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辺境三若記  作者: 芳美澪
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10話 夕飯

エンゲル係数という言葉がある。家計の消費支出に締められる食料費の割合を示す指標でこの係数が高いほど、食に対してどれだけお金を使っているかがわかる。俺はこのエンゲル係数が高い傾向にあった。外食好きだし。料理も好きだった。作るよりは食べる方が好きだが。


つまり何が言いたいかというと食事にはうるさいのよ。好きな食べ物は美味しい物。嫌いな食べ物は不味いものです。だからこそ、食事の時間はとてもとても大切だし、何を食べるか。がとても重要になる。


さて、ここで今晩の夕食をもう一度確認しよう。


小広間に置かれた長テーブルの上には質素なりにうさ耳や髭家族たちが頑張って作ってくれた料理が並んでいる。


主食は黒パンだ。村で買ってきてくれたんだろう。これはあまり美味しくないのだが、まあいい。副菜は芋と豆のスープだ。何味だと思う? 塩だ。出汁? なにそれ。塩一本勝負なわけ。それと塩漬け肉を炙った奴。これもその名の通り塩だ。しょっぱいです。


煮込み野菜もあった。香草が少し入っていて気持ち味変がある……が、やっぱり塩。


はい、塩分過多です。これだけで血圧が三割増しくらいになりそうだ。


まあ、そうだと思ったよ。俺の十二年間の記憶でもそうだったし、何を今更な感ではある。絶対的に改善する項目ではあるが、もう一つ問題がある。落ち着け、そう思いながら一口果実水を飲む。


問題点、その二。長テーブルに座って食事を取っているのは俺だけ。うさ耳と髭一家は壁際で立ってます。いや、城でも使用人たちはそうしてたけどさ、あっちは人も広さもあったからそこまで気にはならなかったわけよ。でも当社比十分の一の部屋でそれやられてみろよ。やり辛くてしょうがないわ。


「お前たちは後で食べるのか」


「はい」


うさ耳の困惑した視線と声。いや、わかるよ。何言ってるんだって事は。さてどうしたものか。


下がらせてもいい。そうすれば見られながら食べる、という地獄からは逃げられる。ただ、多少の給仕は必須だろうから、うさ耳は残るだろう。一緒に食べるという提案はどうか。これは絶対に受け入れられないだろう。そもそも貴族と平民が同じテーブルで食事を共にするなどあってはならない。夕飯の時にテーブルの上に座って食事しなさいって言っているようなものだ。


じゃあどうする? テーブルを分ける? ちゃぶ台方式にする? たぶん即却下されるな。命令しても同じことだろう。「ご乱心ですか三若様」って顔されて終わる未来が見える。となれば、もう俺が動くしかない。いや、これ絶対「また三若様が変なことを」と噂されるやつじゃん。


いや、待てよ。「ゴブリンの子」だからこそいけるんじゃないだろうか。一緒のテーブルは無理でも、同じ部屋に別の卓を置くぐらいならいいだろう。距離はあるけど、これなら俺だけポツンと食べるよりはマシだ。変な目で見られるだろうがポツンと一人飯するぐらいならそっちの方がいい。


よし、やるか。やるぞ。やるしかない。


意を決して、おもむろに立ち上がる。ギョッとした顔でうさ耳が見てくるが気にしない。たしか隣の部屋に良いサイズのテーブルがあったはずだ。


「三若様。何を」


「おい、手伝え」


髭の親父に目線を送りテーブルを出すのを手伝わせる。長テーブルといっても部屋全体を埋めるほどでもない。部屋の端に持っていく。全員からの視線が痛い。でも、いいの。俺はゴブリンの子だし。虐待しちゃう子だから。やるは一時の恥、やらぬは一生の恥だと言い聞かせ行動する。


テーブルのセッティングが完了したら今度は食事だ。俺のを少し分けようとも思ったが、あんまりやりすぎると恐縮が勝ってしまい食事にならない危険性もある。厨房にも鍋があるっぽいのでそれらを持ってこよう。


「三若様!」


うさ耳が必死に止めてくる。


「お前らも食え」


「ですが……」


「城とは違うんだ。さっさとしろ」


うさ耳、髭の夫婦は理性が勝っているのだろう。困惑している。だが、知っているぞ。息子と娘は腹が減ってるのだ。そっちに標的を移す。


「おい、食いたいだろう。手伝え」


さすがに困惑気味に両親の顔を伺う。


「一番偉い俺が言ってるんだぞ」


そう、僕が一番偉いの。その言葉を聞いた二人が我先にと手伝い始めたのでうさ耳と家族の食卓はあっという間に完成した。


「よし、食え」


「よ、良いのでしょうか?」


食べ始める子供たちを見ながら髭の奥さんも困惑中だ。もう一押しか。


「さっさと食え。見られながら食うよりましだ。お前もだ。俺の給仕は怠るなよ」


不承不承といった感じで髭夫婦も食卓に着く。うさ耳はさすがにまだ無理か。仕方ないので手を引いて無理やり座らせた。


「よし、やっとゆっくり飯が食えるな」


席に戻り食事を開始する。距離が若干遠目なのが寂しいのと、さすがに皆、気まずそうにはしている。子供を除いては。あとは夕飯の団らんでごり押しするしかない。


「材料は市場で買ってきたのか?」


この屋敷に着いたときに夕飯の食材はなかった気がする。


「はい、二人で買ってまいりました」


うさ耳が髭の奥さんの顔見ると、「安く買えたので良かったです。最近は何かと物騒なので値段も上がり気味ですし」


「そうなのか」


「東の森の魔物が活性化していると聞いております。後、盗賊の話も」


「盗賊?」と返した瞬間、髭の奥さんが声を潜める。「街道で商人が襲われたそうです。村の若い衆も夜は早く帰れと」


「私も聞き及んでおります」


そう言うと、会話の流れに慣れたのか、うさ耳も恐る恐るスープを口に運んだ。こちらをちらりと窺いながら――それでも、二口目をすぐに食べた。


やっと食った。若干、無理強いしたかと思ったがようやく食べ始めたのを見て一安心した。……うさ耳のもぐもぐタイムだ。


「俺も聞いた! いっぱいいるらしいよ!」


髭の息子が手を挙げてこちらを見る。「これ!」と、それを見た髭の奥さんが窘める。なぜ、手を挙げた。


俺から見て最奥のお誕生日席に髭親父、そのほかの四人が対面するように左右に分かれて座っている。俺に近い所に髭の奥さんとうさ耳がいる。なにかあればすぐに立ち上がって俺の給仕できるような席取りだ。さすがに気を使っているのがわかるがこれ以上は野暮ってもんだろう。

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