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第8話 尋問の時間です

 私の「出張害虫駆除に行ってくる」という言葉に、アレクは呆然と立ち尽くしている。

 さっきまでの、私の助力を得られなかったことへの絶望とはまた違う、純粋な畏怖と困惑がその表情には浮かんでいた。


 まあ、彼女の気持ちも分かる。今まで面倒くさそうにスローライフを語っていた女が、森が燃やされたと聞いた途端、魔王みたいな雰囲気を醸し出し始めたのだから。


 でも、私にしてみれば至極当然のことだ。

 自分の家が燃やされそうになって、黙って見ている人間がどこにいる?


「アーマーさん」


「はっ。何なりと」


「お茶の準備をお願い。多分、5分くらいで戻るから」


「……承知いたしました。本日のお茶菓子は、昨日収穫した木の実のクッキーでよろしいですかな?」


「ええ、お願いするわ」


 そんな日常的な会話を交わす私とアーマーさんを、アレクは信じられないものを見るような目で見ている。


「モフ」


「グルル……ワフン!」


 私の足元で、モフが「僕も行く!」とばかりに戦闘態勢に入っていた。全身の毛が逆立ち、その体躯が心なしか一回り大きく見える。

 喉の奥からは、地響きのような唸り声が漏れていた。やる気満々だ。


「あなたはダメ。お留守番して、アレクとバッシーのこと、お願いね」


「クゥ~ン……」


 途端にしょんぼりするモフの大きな頭を、ぽんぽんと撫でてやる。


「いい子だから。すぐに戻るわ」


 さて、と。

 準備は万端だ。


「それじゃあアレク、ちょっと行ってくるから。お茶でも飲んで待ってて」


「え、あ、はい……って、ええ!?」


 アレクが何かを言い終える前に、私は地面を軽く蹴った。


ドゴォォォンッ!!


 ソニックブームが巻き起こり、足元の地面が蜘蛛の巣状に砕け散る。私の体は弾丸となって空を翔け、あっという間にアレクたちの視界から消え去った。

 残ったのは、あまりの衝撃波に尻餅をつき、口をパクパクさせているアレクと、静かにお辞儀をするアーマーさん、そして「行っちゃった……」と寂しそうに空を見上げるモフだけだった。


――そして、文字通り、数秒後。


 私は燃え盛る森の東端に降り立った。

 着地の衝撃で周囲にいたゴブリン数体が吹き飛ぶ。


「うわ……ひどい……」


 目の前に広がる光景に、思わず眉をひそめた。

 木々は無残に黒焦げになり、魔物たちの下品な笑い声と、森の精霊たちの悲鳴が聞こえてくるようだ。


 オーク、ゴブリン、ジャイアントワーム……王都に向かっていたというだけあって、種類も数も豊富だ。

 その数、ざっと見て数千はいるだろうか。

 彼らは、侵略者である私に気づくと、一斉に敵意を剥き出しにして襲いかかってきた。


「……はぁ」


 私は一つ、息を吐く。

 その息は、絶対零度の冷気となって周囲の大気を凍らせた。


「私の庭で……よくもまあ、これだけ派手にやってくれたわね」


 手に持った『万能調理ナイフ』を、ゆっくりと構える。

 さっき試し斬りした時は、力を入れすぎてしまった。今度は加減をしないと。

 食材……いや、害虫がミンチになってしまったら、後始末が面倒だ。


「まずは……露払い、っと」


 ナイフを横薙ぎに一閃。

 ただし、刃は使わない。刀身の腹の部分で空気を叩くように。


ゴウッ!!!


 振り抜いた軌跡から真空の刃が放たれた。

 それは扇状に拡大しながら森を駆け抜け、射線軸上にいた魔物の軍勢を、木々を傷つけることなく綺麗に両断した。


 一振りで全体の三分の一ほどが沈黙する。


「……うん、こんなものかな」


 手応えは上々だ。やはり、いい武器は使い手の腕を上げてくれる。

 残った魔物たちは、一瞬、何が起こったのか分からずに固まっていたが、やがて恐怖に支配され、我先にと逃げ惑い始めた。


「逃がすわけないでしょ」


 私は逃げ惑う群れの中で、一際大きな体を持ち、やけに豪華な装飾の鎧をつけた魔物――おそらく、この部隊のリーダーに狙いを定める。


 生活魔法『バインド・ルーツ』。

 地面から無数の木の根が飛び出し、リーダー格の魔物を除く、全ての魔物たちの足を絡め取って動きを封じた。


 これで残るはボス、ただ一人。


「さて、と」


 私は、恐怖に顔を引き攣らせているリーダーの前にゆっくりと歩み寄った。


「あなたと少し、お話がしたいの。どうして私の庭で焚き火なんてしようと思ったのか、聞かせてもらってもいいかしら?」


◆◇◆


 その頃、リリの家では――。


「……」


 アレクは家の外で、ただ東の空を見つめていた。


 リリが飛び立ってから、まだ数分も経っていない。

 しかし、東の空は、まるで昼間のように明るく輝いたかと思うと、大地を揺るがす轟音が何度も響き渡り、そして、今は不気味なほどに静まり返っていた。

 さっきまで見えていた、森を焼く煙も、いつの間にか消えている。


「……終わった、のか……?」


 数千はいたであろう魔物の軍勢が?

 たった数分で?


 もはや、アレクの常識は、雑巾のように絞り尽くされて一滴の驚きも残っていなかった。


「アレク様。お茶が入りましたぞ」


 背後からアーマーさんが静かに声をかける。 


「ああ、ありがとう……ございます……」


 アレクがどこか虚な様子で振り返ると、その視線の先に、森の奥からゆっくりと歩いてくるリリの姿が見えた。

 その手には、何かを引きずっている。


「ただいまー。ごめん、ちょっと掃除に手間取っちゃって。7分もかかったわ」


 そう言って、悪びれもなく笑うリリ。

 そして、彼女は引きずってきた『何か』をアレクの足元に、ポイっと無造作に放り投げた。

 ボロボロになった鎧を身につけ、失禁して気絶している、角の生えた将軍と呼ばれる高位の魔物だった。


「ごめんね、お待たせ。それじゃあ、早速尋問を始めましょうか」


 お茶請けのクッキーを片手に、リリはにっこりと、悪魔のように微笑んだ。

 アレクは、もう何も考えるのをやめた。

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