21話 相談
雨脚は弱まり、湿った空気が肌に纏わりつく。砦の集会所に足を踏み入れると、妙に張りつめた気配を感じ取った。頭も髭親父も、普段の軽口を封じ込めている。思っていた空気と違い、若干、腰が引けるのを我慢する。部屋に用意された椅子に座ると後ろにうさ耳が控え、頭たちは俺の前に整列した。
「三若様、報告がございます」
頭が重々しく言う。
「……なんだ」
「二若様が討伐隊を率いて森に入られました」
遂に入ったかとため息を堪える。
「うまくやってるのか?」
兄ちゃんもこっちもうまく行けば困ることはない。だが、期待も空しく頭が首を横に振る。背後に控えていた猫耳に場所を譲り報告を引き継いだ。
「数が多すぎるようです。うまくいっていません」
猫耳の言葉は重かった。想定している以上の魔物が小川付近に居たそうだ。いつもより多かったそうなので運が悪いとも言える。
「最初は善戦していましたが、数に押され負傷者が出始めました。盾部隊が怯んだ所に別の魔物が襲い掛かりました」
まさか、全滅とかそういう事じゃないだろうなと不安になる。
「申し訳ありません。介入してしまいました」
猫耳が申し訳なさそうに俯く。つまり助けたと。それは良いのではないだろうかと思ったが、もう一つの問題に気づいた。
「ここがバレたか?」
猫耳は首を横に振る。少しは安心できた。
手助けしたことはむしろ褒められる事だ。だが、ここがバレるのは不味い。時間の問題かもしれないが、可能な限り存在は知られたくない。なのでこいつらを責めることはできないのだが……どうも、手助けは想定外の事だったらしい。と、いうのも猫耳を中心に森の探索をしているのだが、今回はそれ以外の人員もいたそうだ。いつもと勝手が違う結果、今回の事が起きたと悔いている。
「専属化したほうがいいかもな」
全員の視線が俺に注がれる。視線が痛いとはこのことか。
「勿論、一人がなんでもできるに越したことはない。だが、やるべきことを専属化することで専門性が発揮される。効率化も図れる」
「たしかに……」
頭が頷いている。
「一方で属人化にも繋がるから注意も必要だがな」
「と、いいますと?」
「特定の誰かに依存しすぎると、いざ、という時に困ったことになる」
ふと過去を思い出し、自分で言っておいて少し耳が痛かった。
「まあ、いい。これで少しは森に入るのを控えるだろうし。ある意味良かったんじゃないか?」
思いつめられて萎縮されても困るのでフォローしといた。
「引き続き、城の行動は監視します」
思ったよりも深刻な話ではなかったのでこちらとしては問題ない。さて、ここからが本題だ。色々と相談したいことがある。金策と彼女探しだ。
「俺からいくつか聞きたいことがある」
「はい、なんでしょうか」
頭たちが姿勢を正す。若干、堅苦しさを感じたが口に出すのは止めた。
「まず、資金を稼ぎたい」
「なるほど、我らは三若様からのご厚意で生活をしています。いつまでも三若様のご厚意に甘えているわけにはいきません」
あ、いや。そこまでは言ってない。
「それは良い。今後何かにつけて動く場合にはまとまった資金が必要になるだろう。要は隠し財産だ」
何かとは言ってない。彼女への贈り物代とかデート代とかそういうのにも使うかもしれないけど。
「隠し財産」
全員が顔を見合わせる。
「必要なのは、俺たちだけで動かせる金だ。その為に資金を稼ぐ」
「しかし、どうやって?」
「方法はいくつかある。一つ目は単純に労働力による対価で稼ぐ。二つ目は物の売買で稼ぐ。そして最後に森で得た素材の売買とかだな」
二つ目と三つ目は同じ気がしたが気にしないでおく。
「そこまでお考えでしたか。なるほど」
できるだろうか? そこんとこ詳しくお願い。
「労働力という事であれば男爵家でも近々、城壁の改修作業があるとか。そこに人を出すという事ですね?」
「そうだな。うちだけじゃなくてもいい。近隣の……と、行っても北の男爵家ぐらいか。そこにも仕事があれば出してもいい。そういった情報があればだが」
「わかりました。おい」
「はい」
頭が後ろに立っている男に声をかける。どこにでも居そうな平凡な男だ。「金になりそうな仕事がないか。そこに人が出せるか情報を集めろ」と、頭が言う。
「はい、お言葉ですが……」
「なんだ」
「まともに働ける者は多くありません。それに居ても他に回されているので多くは出せないかと……」
「まともに動けなくても良いぞ」
頭と平凡男の会話に割り込む。驚いたような顔でこちらを見てくる。
「承知しました……多少無理でも働かせます」
あ、そっちで受け取ったのか。違う。そうじゃない。
「誰が無理やり働かせろと言った。チームでやらせるんだ。片腕しか動かなくても、健常者と組めば十分に力になる」
俺の言葉に不承不承で頷く。まあ、確かにいきなりうまく行くとは思えない。
「まずは土方作業が好きな奴。得意な奴を数人集めてやらせろ。慣れてきたらそいつを筆頭に数人でチームを作れ。勘違いするなよ。チームを組むのは一方的な助けの為じゃない。互いに助け合うのが目的だ。そして専属化されたチームなら意思の疎通も早い。傍から見れば健常者だけが欲しいと思うだろう。だが、チームが洗練化されれば一人でやるよりチームで動いたほうが効率が良い。実績を積んでいけばいつかは名が知れるはずだ。そのうち向こうからチームでと頼んでくるはずだ」
そうなると良いけどな。最初のうちは辛酸を舐めることも多いかもしれない。
「なるほど。すぐには結果は出ないかもしれませんが、良い案かと思います」
今度は力強い頷きが返ってきた。うまく行くかはわからないがイメージは伝わったようだ。
「ああ、それと覚えた技術や知識を大切にしろよ。それがチームの武器になる」
頭も頷いているので問題なさそうだ。失敗したらその時に考えよう。あとはローラー作戦ぐらいしか思いつかないが。
「次に売買だな。ここで取れた物を他所の高い所で売る。安く買ってもいい」
「商人のような事をするのですね。ですが……商人ギルドに所属している者がいません」
おっと、なんか出てきたぞ。ギルドか。
「ギルドか」
よくわかってないが、一応復唱しといた。誰か補足して。
「所属には一定の立場と実績が必要になると聞いています」
うさ耳が補足してくれた。ナイスだ。所属しないで売るとどうなるんだろうという疑問がある。
「ギルドからの制裁があります」
その言葉に俺は眉をひそめた。どうやら単なる組合じゃなく、逆らえば市場から締め出されるらしい。商工会とかみたいなもんか。これは無理せず従ったほうが良さそうだ。
「そうか。すぐには無理だな。協力してくれる人間を見つけるでもいいな。その時の為の情報を集めとくか」
残念ながらすぐにはできなさそうだった。
「魔物の素材を売ることはできないか?」
売買の条件がギルドの加入だとしたら、売れるものも売れないな。それは困る。
「魔物素材ですか。一部であれば個人での取引は可能ですね。北の男爵が錬金術に熱心ですので、売れるか確認してみますか?」
「できるか?」
「直接では相手にしてはくれないでしょう。商人や商人と取引している相手ならば、もしかしたら……」
魔物素材は基本的に冒険者ギルドの取り扱いになるそうだ。色々面倒だな。とはいえ、少量のやりとりならそこまで厳しくはないようだ。問題は商流が増えることでこっちの取り分は減りそうだが、そこは諦めるしかないか。無理しない程度にとお願いしておいた。
「最後だ」
少し間を置く。ここからが勝負だ。誤解を与える事無く、自然な流れで出会い系情報を得る。俺の交渉術を見せるときが来た。
「相手を知ること。情報を得ることは大きな価値があると言ったな?」
なぜかものすごく緊張する。心臓の音がうるさい。冷静を取り戻そうと噛みしめるように言葉を振り絞る。
「日々の情報収集の積み重ねも重要だが……手っ取り早くその情報を集められる方法がある」
「それは……?」
全員の顔つきが変わる。こいつらは情報の価値に気づきつつある。この流れは逆効果だったかもしれない。
「親族筋の情報だ」
頭たちは、きょとんとしたような顔をしている。ここからフリーの女性リスト情報へと繋げて見せる。やってやる。
「いいか、重要な情報というのは中々手に入らないこともある。だが、そういった情報でも親族関係というだけですんなりと引き出せる時もある」
若干、早口になった。論理は破綻していないはずだ。してる気もする。理解される前に押し切るしかない。
「つまり、我が男爵家の親族関係は重要な情報源になる可能性が高い。少しでも多いほうがいい。その為にも兄たちの縁談は俺たちにとっても重要だ。わかるか?」
わかってるよね? え、わかってないの? という空気を作ることで俺が正しいという流れになるはずだ。
「なるほど。たしかにそろそろご長男様は良い話もあって良いはずですね」
頭が頷いた。いい流れな気がする。
「なにかご存じで?」
頭がうさ耳を見る。
「いくつかお話があったとは聞いております。ですが……その後はどうなったのかまでは」
「わかりました。どこまで探れるかはわかりませんが、こちらでもお相手の情報を集めてみます」
いい流れだ。そしてここが勝負だ。
「話があった女性以外の情報も集めろ。可能性があるなら全部だ。その情報を俺に報せろ」
やり切った。俺はやり切った。
「承知しました」
数人からの視線が怪しい気がするが多分問題ない。これで出会えそうな女性リストが手に入る。




