11話 村町
小鳥のさえずりと柔らかい朝日を堪能しながら村へと続く道を下っている。自然の中を優雅に歩いているだけでスローライフ感が最高潮だ。何一つとして成しえてないけど。
夕食の話題を聞いていて思った事がある。俺は一度も村に行ったことがないのだ。理由は様々だ。今なら行ってもいいんじゃないかと思って相談したら了承を得られた。うさ耳は若干、微妙な顔をしていたが見なかったことにしよう。遅くならない事を条件にこうして朝から村へと向かっている。うさ耳も一緒に。
村へと近づくとまず目につくのが畑だ。木の柵で覆われた広い土地に野菜が整列されている。なんの野菜かはわからない。全部芋に見えるけど、恐らく違うんだろうな。家屋も遠目に見えるがさほど多くなく、点在している感じだ。家と家の距離も遠い。
畑を通り抜けると井戸と広場らしきものが見えた。ここが村の中心か。洗濯をしにきているであろう女性やら、何をするでもなく集まって話をしている男女。それと、あれは荷車だ。芋を載せているようだ。城の市場に持ってくのかな?
「さ、三若様……?」
振り返ると一人の中年男性が声をかけてきた。誰だ、こいつは。
「なんだ」
偉そうにするつもりはないんだが、癖で偉そうにしちゃうな。
「おはようございます。お噂では幽霊…… あ、いや、村はずれの別館に住まわれてるって聞きましたが……」
「ああ、そうだ。なかなか良い館だぞ」
「そ、そうですか」
多少、驚いたような顔で納得した。なるほど、噂の真相を確かめようと声をかけたか。声をかけてきたなら都合が良い。こいつに色々聞こう。
「おい、あの芋は城に持ってくのか?」
「へ? ああ、はい。城に収める分と残りは市場で売る感じだな。あ、いや、です」
「ふーん。芋っていくらぐらいするんだ?」
「え!? いくら? うーん、いくらだ…… 銅貨一枚なんだろうけどなぁ。普通は物々交換だしなぁ…… おーい」
なるほど、お金で買うなら銅貨一枚と芋一個なのか、基本は物々交換と。男は近くのおばさんに助けを求める。あと、敬語じゃなくなってるぞ。
「あらあら、これは三若様。どうしたんですか?」
「芋がいくらか聞かれちまって」
「物々交換ですからねぇ。重さで図るので色々ですよ。昨日は人参十本と芋が五個で交換してました」
「ほう。例えば銀貨一枚だしたら?」
「銀貨!? そりゃ沢山交換してもらえますよ。ただ……最近は物騒でね。行商人も減っちまったし、前ほど市場も活気がないんですよ」
(なるほど、銀貨は芋の大盤振る舞いか。でもそんなに芋ばっかり要らんな)
「物騒ってのは盗賊とか魔物の話か?」
「ええ、そうです。魔物は森に入らなければ大丈夫そうですけど、盗賊かどうかはわかりませんが、普段見かけない人がいるって話は広まってますね」
「いつもより人が少ない気がします」
おばさんに同調するようにうさ耳が言う。
「ええ、子供たちも遊ぶなら村の中心から離れないようにと言ってあります」
たしかに、中心から離れると人がほとんどいなくなるから、何かあると危ないか。
「三若様もなにかあると危ないのでお早目に戻られた方が良いと思いますよ?」
ちらりとうさ耳を見ながら言ったのを俺は見逃さなかった。まあ、うさ耳可愛いからな。パッと見で狙うならこっちだろう。
「なるほど。わかった」
礼を言って村人たちと別れ、この後はどうしたものかと思案する。というのも特に見るものがないのだ。村の中央の広場から道は東西南北に伸びているが、西は別館。南は城、東は森、北は村の外。以上となります。見所も特にないので、できれば城の市場に顔を出したいところではあるが、いきなり顔出すわけにもいかないし、そもそも出しちゃダメな事ぐらいわかってる。
特に見るものもやることもないので近くの畑を眺めて終わった村観光だった。まあ、平和でいいといえばいい。
……そう思った矢先だった。
帰り道の先に、村人とは明らかに違う風体の男が立っていた。革鎧を身にまとい、腰には刃物。村人の農具とはまるで違う。立ち止まっているのも気に入らない。まあ、気にしてもしょうがないと歩を進めると、向こうも合わせて動き出す。嫌な予感がする。真昼間だぞ、と心の中で毒づく。
広場に戻ろうと振り返った――そこにも二人。どこから現れた? 道を塞ぐように迫ってくる。ちらりと横を見れば、うさ耳の顔は青ざめていた。
前の男も二人に増えている。前から二人、後ろから二人。あきらかに俺たちを見ている。前も後ろも塞がれた――
これ、アカンやつや。
呼吸が浅くなる。逃げ道を探そうと視線を巡らせる。畑に入るか? そう思った瞬間、背後から荒々しく腕を掴まれた。抵抗する暇もなく、口を塞がれる。横目に映ったのは、口を塞がれ必死に抵抗するうさ耳の姿。恐怖に見開かれた瞳が、こちらに縋るように向けられていた。
視界が乱れ、地面が揺れる。太陽の光が遮られ世界は暗闇に包まれた。




