23話 討伐
館の外からは数人の笑い声が聞こえている。難民は砦での生活が基本だが数名は館に通って髭親父の手伝いをしている。おかげで館の管理は十分すぎるほどだ。館内はピカピカだし、館外もかなり小綺麗になっている。畑の方も順調だが、新しく植えたニンニクはまだわからないとのことだが、トマトは順調らしい。気候の問題もあるだろうから大変そうだ。
館の方は問題ないが、砦側は不安要素がある。流した噂が功を奏して兄と北の家将が手を組んだらしい。北の男爵は絡んでないっぽいので恐らく独断だろう。この後、問題にならなければいいが、動いてしまったのでもうどうしようもない。
これで我が男爵家は援軍を得ることができた。つまり東の森の捜索第二陣の始まりである。それはつまり砦がバレる可能性にも繋がるのだ。今は猫耳と城に人足で入ってる連中で情報を集めている。どうも近日中には捜索を再開するとのではという事だ。なんなら今から始まってもおかしくないほどの雰囲気だそうだ。
「三若様」
うさ耳が声をかけてきた。先ほどまで外にいたはずだ。
「砦から報告が来ています」
「動きました」
うさ耳の言葉に被せるように背後から男が言う。
「そうか。砦に行った方がいいか」
行ったところで何ができるわけでもないのだが。
「砦の方がご報告は早くできます」
つまり、行けと。
「わかった。行こう」
俺一人でもいいんだが、うさ耳と髭親父も来るという事で準備をして砦へと向かった。当然ながら砦の中もいつもと変わらない。女子供はなにやら編み物をしたり、畑の手伝いをしたり、遊んだりと和やかな感じだ。最初こそ集会所内で報告を待っていたのだが、やることがなさすぎるし、ここだけ空気が張り詰めている感じがしたので、思い切って砦内を散策することにした。
ちなみに城では我が男爵家の兵士二十名、冒険者十名、北の男爵家の家将、息子、兵士十五名の総勢四十五名が森の捜索の為に集結しているらしい。是非とも頑張ってほしい。あと、こっちには来ないでほしい。
俺はというと前から気になっていた窯を見に来ている。鍛冶屋ってテンションあがるよね。鍛冶というよりは陶芸工房みたいな感じだ。鉄とかそういうのはやってない。小屋の中では数人の男が粘土を使って食器を作っている。ここで皿や壺といった物を作り外の窯で焼き上げるらしい。窯には常に火が入り、こちらも数人の男が汗を流しながら窯の管理をしていた。
「これ、お湯とか沸かせられないのか」
ふと、昔に読んだ本の記憶が甦り口に出した。昔の鍛冶屋では火を常に使い続けるのでその火の熱を再利用する形でお湯を沸かしていたらしい。それを使ってお風呂とかやってたとかなんとか。お風呂入りたい。
「水を沸かすのですか?」
窯を管理していた男が疑問を口にする。
「ああ、せっかく火を焚いてるんだからついでに水を沸かしてお湯にしたいな」
「はぁ、お湯にしてどうするんです?」
「浸かるんだ」
疑問符が張り付いているような顔をされた。この辺りではお湯につかる文化はない。とはいえ、温泉という文化はどこかにあるんじゃないだろうか。
「湯に浸かる地方もあるらしいぞ。一日の疲れが取れるとか」
本当にあるかは知らない。
「はぁ~。三若様はいろんなことを知ってるんですねぇ」
いや、この世界に温泉があるかは知らない。でもあるでしょ。火山が存在しないとかならなさそうだけど。
「んー、でも壺に溜めても人は入れませんぜ?」
なるほど。確かにそうだ。沸かす物も沸かしたお湯を溜める物もないのだ。
なんとかできないだろうか。窯の上に土で固めた湯沸かし機を配置、お湯を溜めるのは川の一部を隔離して少し掘り下げる。そこにやはり土の雨樋みたいなものでお湯を注ぎ込むとか。できるかどうかはわからないが、一応イメージを伝えてみた。不思議そうな顔をしていたがやってみるとは言ってくれたので楽しみにしよう。
「三若様。ご報告します。討伐隊は森に入りました。城側の丘沿いに進軍中とのことです」
背後から男が言う。やっと動いたらしい。男の顔からは緊張が伝わってくるが、こっちはまったく緊張感がなくて申し訳ない気持ちになった。
「わかった。よく報告してくれた」
一応、労っておいた。男が立ち去ると今度は別の工房へと足を伸ばす。ここは木の加工をしているらしい。中に入ると数人の男女が木を彫っていた。壁にはいくつかの道具が吊るされている。どこかで購入したのだろう。村だろうか?
「これはどこで仕入れたんだ?」
壁に掛けられた工具を手に取り聞いてみる。要はノミだ。
「市場で買いました。先日、鉄の製品が売りに出されていたので」
なるほど。市場か。
「村って鍛冶屋はあったか?」
「ありません。商人から購入するのが一般的ですね」
と、なると砦のほうが技術レベルは高いのか。鉄は無理だが土、木、骨の加工はできてる。
「鉄は難しいか……」
「前に頭たちが話をしていましたが、今は難しいみたいですね。ふいごとか窯の形も変えなきゃとかって言ってました」
「そうか。設備もだが、その為の知識もあるか」
鉄の加工をするためには、当然ながら鉄を溶かす必要がある。鉄が溶ける温度まであげられる設備がないとだめなのだ。単に木を燃やせばいいわけではない。
「鉄製品となると高いだろう?」
「まあ、そうですね。でも、ここで作った皿を売ったり、多少なりとも収入は増えてます。この前の魔物素材も売れたらしくて頭も喜んでましたしね」
魔物素材に関しても報告は来ている。残念ながら北の男爵は興味を示さなかったらしいが、話を持って行った商人が別のルートで売りたいと言い出してくれた。おかげで少なくない資金が俺の懐に入った。資金周りは館でうさ耳が管理している。うさ耳は我が家の大蔵省だ。尚の事、頭が上がらない存在になってる気がする。
「どうかされましたか?」
後ろをついてくるうさ耳を見たら視線が合ってしまった。
「いや、なんでもない」
今のところ報復を考えている様には見えないが油断は禁物だ。とはいえ、うさ耳に助けられている部分も多い。居ても困るが、居なくなられても困るという不思議な存在になっている。
「報告します。討伐隊が魔物と接敵しました」
先ほどとは別の男がいつの間にか立っていた。
「三若様。ご報告します。魔物の数は三。種別は狼と蜥蜴。前回の大熊らしきものも視認しています!」
立て続けに男が入ってきた。五月雨で報告が来ているという事は混戦状態という事だろう。そろそろ集会所に戻るか。
「三若様。こちらにおられましたか。報告の通りどうやら二若様たちの討伐隊は戦闘を始めたようです」
頭もきた。
「そのようだな。集会所に戻るか」
「はい。お前たちもご苦労だった。引き続き頼む」
頭に言われた男たちは慌ただしく砦を後にする。
集会所に戻ったものの、相変わらず静かだった。報告も特にない。三匹の魔物となると、中々の苦戦を強いられそうだがどうなんだろうか?四十五対三と聞くと楽勝な気もするが。
「ご報告します!」
大きな音と共に男が飛び込んでくる。
「討伐隊、勝利しました!」
なんというか他人事の様に感じて思わず、ふーんと言いそうになった。
「状況は? 負傷者はいるのか?」
頭が代わりに色々問いただす。
「死者一名。負傷者は数名とのことです」
「死んだのか」
思わぬ死と言う言葉に反応してしまった。
「冒険者の一人が死んだとのことです」
冒険者の一人が死んだ。知り合いではなかったことへの喜びはあるが、こうもあっさりと人が死ぬことに何とも言えない遣る瀬無さが沸き起こった。
「二若様の部隊が狼を打倒しました。他の魔物は森の奥へと逃げたようです」
兄の戦果は嬉しいが、北の家将は戦果なし。嫌な感じがした。
「わかった。引き続き討伐隊が城に戻るまで監視をしろ。気を抜くことなく無事に戻って来いと伝えろ」
「はい」
頭と男の会話をじっと見つめる。
「三若様。無事終わったようです」
「ああ、そうだな」
俺が参加したわけでもないので喜びはない。とはいえ、兄が活躍したのだから喜んでいいはずなのだがどこか喜べない俺がいた。この勝利は、むしろ厄介ごとの始まりに過ぎない――そんな気がしてならなかった。




