20話 夢想
雨は好きだ。昔、学生自体に肉体系労働のバイトをしていたのだが、雨が降ると休みで嬉しかった。その体験があったせいでなぜか今でも雨の日は気分が良い。
雨の音を聞きながら思案に暮れる。繰り返される雨音はどこかリラックス効果があると思う。
さて、何を考えているかというと、今後の俺の目標についてだ。最近バタバタしていて忘れていたが、今後の俺の目標を決めておきたいと思っている。元々はこんなクソガキなので身の保障が最優先だった。いまではこんな別宅に住めているので及第点と言える。一番近い所にうさ耳がいるのは考えないようにしよう。
身の保障は万全ではないが当面の保障はできている……と、仮定して、今後何を目標に、いや楽しみに生きていくのかが重要になる。ほら、冒険者になるとか。あとはなんだろう。こういう時のお決まりがよくわからない。ああ、ハーレムとか?
俺は妻に先立たれてからも特に新しい女性と関係を築くことはなかった。もう五十を過ぎて今更な感もあったのも事実だが、恥ずかしながら妻以外の女性とお付き合いしたことがなかった。決してモテないとかそういうわけではなかったと思いたいが、自分から率先してそうしたいとも思ったことがなかった。勿論、一般男性並みに性欲は持っていたので、そういう妄想をしたことはある。
結婚してからは更にその感情はなかった。男の視点からするとつまらない男だったのかもしれない。女性から見てもそうか。そもそも一夫多妻制ではないし、愛人は倫理的に許されない。
なるほど、ハーレムか。
まだ十二歳になったばかりだ。これから多くの女性と出会うことになるはずだ。恋多き男性というのはある意味、今までとは真逆だ。この世界では倫理的にも問題はない。とはいえ、無理にする必要もない。
要は彼女欲しいって話だな。
そうなると出会いが重要になってくる。俺の人脈と言えば、この館、森の砦、あとは城か。城は論外だ。館もうさ耳と髭の奥さん、娘なので却下。砦は……女性の数は多いけどなぁ。うーん。こう考えると出会いがないな。お兄ちゃんとかお姉ちゃんは手紙が来るけど、俺には来ない。
出会いがない。
どうするか。王都に行くという手もあるが幽閉されている身で行けるわけもない。待てよ。今度お兄ちゃんお姉ちゃんの縁談が来たら俺もパーティーに連れて行って欲しいと強請るのもアリか。難しいか。わざわざ、俺を連れて行く事なんてないもんなぁ。
そうか、砦の連中は対象にできないけど、その情報力を使うのはアリではないだろうか。素敵な女性がいる場所を探し出して、その上で噂を流す。辺境に住む三男がどうも良い感じらしい。と。これなら現実的な気がする。実際に会ったら幻滅されて振られる未来もあるが、それは会ってみないとわからないはずだ。
よし、まずは情報を集めさせるか。んー、兄のお相手探しとか言っとけばいいか? 俺のせいで苦労しているようだからとか言って。
彼女が欲しいという明確な目標はできた。それを実現させるための手段も一応はある。次の問題はそう。デート代をどうするかだ。金は城からの援助であるにはある。ただし、現状はカツカツだ。居候がいるからな。多少なりとも自給自足はできているが、調味料系の購入を考えると支出がデカい。砦の方は髭親父が育てるまで待てと打ち切ることもできる。ただ、それをやった時にどうなるか……あの塩辛いだけの味に戻った瞬間に暴動が起きるだろう。俺なら起こす。人は生活水準を一度上げたら落すことへの抵抗は計り知れないはずだ。
では、どうするか。簡単だ。あいつらに稼いでもらうのだ。方法については色々あるだろう。
まず第一に単純な労働力として働いてもらう。要はバイトだ。求人数は少ないが、貴族の家では少なからず改修やら整備などの事業が発生する。その際に多少なりとも金銭を支払って人を雇うこともあるはずだ。問題なのは砦の多くが障害者という事だが、多少人選を考えれば労力という意味では問題ないはずだ。ただし、見た目で判断されて断られることもある。
チーム売りという方法であればやれそうな気はするな。いきなりは無理だが、土方が好きな人間もいるだろうし、そいつらを使って徐々にチームでの派遣とかすれば……知識も収入も増えるのでは? 今度相談してみよう。
次に情報を使った商売がある。さっきの労働力手法だと手短に稼ぐには少ないし、チーム売りするには体制ができていない。なので手短に、且つそれなりな額を稼ぐ方法としては交易という方法が考えられる。自分達で作った芋や豆、いずれはニンニクやトマトを高く売れるところで売るのだ。とはいえ、販路やら輸送手段を考えるとすぐには無理か……これも相談だな。
なんか、俺一人でなんもやれないな。
待てよ。この前見せてもらった魔物素材とかは売れないのだろうか? 見慣れない魔物の素材ならそれなりな金額で売れるのでは? わからないな。これも相談だな……
課題は多いが目標が彼女ができた時の為の資金稼ぎと思えばやる気も出てくるな。よし、砦に行くか。
やる気が出てくると行動にも変化が現れる。勇み足で一階へと向かうと小広間にうさ耳と男が立っていた。男は砦の奴か?
「あ、三若様。今、お呼びに行こうとしておりました」
うさ耳がこちらに小走りで寄ってきた。
「どうした」
「砦からの報告が」
うさ耳が男に顔を向ける。
「頭の命令でご連絡にきました。頭が砦に来ていただけないかと言っています」
なんかあったのか? どのみち行こうと思ってたところだったから別にいいけど。
「本来なら頭が来るべきところなのですが……」
どこか言いづらそうな顔をしている。別に言ってくれてもいいんだが、変な齟齬や誤解を生む原因にもなるので直接報告したいのだろうか。
「ふーん。まあ、良い。なら行くか」
「よろしいのですか?」
うさ耳が口を挟んできた。
「なにが?」
「三若様を呼びつけるなど……許されません」
え、どうした、うさ耳。そんな怖いこと言うなよ。俺も用事あるし、そこまでしなくてもいいだろうに。
「あー。ちょと俺も用事があってな。砦に行っておこう」
うさ耳の不満な様子は晴れない。なにか俺が間違ったか? と、思ったところで気が付いた。俺は貴族だ。そしてゴブリンの子だ。その前提があるのでここは「俺を呼びつけるなどどういう了見だ!」とか言って怒るべきだったのかもしれない。
「あー。お前も来い。ちょっと相談したいことがあってな……」
相談したいことなんてない。行かないといけない理由とうさ耳の立場も立てることで行く必然性を無理やり出してみた。……駄目か?
「そうでしたか……そういう事でしたらお供致します。私の配慮が足らずに口を挟んでしまい申し訳ありません。では着替えてまいります」
たぶん平気だったぽい。貴族って難しいな。




