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辺境三若記  作者: 芳美澪
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1話 男爵

石造りの大広間は朝日が窓から差し込み淡い光に包まれていた。中央の長い木のテーブルにはパン(かご)やスープ鍋が並べられていく。メイドたちは粗相(そそう)がないように、それでいて慌ただしく動き、銀器の位置を何度も確かめていた。


執事に叱責(しっせき)され、慌てて戻ってきたメイドの手には一つのスプーン。置かれた瞬間、欠けていた最後のピースが埋まり、整然(せいぜん)と並ぶ食卓が完成する。


長い耳── 人ではなく兎のような耳を持つメイドが、ぴょこんとそれを揺らしながら深々と頭を下げた。それを見た執事は短くうなずくだけだった。


「ご当主様の御成(おな)りです」


扉が開かれると、辺境を治める男爵一家が優雅(ゆうが)な足取りで現れる。辺境男爵当主とその妻。その後ろに長男、次男、長女。彼らの立ち振る舞いには威厳(いげん)があり、出迎えるメイドたちに朝の挨拶を欠かさなかった。


 ただし、その後に続く男を除いては━━


 男爵が上座に腰掛け、妻と長男、次男、長女が順に席につく。そこに三男が甲高(かんだか)い声を響かせながら現れ末席(まっせき)の空いた椅子へ、何の遠慮もなく腰を下ろした。


「今日は肉が入っているのか?」


 挨拶もなく肉をねだる声が食卓の空気を冷やす。そんな言葉を聞き家族の目に一瞬の影が走る。それを見た男爵は軽く咳払いして場を収める。


「皆、揃ったようだな」


 家族を一瞥する。「では、食べよう」


 その声と共に男爵家の朝食が始まった。男爵と長男の皿に大ぶりな肉が盛られる。次男と三男の前には小さめな肉が置かれた。末席へと向かうに連れ肉の大きさも小さくなる。家族と言えど、そこには明確な差があった。


「東の森は騒がしいようだな」


 男爵の言葉に長男は姿勢を正し、「はい、村人から魔物の目撃報告がいくつか」と答える。


「負傷者は出ていないそうだが大丈夫か? 人を増やすか?」


「それには及びません。兵士はよくやってくれています。それに少ないとはいえ冒険者たちも集まっています」


「そうか。兵士を増やすとなればそれなりの理由が必要だ。東の公国が動き出せば理由にはなるが、ここ数十年動きはない。魔物が数匹程度では難しいな」


「問題ありません。それにわが兵の練度(れんど)は高く少数でも戦果を期待できます。そうだろう?」


 長男が隣の次男に目を向ける。


「おう。任せとけ。狼ごとき、俺一人でも十分だ」


 大口で肉を頬張りながら次男が応える。


「これ、喋りながら食べるのはおやめなさい」


 その様子を見た男爵の妻が(とが)めるが次男は気にせず食事を続ける。


「手紙は書いたのか?」


 その様子を呆れつつも男爵は長女へと話を向ける。


「はい、子爵(ししゃく)様の元へは書きました。本日中には伯爵(はくしゃく)様へのお手紙も書き終わります」


 たおやかな声で長女が応えると満足そうに男爵が頷くが、ふとその顔に(かげ)りがあることに気づいた。


「無理をする必要はない。良い話だとは思うが焦る必要もないのだ。まだ十四になったばかりだろう」


「主様の言う通りです。私たちも無理をさせるつもりはありません」


「お父様、お母様。ありがとうございます」


両親の気遣いに長女の笑顔が戻ると、男爵はほっと表情を緩めた。長女は王都でも『辺境の百合』と噂される美貌(びぼう)の持ち主だった。そんな彼女には多くの貴族から手紙というなの招待状が届くのだ。


「こんな不味いものは食べたくない!」


突如として鳴り響く甲高い声。その場にいる全員が顔を(しか)める。視線の先には肩を揺らし怒り狂う幼い少年がいた。少年の前に置かれた食器は見るに()えない現状となっていた。床には割れた皿や料理の破片が飛び散っている。


それはいつもの日常だ。その様子を見た執事が部屋の脇に控える少女へと近寄り耳打ちする。


三若様(さんわかさま)は興奮されておいでだ。なんとかしなさい」


少女は伏せた視線を上げることなく心の中で、(またか)とため息を吐きながら幼い少年に近づく。


「三若様」


声をかけた瞬間、少女の頬に小さな手が飛んだ。


「僕はこんなもの食べないぞ!」


少年がそう言いながら少女の胸を小さい手でぎゅっと掴む。その痛みに少女が顔を顰めると少年は先程の怒りを忘れ優越感の笑みを浮かべる。これもいつもの事だ。少年は気に入らないことがあると少女に苦痛を与えてほくそ笑む。


「お、許し下さい」


「うん? なんだ? 聞こえないな」


そう言いながら少年は手に力を込める。自身の力加減で、少女の表情を変えられる事に喜びを感じている。


「ふん。もういい! 部屋に戻る! いくぞ!」


苦痛に耐える様に顔を伏せた少女を見て少年は吐き捨てた。これで終わりではない。当たり前の様に繰り返される地獄がこれから少女を襲う。その事を思うだけでこの場にいる全員が目を伏せる。少女は幼い主人の後を付き従うしかなかった。


「さ、さあ、食事のつづきをしようか」


少年と使用人の少女が去った部屋でこの屋敷の主が声をあげる。その声に誰も応えることはなく重苦しい空気のまま食事が再開された。


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