28話 変化
穏やかな朝食は俺の毎日の日課だ。日課も何もいつものことなのだが、今日はいつもと違う。慣れない光景に、いつもより水分も多めに摂ってしまう。気が付けばコップの中身が空になっていた。
「水をお注ぎ致します!」
犬耳のメイドが満面の笑みで水瓶を差し出す。手が少し震えているのは見逃さない。
「お下げいたします」
反対側からは丸眼鏡のメイドが、空いた皿をすっと引き取る。皿の向き、ナイフとフォークの間隔、ナプキンの折り目まで気になってしまうらしく、配置を微調整してから離れた。うさ耳はいつもの定位置、壁際からそんな二人をじっと見ていた。そう、今この館には三人のメイドがいる。
朝、目を覚ましたらいつの間にか人が増えていた。主が把握していない増員というのは、貴族的には普通の事なのだろうか。
「主様! パン、まだあります!」
犬耳が胸元で籠を抱え、期待の瞳を向けてくる。大きいな。何がとは言わない。
犬耳は幼さが残るが、愛嬌があり将来有望な美少女だ。うさ耳とは昔から仲が良く懐いている。歳は十二らしいので、俺と同い年だ。ちなみにうさ耳は十四らしい。
「三若様を急かすような真似をしてはいけませんよ」
うさ耳が小さな声で窘めると、犬耳は慌てて会釈して籠を抱き直し小さくなる。いや、小さくならなくても小さいのだが。
「下げてしまってはパンが取れませんよ」
眼鏡メイドが犬耳から籠を受け取り、きっちりテーブル中央に配置し直す。ついでに皿の位置まで調整する。几帳面にもほどがある。丸眼鏡も相まって委員長みたいなメイドだ。十五歳で、この中では一番年上だ。可愛いより綺麗と言う言葉が似合うタイプだ。
突然こうなったのは次兄の提案らしい。この館に移って半年以上が過ぎている。うさ耳とも相談したらしく、次兄から提案する形で追加の使用人が手配されたらしい。
この急な来訪は、俺にとって悪くないサプライズだ。なぜかって? ハーレム要員候補になりえるからさ。
犬耳はうさ耳とほぼ同期らしいので俺の悪名を知っているはずだ。だが、俺への接し方を見る限り、含むところはないように見える。というか、あった上であの態度をとれるのだとしたら大女優だろう。犬の様に尻尾を振り、寄ってくるのだから間違いない。ああ、犬か。
委員長のほうだが、こちらは見ない顔だなと思ったら、前任の出産に伴う補充だと聞いた。だから俺の愚行や悪評は知らない可能性が高い。他の使用人に聞いてたら意味ないが。それ以前に取っ付きにくい雰囲気があるので無理かもしれない。でも、綺麗だから諦めるのはもったいない。
可能性としては犬耳のほうが高いと思う。つまり、これから如何にこの二人との親密度を上げるかが勝負になる。二人と仲良くなって、うさ耳を城に戻してあげれば色々な意味で全員が幸せになれる。
だが厄介なことがある。朝食終え、いつものように部屋で考え事したり、外の様子を見たりしていて気が付いた。うさ耳が俺の傍から離れようとしない。これ、トイレまでついてくる気か? ってぐらい傍にいる。犬耳はうさ耳の手足となって館の掃除や雑用に励み、委員長は髭一家や砦との書類仕事、城とのやり取りを一手に引き受けている。役割分担は完璧だ。
結果、うさ耳は俺の監視に専念できると。ダメじゃん。
犬耳や委員長と仲良くなるためには、二人だけの秘密を共有したり、作業を手伝ってあげてる最中にちょっとハプニングとかで急接近したりしなければいけない。でも、そこに第三者がいたら雰囲気ぶち壊しだ。そのうち居なくなるかなと思ったが、そんな期待も空しく、常時、俺の傍にいる。
何もできません。たまに席を外すけど、たぶんトイレとかほんのちょっとの用事らしくすぐ帰ってきた。
まあ、それはおいておくとして、驚愕の事実も判明した。犬耳も委員長も、ついでにうさ耳まで魔法が使える。知らなかった。俺の人生で最大の見落としだ。
魔法は初級、中級、上級魔法とあり、さらにその上が特級となる。
まずは初級魔法だが、多くの人がこれを使えるが、使えない人もそれなりにいるらしい。しかも実際に見せてくれたのは、犬耳が指先をちょこんと鳴らして、ろうそくに火を灯す。委員長が壺に向かってなにやら手をかざすと水で満たされる。と、言ったものだ。それ、魔法でやる必要ある? ライターとかでいいじゃん。ないから魔法なのか。魔法があるからライターがないのか。なるほど。
使えない人もいるのだからライターなりが発明されてもよさそうだが、そこは別のものが発明されている。錬金術で作られた火のつく物とか、水が出るやつとか。
次に中級魔法だが、中級になると一気にその性質は変わるらしい。俺が想像していた魔法もこれになる。ただし、使える人はかなり減り、それこそ中級魔法使えます。なんて言った日には「俺、何か言っちゃいました?」並みにやばい。貴族や国単位での囲い込みが始まるらしい。中級という言葉が意味をなしていない。
上級、特級なんて幻レベルだ。上級でもすごいんだから、特級なんていらないだろと思うが、大昔にいた伝説の魔法使いに与えられた称号らしい。要は永久欠番だ。
気になるのが俺はどうなんだという点だが、残念ながら魔法の適正はないらしい。使えないほうが珍しいんだが、俺は更に魔力がほぼないに等しいとのことだ。かなり珍しいタイプになる。そうなると逆に何か特別な力があるのではと期待してしまう。俺は他の人と違うのだ。
魔力がないことによる良いところ。それは「魔力酔い」にならないことだ。森の深部などでは大地から魔力が溢れている。その魔力を長時間浴び続けると「魔力酔い」という状態になる。更にそれを放置すると魔物になったりしてしまうらしい。これは人間も例外ではない。俺はそれがない。
次に魔力がないことによる悪いところ。要は魔力に対して適正がないので魔法防御力が無いも同然だ。普通の人が火傷で済むところを俺は熱傷とか下手したら死ぬ。回復魔法的なのもあるらしいがそれの効きも悪い。
まとめると、魔力酔いはしないけど、そもそもそんな深部に辿り着けない雑魚だから利点は生かせない。「魔力酔いしないからなに?」って話だ。一人で行けないし、仮に誰かに連れて行ってもらっても、連れて行ってくれた人が魔物化して俺も殺される。何の意味があるんだ。せめて伝説級の裏設定とか隠されててほしいもんだが、残念ながら現実はただの凡人ってことだ。下手したら凡人以下か?
ああ、魔力を浴びる実験とかあれば、俺はいつまでも浴び続けられるな。……ただのモルモットじゃねぇか。




