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辺境三若記  作者: 芳美澪
13/55

13話 交渉

盗賊と盗賊崩れの難民では決定的な違いがある。どちらも目的を達成したいのは一緒だ。


盗賊はその行程までも楽しむ屑野郎だ。奪う、殺す、犯す。そのすべてを嗜好したがる。だが、盗賊崩れの難民は違う。その工程はできればやりたくないはずだ。やらずに目的が達成できれば満足なのだ。つまり、目的が達成できて、したくないことをやらなくてもいい方法があれば飛びつく。……はず。


「助けてもらえるの?」


女がかすれるような声で言う。助けられるかは知らん。助かりたいのはこっちだ。


「おい! 騙されるな! 貴族の言う事を信じるのか!?」


頭と呼ばれた男が声を荒げる。残念ながらお前の仲間は目の前にぶら下げられた「助かる未来」に喰いついている。その証拠に男に同調する雰囲気はない。


「わしは反対だったんじゃ。こんな盗賊まがいのような事……」


老人の独白。その言葉でこいつらは一枚岩ではなくなったと証明したようなものだ。もう一押しか。お前らの考えなんて全部否定してやろう。俺が正しいと認めなさい。


「盗賊の何がいけないんだ?」


この場にいる全員の視線が俺に集中する。盗賊まがいの行動をしたくないって言ってる奴を否定したからな。


「盗賊の定義はなんだ?」


答えを待たずに次の質問を投げかける。


「ていぎ?」


「お前らを盗賊だと決定する理由だ。何をもってして盗賊だと言うんだ」


「それは…… 人様の物を盗むことじゃろう」


「そうだな。盗みは良くないな。なら、盗んでも問題のない物を盗むのなら?」


「そんなものあるわけないだろう」


「ある。それは情報だ」


「情報?」


「どこで何が起きているのか、誰が何を思っているのか。それが情報だ。それだけじゃない。村や市場の動きを知るだけで食い扶持は違う。誰がどこで何を余らせているか、それを知れば自分たちに有利な交換もできる。それは銀貨に引けを取らない価値のある情報だ」


誰もピンときていない。


「それを盗んでどうなるってんだ」


「俺が買う」


「は?」


「商売の基本は需要と供給だ。俺の需要をお前らが盗んで売る。良かったな。商売ができるぞ。飯にも困らない」


俺が何を言いたいかわかるか? わからないだろうな。だって、俺も良くわかってないから。とりあえず難しい言葉を並べて論破する作戦だ。論点のすり替えとも言う。すり替わってるのかも怪しいが。


「私らにも商売ができるの?」


「よくわからんな。何を売るんだ?」


俺の言っている意味のほとんどを理解していないだろう。だが、それでも希望ある未来を提示している。という事は感じているはずだ。俺の言葉のわかるところだけを聞きかじって何とか理解しようとしているのがわかる。


「すぐにわかる。俺が教えてやろう。それが生きる知識だ。その為の先行投資として当面の飯もくれてやってもいい」


わかりやすい現物を出す。明らかに目の色が変わった。


「騙されるな! 今まで何度も騙されてきただろう! こいつらはそうやって俺たちを騙すんだ!」


頭の男が叫ぶ。その通りだ。勘の良い頭は嫌いだ。だが、いける気がする。多数決取ったらもう勝敗は決まってる。民主主義じゃないから意味ないけど。


「なら、お前ならどうするんだ? 今日、明日の飯は良い。その後はどうする? こいつら全員を食べさせてやれるのか? どうやって?」


パパとママに身代金要求すれば数か月は食っていけそうだけど。ここは敢えて今日、明日と言う。


「それは……」


こいつらは生きるために安定した生活が欲しいだけだ。盗賊なんてやりたくないはずだ。


「俺ならできるぞ?」


頭と呼ばれた男が俺の目をじっと見つめてくる。


「お、お前なら俺たちを助けてくれるって言うのか?」


「ちょっと違うな。助けるのは最初だけだ。あとはお前たちが勝手に助かる。自分たちの力でな。依存するだけじゃない。自立するんだ」


「自立……」


頭の男が項垂れ呟く。


「頭……」


勝敗は決した。周りの連中は頭の正しい決断を期待している目だ。つまり、俺の力を頼る事を期待しているのだ。


決したよな? ここからちゃぶ台ひっくり返すとかやめろよ。もう俺の引き出しないからな。


長い沈黙が続く。男は項垂れたままだ。葛藤しているのだろう。信じるべきか、信じないべきか。その様子は男の握りしめた手から伝わってくる。是非とも信じてほしい。ここから挽回する術はもうない。我ながら良くこの流れに持って行けたと感心する。


ここでダメ押しだ。


「今後の商売に役立つ情報を先んじて教えてやろう。情報っていうのはな。鮮度が命なんだ。つまり時間との勝負だ」


全員を見回し、最後に頭の顔を覗く。


「わかるか? 時間が経つにつれ、その価値は下がるんだ。芋の値段が銅貨一枚だったという情報があるとしよう。鮮度が良ければ芋は銅貨一枚で買えるという事実だ。だが、時間が経つにつれ、状況は変わっていく。銅貨二枚になってたらどうなる? その情報の価値はゴミ屑同然だ」


腹に力を入れる。後ろ手に縛られて動きづらいが辛抱だ。


「お前は今、その価値ある情報を前に手をこまねいている。時間が経つにつれ提示された情報、知識の価値は変わるぞ」


「どういう意味だ……」


「今、俺はお前たちが生きていく価値のある情報を無償で提供してやってもいいと提案している。判断できずに無駄に時間をかけるなら無償ではなくなる。それだけの価値があるからな」


「脅すのか……これだから貴族は……」


「判断しろと言っている」


またしても沈黙。こいつもわかっているのだろう。このままでは駄目だという事が。だが、俺の言葉に従うべきか悩んでいる。また騙されるのではないかと。その判断は正しい。騙そうとしてるからね。そろそろ優しくしてあげるか。


「お前の決断で彼らは助かる」


先ほどとは違いゆっくりと優しく声をかける。男はゆっくりと仲間たちに振り返る。


「助けてやれ」


「……!」


男の肩が振るえる。そして振り絞るように漏らした。「力を貸して欲しい」と。

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