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辺境三若記  作者: 芳美澪
29/65

29話 報告

砦の集会所はどこか緊張した空気に包まれている。正面には男爵家の次兄と俺。部屋の両脇には兵士と砦衆が張り詰めた面持ちで立ち並ぶ。


月に一度、砦で定例報告会を行っている。今日はその日だ。


「砦の報告から頼む」


次兄が声をかけると、頭が前に出た。


「はい、今月は十名増えています」


どうも、森隠という名がだいぶ広まっているらしく、その一員になりたいと難民、浮浪者、乞食が集まってきているらしい。さすがに全員は難しいので、遠方からの要請に対しては多少の支援をして独自にコミュニティを形成するように俺が指示した。それでもここにやってくる人間は後を絶たない。彼らも必死なのだ。


「現状で何名いる?」


「今月の人数を足せばもう少しで百に届きそうです」


次兄と頭の言葉に頭を抱える。砦を改修し、かなりの広さを確保しているが、それでも百を越えたら収容しきれない。既にもう村よりも人が多いのではないか。


「ここには来ず、各地で共同体を作れと言ったはずだが?」


さすがに来すぎじゃね? と思い、口を出してしまった。


「いくつかの場所では集団が出来つつありますが、ここと違いあちらには三若様の存在がありません。中々うまく行かぬようです」


俺が居ようが居なかろうが関係ない気もする。どちらかと言えば、頭のような存在がいないのかもしれない。支援はしているようだが、商隊を派遣するわけにもいかないので数も少ない。


「別の手も考える必要がありそうだな」


次兄がこちらを見てきた。あなたが考えるんですよね? っと言いそうになったがやめておいた。


「畑や収穫物は順調です。施設も整っています。人の増加の件を除けばむしろ順調すぎるといった状況です」


新しい野菜に関しては、館で髭親父が試して、砦で量産する形をとっているらしい。結果が出てない物も多いのでこちらは先々に期待だな。


「防衛に関しては兵士の方たちの尽力により不安はありません。簡易竹弩もあります。女子供も防衛では戦力になるので数匹の魔物であれば撃退できます」


次兄が満足そうに頷く。


「ですが、食料、寝床、水、衛生などの問題が浮き彫りになっているのも事実です。寝床の藁、中央の貯水池に人が列を作っています」


さすがに百近くの人が居ると整備した上水施設でも足りないらしい。諦めて川まで行く人もいる。近いが一応は外なので何かあると不味い。


「わかった。苦労を掛けるが引き続き頼む」


次兄の声に頭が礼を取り下がった。


「森の状況は?」


猫耳と部隊長が前に出る。


「近場の魔物は減っています。以前の大規模な捜索と討伐で奥に行ったようです」


猫耳が報告する。声が小さい。普段から小声で会話している癖なのか、元からなのか。


「魔物はたしかに減りましたが、小川沿いに稀に居るので油断は禁物です」


部隊長が補足した。猫耳と違い良く通る声だ。率いる部隊が違うとこうも差がでるのか。


「蛇の魔物は?」


次兄の問いに猫耳と部隊長が互いの顔を見る。


「こちらでは目撃情報はありません」


「うちも同じですな。痕跡はいくつか見つけましたが、だいぶ古いようです」


あれ以来、蛇の魔物は姿を現していない。来たら困るが、来ないとある意味では困る。以前に売った棘だが、結構な値段で売れたのだ。また取れるとお財布的にかなり助かる。


「周辺の状況に関して報告してくれ」


二人が下がると次兄が言う。細身の男が前に出た。笑うと不気味な男だ。


「北の男爵家はだいぶ揉めているようです」


にやりと笑う顔が怖い。こいつ絶対に腹黒いだろ。


どうやら以前の大規模捜索、討伐に参加したことで男爵家内部でかなり揉めているそうだ。そりゃ、男爵に無断で家将が他の男爵家を手伝ったら怒られるだろう。更に言えば目立った功績を上げられなかったのも問題だ。こちらで煽っておいてアレだが、申し訳ない気持ちになる。


「北の男爵家は商館を立て直すとか。まあ、当てつけでしょうな」


だからその笑い方をやめろ。怖いよ。


北の男爵は商館を大規模に立て直すらしい。当てつけと言っていたが、要は勝手に動いた家将に対しての当てつけという事か。軍備に金出すぐらいなら商人にお金出すぞと。仲良くしろよ。


「他は特に大きな動きはありませんが、やはり南は厳しいですね」


ここで言う南は南派という事だろう。北は潤っているが南は厳しい。結果として物は流れず、金も稼げない。北の侯爵にお願いしてどうにかできないものか。北と南で格差が激しい。


「砦の人員はどうだ?」


「人が増えているので稼ぎは増えています。先ほどの報告があったように北の男爵家では結構な人数の募集をかけています。少し遠いですが子爵家の治水事業にも人を出しています」


砦衆の平凡な男が前にでて報告する。砦内の動ける人間に出稼ぎに行ってもらっている。稼いだお金は四公六民とさせてもらっている。人足としてコキ使っているので不満がでるかと思ったがそうでもないらしい。出稼ぎ組は砦の中でも待遇が良いのだ。帰ってくれば労うために良い寝床、食事が提供される。むしろ出稼ぎ組に入りたいという奴もいるらしい。


「四つ目の班も作ろうとしています」


前に言った身体が欠損している者も出稼ぎ組として頑張っているらしい。既に三つの班ができており、現場では頼られているらしい。最初に作った班はかなりうまくやっているようだ。


「よくわかった。皆、引き続き頼む」


次兄の言葉に全員が頭を下げた。もう名実ともに次兄がここの責任者だな。


「さて、皆の力で砦は大きく発展を遂げたが、依然として多くの問題があるな。まずは人の問題だ。これ以上の受け入れは厳しい。とはいえ、頼ってきたものを無下にしては貴族の名折れだ。なにか考える必要があるな」


次兄の言う事はもっともだが、解決方法がないのだ。単純に場所を広げたり、新しい場所を用意すればいいのだが、それには土地も金も人もいる。土地も適当には選べない。全部無いのでどうにもできない。もう、いっそのこと奪うか? ある程度の基盤が整っている場所を貰えれば良い。要はこの砦と同じ流れだ。どこかに盗賊団いないかな。


「まあ良い。次に装備や施設に関してだ。やはり鉄をどうにかしなければいけない」


この砦で加工しているのは、土、木、骨だ。質は良くなったが、所詮は素人集団なのだ限界はある。それに人が増えてくればより強くて便利な道具が必要になる。鉄製品は喉から手が出るほど欲しい。


「やはり王都を頼りますか?」


相談役の兵士が次兄の顔を伺う。前に兵士の実家が王都で鍛冶屋をやってるとか言ってたな。


「買うという方法もある」


この辺りで鉄の製品を買おうとすると商人に依頼をだし仕入れをしてもらう必要がある。つまり手間がかかるのだ。その分、値段も高い。あまり良い方法ではないが手っ取り早いのも事実だ。


「販路も増やしたいと弟からの要望もある」


「ほう、そうでしたか」


次兄と相談役の視線が俺に流れた。この辺境の土地にくる商人は多くない。商人が少ないので商品も少ないのだ。できれば幅広い商品から選んで買いたい。石鹸の為に。


「今の商人を疑うわけではないが、販路が少ないとこちらの選択肢はないに等しい。複数の商人から購入を検討するだけでも商品の質も値段も変わるだろう」


錬金術の為とは言わない。


「なるほど。商人たちを競わせることでこちらにとって都合の良い買い物ができるということですな。さすがですな」


相談役が納得したように頷く。ああ、そうね。それもある。


「鉄と商人に関しては既に解決策がある」


集会所の視線が次兄に集まった。何も考えていないようで実はちゃんと考えていてくれたらしい。さすがはお兄ちゃん、頼りになるぜ。


「わが弟に王都に行ってもらう」


俺は一瞬耳を疑った。え、聞き間違い? なんで俺が? 集会所がざわめき、兵士や砦衆の視線が一斉に突き刺さる。視線って痛いのだなと実感した。

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