15話 情報
難民との共同生活は、予想通りというか、予想以上にしんどかった。なにがって――芋である。朝も昼も夜も、とにかく芋。十倍に増えた人を食わしていくためには色々工夫するしかない。城からの援助で毎月それなりな額が渡されているらしいが、それでも贅沢なんてしたら一瞬で溶ける。なので焼き芋、煮芋、芋スープ。安価な芋のオンパレードだ。最初こそ、馴染みの芋や初めて見る芋とか新鮮だったが数日経つと代り映えしなくなる。辛い。
まあ、辛い話だけでもない。良いこともある。単純に人が増えたことで労働力が増えた。四肢欠損している者もいるがやれることはある。正直、無理に働かせるのは良くないんじゃないかとも思ったがそうでもないらしい。女性、子供、老人も我先にと仕事を探してこなしている。たくましいことだ。
次に獣人と呼ばれる奴らだ。純粋に身体能力が良い。獣人の中にも数人、体が不自由な奴もいたがそれでも一般人と同等の動きはしていた。同族に比べると劣るという理由で悔しそうな顔をしていた。
これだけ人が増えると色々混乱するかとも思ったがそうでもなかった。うさ耳と髭の奥さんが女、子供、老人を纏め、館内部の事はやってくれている。髭親父は体が不自由な人間を軸に館周辺を改修、整備してくれている。頭と動ける人間は森を行き来して忙しそうだ。
そんなこんなで館の中も庭も活気づいていた。少なくとも「幽霊屋敷」という呼び名は似合わなくなってきた。
俺はというと、やることは大して変わっていない。むしろやることがなくて気まずい。考えることは色々ある。まず、衛生面。人が増えると食べる量も増えるが出す量も増える。下水の整備が尚の事必須なのだが、どうしたものか。今度、髭親父に相談してみよう。あと石鹸はまだやれてない。相変わらず、うさ耳が持ってきてくれている灰石鹸を使用している。井戸も若干キャパオーバーな気もしているが、今のところ大丈夫そうだ。でも楽観視はできない。
結局、悩むだけで何一つ解決できないというね。“幽閉された三男坊”から“芋食ってるだけの無職”に立場が落ちていないか?
手持ち無沙汰もここに極まれりってな。やることもないので無駄に本なんか読んでたりするわけで、ああ、ちなみに読んでるのは子供向けの神話本ね。わかりやすいしストーリー重視な感じで読みやすい。
喉が渇いたので冷めたお茶を飲んでいると玄関周りが騒がしくなる。
「三若様」
頭が眉間に皺を寄せながら近づいてきた。背後には数人の男。空気がいつもと違う。
「ご報告が」
「何か掴めたか」
頭が俺の言葉に神妙に頷く
「よし、主だったものを集めろ」
俺に言われてもどうしていいかわからないしね。皆集めて皆で決めようぜ。
「はい」
数分程度で小広間は物々しい雰囲気に包まれた。前回同様、俺にだけ用意された椅子。小広間の左右に人が立ち並び、俺の前に頭がいる。
「結論を先に報告しますが、盗賊はいました。既に砦らしきものを作っています」
広間が騒めく。
「確かか?」
「この目で見ました」
「よく見つけたな」
「顔見知りの者が数名いました。彼らからの情報で森の奥、小川を越えた先にありました」
小川って言われても良く分からないが、ここは頷いておく。
「森の奥に小川があり、それを境に魔物の強さが変わるとか。その為、二若様たちも小川より先へは行かないそうです。……二若様の兵士の方がお話していました」
うさ耳が補足してくれた。さすが、うさ耳。できる子だ。
「と、なると。危険な場所では?」
誰かが疑問の声を上げた。
「その通りだ。実際に大型の獣の存在も確認できた」
頭が横に立つ男に目を向けると、場所を入れ替わり、俺の前に猫耳の男が立つ。
「砦から離れた位置に大型の熊の巣がありました。一つは子供もいます。恐らく繁殖期でしょう。もう片方は詳しくは確認できませんでした」
熊か。大型ってことは相当でかいのか?
「魔物か?」
「違うようです。魔力を感じませんでした。ただ、繁殖期なので相当苛立ってます。唸り声が聞こえました。危険です」
「そんなところに砦なんて築いたら襲われるのでは?」
もっともな疑問が出る。
「砦の位置は程よく離れているので縄張りから外れています。それに小川の中州にあるのであそこなら安全です。逆に言えばあそこ以外は考えられないという場所です」
絶好の隠れ場所ってことか。砦はそれなりな広さなのだろう。小川の中州ってそんなに広いのだろうか? 小川なのか、それ。
「他は?」
「私から」
頭が再び俺の前へと出る。「砦は建設中です。壁は半分ほど出来上がっています。門はありません。中には三十人ほどいます。奴らの目的ですが話によれば森の奥の魔物を狙っているそうです」
うん? 魔物退治? それだとむしろ歓迎なのでは?
「その上で男爵家も狙っているとか」
うちはついでかよ。
「一刻も早く城に報告を上げて討伐してもらうべきでは?」
髭親父が言う。もっともな意見だ。
「討伐できるか? 立地も数も相手が有利だぞ。言いたくはないが我々のような寄せ集めではないぞ。元々は二つの盗賊共が集まって一つになったらしい。どちらも少数精鋭で動いていた盗賊だったらしい。それなりに名が通った者もいるらしくてな。それでそいつも参加を決めたらしい。うまく行くと思ったんだろう」
カリスマ盗賊がいるのか。これから先も人が増えていくんだろうな。今のうちに潰しておかないと男爵家は終わりだな。
「だが、どうする? 我々ではどうにもできんだろう」
髭親父のもっともな意見に場が静まり返る。気が付けば全員の視線が俺に集まっていた。なぜ、こっちを見る。と愚痴ろうと思ったが、この場では俺が一番偉いんだったと気づき内心ため息を吐いた。
放置はできない。俺たちでは何もできない。数で負けてるし、数で勝ってても勝てるかどうかわからない。難民たちの実力も知らないのに無理はできない。とはいえ城の兵士でも勝てるかもしれないが、損害も出るだろう。それでもやってもらうしかないか……
「漁夫の利」
思わず口にしただけだった。だが、広間は一瞬で静まり返る。
「ぎょふ……?」
誰かが呟いた。全員が俺を凝視している。単に誰かやっつけてくれないかなという思いからでた言葉なのだが。
「俺たちには戦力がない。城の兵力はそれなりだが……損害は避けたい」
沈黙を破りながら言葉を繋ぐ。頷く顔がいくつも見える。考えがあって言ってるわけじゃないのだが、いまさら言葉は引っ込められない。
「なら、戦力があるところから借りよう。損害が出てもいい所からな」
「救援を呼ぶんです?」
城以外にないよね? と思ったところでふと考えがよぎる。
「違う。――苛立っている奴がいるだろう」
「熊を?」
「そうだ。繁殖期で気が立っている母熊だ。あいつを砦にぶつける」
広間にどよめきが走った。思いついた落しどころを言ってみたが、どうだろうか。ダメな気がするな。熊一体で三十人の盗賊が倒せるかというと疑問がある。
「いけるかもしれませんね」
頭の言葉に思わず凝視してしまった。いや、無理じゃね? と、ツッコミたくなった。俺が言っといて申し訳ないんだが。
「子供が居たと言ったな。それを使えばおびき寄せられそうだ。一体でも良い、数体なら尚良い、奴らは混乱するぞ」
頭が頷くように言う。そんなうまく行かないって。
「混乱の中、我らが動けば……」
同調するように別の誰かが言う。いや、こいつらはなんでそんなに乗り気なのよ。不確定要素多すぎだろ。止めよう。
「よし、母熊の状況をもう一度探ろう。その上で再度作戦を立てる」
俺が動くより先に頭が声を上げた。俺以外の全員が頷き部屋を出て行った。部屋から人がいなくなった後、椅子に沈み込む。
「……あれ、これまずくね?」
誰に言うでもなく呟いた声は、虚しく小広間に吸い込まれていった。




