25話 漏洩
物事というのはいつも突然起きる。俺は鈍いほうではないと思うが、臨機応変にうまく立ち回れない。だからできれば「今から事件が起きるよ」と事前に連絡してほしい。
……残念ながら、今回ばかりは間に合わなかった。
砦の集会所。俺の目の前に、なぜか次兄が座っている。「なんで兄ちゃんがここにいるんだよ」と、ツッコミたいのは山々だが、それは向こうにとっても同じらしい。難民たちは息を潜め、頭も髭親父も視線を泳がせている。空気が重い。俺の心臓も重い。バレた。完全にバレた。どうすればいいんだ、これ。
そもそも、どうしてこんな事態になったか。それは今朝に遡る。
いつも通りの朝食を取っていると突然の訪問者が来た。
「三若様。おはようございます。ご朝食の最中に申し訳ありません」
頭が仰々しく礼を取った。
「早いな。何か用か?」
どこか言いにくそうにしている。なんだよ。なにかあったのか?
「大変、恐縮なのですが……砦に来て頂けないでしょうか?」
「ああ、後で行くつもりだった」
前に話をしていたお湯に関していくつか相談したいと報告があったのだ。もしかしたら良い方法を閃いてくれたのかもしれない。是が非でも行くつもりだ。
「いえ……今から……」
「三若様はお食事中です」
うさ耳が冷たくあしらう。
「ご無礼は承知の上でのお願いとなります」
「理由を話せ」
行くのは良いけど、何があったかぐらいは言って欲しい。
「砦に来客が……」
来客? 誰だろう? 難民か? もしかして鍛冶屋の難民がいたとか?
「二若様がいらっしゃっております」
……は?
そこからはもう記憶が飛び飛びだ。慌てて準備をして飛び出すように館を出て、砦へと急いだ。
で、いまの状況となる。
次兄とその兵士たちは神妙な面持ちでこちらを見ている。
なぜ居るのか。来る最中に聞いたが、次兄が単独で森の捜索に入ったらしい。前回の討伐が納得いってないらしい。そこで数匹の魔物と接敵したらしい。小さ目の魔物だったので普段の次兄たちなら問題ないはずだった。
疲労もあったのだろう。精彩を欠き劣勢に陥った。そこを猫耳たちが助けたらしい。さっさと逃げたかったらしいが捕まり、是非とも礼をしたいとなり、結局、砦に案内してしまったらしい。
こういう時の対処法をご存じだろうか。俺は知っている。勘違いしないでほしいが解決法ではない、対処法だ。それは、間違いを認めない事。これだ。
当然、次兄は俺に対して問題を提起してくるだろう。だが、そもそもこちらが問題として認識していなければ問題の指摘もクソもない。次兄がやりたいことは問題を認識させ指摘し、反省させる事。だが、指摘したい人間がそれを問題と認識していなければ話は先に進まないはずだ。よし、これしかない。その上で……
次兄を見る。次兄とはあまり絡みがないと記憶している。少ない記憶から次兄の性格を絞り出す。感情的で頭より体が先に動くタイプだ。こういう人間にはウダウダ言うより分かりやすく感情的に訴えたほうが早い。つまり、答えは明確に。無理ならきっぱり諦める。これだな。
まてよ、色々と考えたが、むしろ逆に先手必勝なのではないだろうか。指摘する前にこちらがカードを切る。そっちの方がいいのか? 交渉なんてしたことないからわからん。こちとら技術職だぞ。
「お前がここの責任者なのか?」
こちらを伺うように次兄が言う。
「そうなるのかな」
「父上たちが知ったら大事だぞ」
おや、脅してきてるのかな? お兄ちゃん怖いよ
「ふっ」
「なにがおかしい」
「いや、別に知られても問題ないかなって」
全員が驚きを隠せずに目を見開いている。そりゃ、幽閉されているはずの俺がこんな勢力を隠していたとなれば大事になる。下手したら何らかの処罰が下されるだろう。こっちとしてはだからなに? って感じだ。処罰といっても高が知れているのだ。考えられることとしては放逐かな。こいつらがいるので最悪、別の場所で基盤から作り直せばいい。金の面で見ても今はまだ城からの支援の方が多いが、その差は確実に埋まりつつある。
次に考えられるのが排除だ。要は次兄たちによる武力での制圧だ。贔屓目に見ても目の前の兵士たちに太刀打ちできるかは怪しい。だが、こちらは迎え撃つ形になるのでやりようはある。そもそも、パパとママは説得すればこちらの意図を汲んでくれる可能性も高い。それをやらないのはわざわざその賭けをするメリットがないってだけだ。ここでバレるならむしろ先手を打って話があるって言いに行けばいいだけだ。
「公にして、損をするのは、むしろそっちだけど?」
沈黙。兵士たちの間にざわめきが走る。次兄の眉間に深い皺が刻まれる。わかってないようだ。盗賊問題も魔物問題もこっちが手助けしたことは知らないはずだからな。
「そういえば盗賊の話は聞いた?」
「いくつかの盗賊団がこの辺りに居ついたという噂は聞いた。いずれは父上からも捜索命令がくるかもな」
「その必要はないよ。もう潰したからね」
俺の言葉に次兄が息を呑む。実際には事故だったが、細かい説明は不要だ。大事なのは“ここにそれだけの力がある”と認識させることだ。
「森の討伐うまく行ったみたいだね」
もうひとつの真実を告げる。
「ああ……俺は納得していないがな」
「北の男爵家からの援軍が来て良かったね」
「なにが言いたい」
「ここを公にするなら、次はないよ?」
兵士たちも顔を見合わせている。何言ってるんだこいつはという顔だ。
「良いタイミングで噂が流れたね。だいぶ北の家将は焦ったみたいだ。こちらの想定通りにいったね。あれ、俺たちがやった」
「……援軍が来るように仕向けたのか?」
答えは言わない。ふふふ、とそれっぽく笑ってみた。わかるか? 俺たちは物事を動かす力もあるのだよ。そういう風に誤解してくれると大変ありがたい。
「逃した魔物は二匹だっけ」
「そうだ。俺が見つけて倒す」
意気込んでるね。でも、それだけじゃ困る。顔を前に押し出し念を押す。
「見慣れない大型の蛇の魔物がいる。それもやってもらわないと困る」
「へび……だと?」
次兄は後ろの兵士に目を流すが、自分たちは知らないと顔を横に振って応える。
「かなり大きくて見たことがない魔物だったそうだ。そうだな?」
頭に話を向ける。
「はい。かなりの大型です。全身は棘で覆われており、大型の蛙の魔物を丸のみにしていました」
こちらはそちらが知らない情報をもっている。
「城の兵士たちは練度が高く、精鋭。俺もそう思うよ。でもさ、いくらなんでも多勢に無勢だと思うんだよね。前回の討伐もそうだった。もし三匹の魔物がいるとわかってたら? その種別、行動予測ができてたら?」
後ろにならぶ兵士の中でも一番無骨っぽい兵士へと話を向けてみる。「倒せたと思うんだけど、俺の思い違いかな?」
「もちろんです」
ムッとしたように応える。そうだろうとも。
「俺たちが協力することで、兄ちゃんたちはより速く、より強くなれると思うんだけどなぁ」
「協力しろということか?」
協力するのはこちらだ。恐らくはわかっているのだろうが、まだ対等だと認めたくないのだろう。この世界は立場というのは重要だ。どちらが上でどちらが下か。「平等や対等」という認識はあまりない。当然、俺としては兄ちゃんと対等でいい。なんなら、俺自体は兄ちゃんの下で良い。兄弟だしね。弟は兄に従うもんだ。だが、組織として見た時は別だ。
ここは俺たちの砦だし、そっちの一存でどうこうされるのは癪に障る。納得がいかないなら現実を突きつけるしかない。こっちが上で、そっちが下だと。できればそれはしたくない。
「さっきも言ったけど、こっちは別にバレてもいいんだよね。父上と母上には言ってないけど、それはその方が都合が良いってだけで、別に言っても問題ないし」
頼むぞ? これ以上は兄弟の立場に亀裂が入る可能性がある。もうちょいうまく話を持って行けなかったものかと内心後悔する。
「なるほど」
次兄が目を閉じ、大きく息を吐いた。
「互いに協力することで、俺たちは森への足掛かりとしての拠点、情報が手に入るという事だな?」
折れた。根は良い兄ちゃんなのだ。十六歳なのにこれだけ物分かりが良いのはむしろ大物なんじゃないかと思えてくる。
「うん。それだけじゃない。多少なりとも収入がある。装備や物資の支援もできるかもしれない。そこまで期待されても困るけどね……」
「一つだけ確認させろ。良からぬことを考えているわけではないんだな?」
「勿論」
ここは即答だ。彼女探しが良からぬことと言われればそれまでだが、ここで言ってるのは男爵家にとってという意味だ。そんなもんはない。
「信じるぞ」
さすがお兄ちゃん。頼りになる。一部の兵士たちは顔をしかめている。
「お待ちください! 我々と難民が協力し合うのは問題があると思います!」
苛立つように兵士が声を上げた。兄は良くても、残念ながら他が駄目だったらしい。




