商人と鍛冶屋にも会いに行こうと思ってる」
「鍛冶屋ですか?」
うちの兵士が王都出身だという事と貰った手紙を見せる。内容的には見せても問題ないはずだ。
「坊ちゃん……ここはまずいですよ」
取り巻きの一人が申し訳なさそうにいう。どういうことだ。
「あぁ、ここは駄目だな。悪いことは言わねぇ。他の鍛冶屋に行った方が良い」
ハゲ男も手紙を見て同調した。
どうやら、この鍛冶屋は冒険者に不義理をして目をつけられているらしい。更にまずいのは札付きの悪い奴らにまでそれをやったらしい。お前らの事じゃないんかと言いたくなったが、こいつらよりもっとやばい連中がいるらしい。
「ここらじゃ手に入らねぇ名品だって、なまくらを売りさばいて儲けてたんだ」
聞けば年々減っていく売上を何とかしようとして詐欺まがいの行為をして冒険者やならず者に売付け、敵に回したと。今は鍛冶屋はやってないらしい。それは困る。他にアテはないのだ。鉄を手に入れるためには商人からの購入か、技術者のスカウトが必要だ。前者もやるが、後者も選択肢として模索する必要がある。
「今でもたまに見ると数人が見張ってるから危ねぇな」
店の周りを見張られているそうだ。夜逃げでもしたのだろうか? いずれにしても行くしかないが……
「やめておいた方が良いだろうな。あいつらは貴族とか関係ない。行くなら護衛連れてくかしねぇと」
なるほど。次兄の兵士を借りるという手もあるが、全員はまずいだろう。館の警備もあるしな。ならず者に対抗できる厳つい護衛がいるな。冒険者ギルドに依頼すればいいのだろうか。と、思ってふと気が付いた。
「なら、お前らはどうだ?」
むさ苦しい男たちのキョトンとした顔は可愛くないなと思った。




