14話 盗賊
人には得意とするものがある。運動神経が良いとか、歌がうまいとか。
目に見えない能力もある。営業力だったり、知識力だったりもそうだ。俺にもある。いや、あったという方が正しい。俺は五十代になるまでずっと一つの仕事を行ってきた。所謂技術職だ。そのせいもあって若干理屈臭いとはいわれるが、それは良い。その技術力や知識に関しては会社でも有名なほどだったと自負している。逆に言えばその技術が使えなければ技術力も知識も発揮できないという事だ。
つまり、今である。
専用の機材がないのでなーんにも役に立ちません。他? 何もないよ! 営業力も雑学もなにもない! 知識? スマフォがあるでしょ! ないなんて聞いてない! ああ、論理的思考は多少できるけど役に立ちますか? 立たなそうだな。
サバイバル知識とか農業とか歴史とかそういうのをもっと勉強しておけばよかったと後悔しています。そう、目の前の数十人の団体を目にして俺は現実逃避をしていた。
「三若様。言いつけ通りにスープを用意致しました」
髭の奥さんが大きな鍋をもってやってくる。その後ろには髭の親父もいて、手にはやはり大きな鍋。
「悪いな。食わせてやってくれ」
うさ耳と髭一家総出でスープの炊き出しである。鍋の中身は芋と豆を煮込んだだけの質素なスープでかさ増し品だったが、難民たちは湯気を浴びただけで顔をほころばせている。
口八丁手八丁だと自分を褒めればいいのだろうか。盗賊くずれの難民共を言いくるめて無事帰宅した。中々の騒ぎになった。まず髭の親父は俺たちが帰ってこないことを心配して城に報告しに行こうとしていた矢先だった。もしそうなっていたら今以上に大騒ぎになってたはずだ。髭の奥さんも俺たちの顔を見るなり泣き崩れて大変だった。うさ耳が良い感じでフォローしてくれた。
で、この団体である。俺たちが連れて帰ってきたこの団体を見て髭一家はしばらく固まって動かなかったな。いきなり居候が三十数人できましたって言ったらそうなるか。
さて、問題はこの後だ。俺はあいつらに生きる知恵を教えてやると言った。まずここではっきりさせておきたいんだが、そんな知識はない。俺の特技は専用機材を使ったお仕事なのでサバイバル知識も歴史的知識も持ち合わせないのだ。つまり彼らにとって価値ある知識は持ってない。
だが、ここで逃げるための嘘でしたといえばどうなる? 当然、彼らは怒り狂うだろう。その時、俺は本当に殺されるかもしれない。うさ耳だけでなく新たに三十名から命を狙われます。困った。
「三若様」
悩んでいると頭が話しかけてきた。「ありがとうございます」
そう言って頭を下げる。
「食った分は働いてもらうがな」
「はい、勿論です。まずは何をすれば……どこから情報を盗んでくれば?」
「焦るな。まずは屋敷の整備とかの手伝いをしていろ」
慌てて止める。知識とか、情報とかNGワードだから。もう何がなんなのかこっちもわかってないから。
「わかりました」
深々と頭を下げて戻っていく背中を見てため息しか出なかった。なにが。「知識を与えてやる」だ。思い出すだけで恥ずかしい。とりあえず、館の手伝いでもやらせておけばいいだろう。髭の親父に丸投げだ。
夜が明けて気づいたことがある。難民の中に見慣れない風貌の奴らが何人かいた。獣人と呼ばれるやつらだ。猫耳っぽいのとか、犬耳っぽいのとかそういうのだ。前から気になってるんだが、普通の耳ってないのかな? 俺らの耳のところはどうなってるんだろう? 示し合わせたように全員が髪で隠れてて見えないんだよね。
「三若様。全員に配り終わりました」
髭の親父が声をかけてきた。顔が怖い。押し付けたのはまずかったか。
「そうか」
俺からは話題には出さないでおこう。藪蛇は困る。
「数人から不穏な話が出ています」
顔を寄せて耳打ちしてきた。心臓がキュッとした。バレたのか? 実は何の計画もないという事が。思わず髭の親父を睨んでしまった。
「ご存じでしたか。どうされますか?」
マジか。マジでバレてんのか。どうするもこうするもない。何も持ってないのだ。
「東の森の奥となると男爵様にお知らせしますか?」
森って何の話だ。俺が騙してたって話じゃないのか。
「状況を把握してからだろう。焦って動く馬鹿がどこにいる」
とりあえず、ごまかす。
「確かに。申し訳ありません」
謝りたいのはこっちだ。話の流れが見えない。とりあえず俺の化けの皮が剥がれたわけではなさそうだ。東の森の奥で何かが起きているらしい。
「頭と動ける奴を何人か呼べ。中で話す」
「はい」
なんだろう? と首をかしげたくなる気持ちを抑えつつ家の中に入る。小広間では椅子と小さなテーブルが用意されていた。皆来るから長テーブルの方がいいんじゃないの?
「三若様。お茶のご用意ができております」
うさ耳に言われるがまま椅子に座る。俺だけの分だった。髭の親父と頭が入ってくる。その後ろから数人の男たち。
「連れてまいりました」
俺の前に髭親父と頭が立つ。その後ろに男たちが横一列で並んだ。なんか俺が偉そうに見えるな。貴族だからいいのか。
「詳しく話せ」
状況がわかっていないのでとりあえず話すように促す。何がとは言わない。
「私から報告します。別の盗賊団もこの付近に来ているようです。どうやら東の森の奥に居ついたと聞いてます」
なにそれ。怖い。
「確かか?」
「顔なじみの男が出入りしています。間違いないかと。そうだな?」
頭が後ろを振り返り言うと、「はい。間違ありません。数人がその話を聞いてます」と犬耳の男が頷く。
「その出入りしている奴ってのは誰だ」
匿名の通報だと誤報の可能性もある。身元の確認はしときたい。
「そこまで親しくはないですが……一時期、共に放浪していた奴です。途中でいい話があると言って抜けていきました。先日、たまたま出会って話を聞きました」
なるほど。難民仲間か。まてよ。
「そういう知り合いは多いのか?」
頭と男たちが顔を見合わせる。
「そうですね。俺たちみたいな家を持たずに放浪している人間はたまに協力したりするので……」
確かな情報とまではいかないが眉唾ではないと。
「どうしますか? 城に報告しますか?」
髭親父が言う。
「いや、まだだ。情報を集める必要がある」
恐らく盗賊が居るのだろうが、確証が欲しい。確証がないまま、報告して何もなかったら狂言を吐いたと怒られる。ゴブリンの子改め、狂言ゴブリンの子の誕生だ。
「なるほど……そういうことですね」
頭が納得したように頷く。
なるほどってなにが? 一人で納得しないで欲しい。ちゃんと言葉にして。
「そいつの話が本当かどうかがわからんだろう。信用できるのか?」
髭親父まで入ってきた。お前はわかって喋ってるのか?
「出入りしているのは一人ではない。何人かいるはずだ。全員から聞いた話を持ち寄れば……」
「信用性は増すか」
俺以外が頷く。俺もやっと理解した。そこに繋がるのね。難民の人脈から情報を探るってことか。なるほど。確かに良さそうだ。
「やれ」
「はい。では、早速」
俺とうさ耳を残して全員が慌ただしく動き出す。俺は何もしなくていいのだろうか? 不安だ。




