歳の差なんて気にならないのに。
年下の男の子が可愛いなぁ・・と思って出来たお話です。
「早く元気になって・・そして僕のお嫁さんになってね」
もっと早くに思い出していれば私は幸せになれたのかな?
忘れていたこの言葉を思い出した時、この言葉をくれた彼はこの国から出て行った後だった。
五年前、エイドン・ラブナー侯爵子息様の方から申し込まれた婚約を今日一方的に解消されたのだ。
「彼女のお腹に俺の子が宿った」
と言って。
式の準備の真っ最中に。
ただでさえ婚約から四年以上も待たされた挙句、やっと式の準備に取り掛かった所なのに・・
もともと女性に対してダラシない人。とは知っていたがまさかこのタイミングで言われるとは思ってもいなかった。
「子供に罪はございません。わたくしは承知致しましたが後の事はお父様にお任せしたいと思います」
エイドン様は満足そうに頷き、私を見送る事もなく別れた。婚約を結んでから四年半。
「これで完全に行き遅れね。こんな私を嫁にもらってくれる家門も無いでしょう・・」
私は馬車の中から流れて行く景色を眺めていた。不思議と涙は出てこなかったけれど、あの時エイドン・ラブナー様と婚約する事を決めた自分に腹が立った。
もし戻れるのならあの日、あの時に戻りたい。そうなれば家族にこれ程の迷惑も屈辱も味あわせなかったのに・・
五年半前
「姉上!すごく綺麗です!」
目をキラキラ輝かせながら私を見ているのは弟のバンと、遠い親戚のフレッドだ。
今日は私の社交会デビューの日。
この国では男子十八歳、女子十六歳で社交会デビューする。
我が家の爵位は子爵位。いずれバンの為に少しでも高位の貴族と縁付くため、社交会で顔を売らなくてはならない。
「リーシェはすぐに結婚するの?」
「良い相手が現れたらそうなるわね。お父様次第だけれど・・」
「もし、現れなかったら僕が結婚してあげるよ!」
フレッドの言葉に私の準備を手伝ってくれているメイド達も、思わず手が止まってしまう。
見るとホッコリした顔をしている・・
「ありがとうフレッド。でも貴方が十八歳になった時私は二十四歳よ?さすがに結婚していると思うわ」
フレッドは えー!と、あきらかにガッカリした顔をしていた。
まだ幼さが残るフレッドだが、成人したらきっと男前になるだろう片鱗はあった。
年の差が一つ二つならきっと両親たちも喜んで婚約しただろが、残念ながら私とフレッドの年の差は六歳もあった。
世間的にこの差の夫婦もいるが、再婚同士か後妻。もしくは本当の政略結婚ならば・・いない事もない。
男と女が逆ならば沢山いるが・・
( さすがに無いわよね・・)
私は二人に見送られながらお父様にエスコートされ王宮の会場へと足を運んだ。
婚約者がいる人は婚約者に。
いない人は父親や兄や従兄弟にエスコートされる。
「リーシェもやっと成人だが、私からしたらまだまだ子供。もう少し側にいておくれ」
会場までの間、目に涙を溜めながら伝えて来たお父様に抱きつきたくなったが、さすがにそれは出来ず諦めた。その代わり
「私の相手はお父様にお任せしますわ。お父様がお選びになった方なら私、幸せになれると思いますから」
そう心からの笑顔と言葉に、その日はずっとお母様と一緒にお父様の涙を拭いていた。
王様王妃様からお祝いのお言葉を頂いた後、目が腫れたお父様とのダンスは違う意味で心の中に残った。
デビューから数ヶ月。
お母様と一緒にお茶会に参加したり、夜会に出席したりとそれなりの日々を過ごしていたある日、
「リーシェはどんな人がタイプなの?」
「えっ?タイプ?」
お母様と刺繍を刺していると突然バンとフレッドが押しかけて来た。
フレッドは我がコートル家の遠い親戚にあたるが、ノーマン伯爵様とお父様が学園時代に親友となり、またバンとフレッドが同じ年に産まれた事でお互いの領地を行き来する仲になった。
今回はノーマン夫人が十年ぶりに懐妊し、フレッドをこちらで預かる事となった。
「んー、タイプと言われると難しいわね。貴方達以外の男性とは知り合う事も無かったし・・」
そう考えながらこんな旦那様だったら良いなぁ〜と思う人を思い浮かべた。
「お父様やフレッドのお父様であるノーマン伯爵様かしら?」
「「 え〜!!何で? 」」
「だって、お母様と夫人にお優しいもの。私のお相手も私を優しく愛してくださる方が良いわ!」
そう二人に話しかけると
「僕もリーシェの事大切にするよ!愛は・・良く分からないけど」
と可愛い事をフレッドが言ってくる。
ふふふっ。と思わず微笑んでしまう。
フレッドはそんな私の態度にプー!と両頬を膨らませるが、そんな顔も可愛いとしか思えない。
フレッドの頬をツンツンと突いていると、
「嬉しい事を言ってくれるね!」
「リーシェ嬢にそう見られてると思うと嬉しいような恥ずかしいような」
入って来たのはお父様と伯爵様だった。
「お父様!」
「お父様どうされたのですか?まさかお母様に!」
バンとフレッドが同時に叫ぶ。
いやいやと顔を横に振ったのは伯爵様。
「フレッドに妹が産まれたよ。お母様ももちろん元気だよ。それでね、お母様がフレッドに会いたがってるから迎えに来たんだ」
「「 まぁ、おめでとう御座います 」」
伯爵夫人はたしか三十歳になられたと・・
伯爵様も口には出さなかったがフレッドを呼びに来た事を思うと、お産が大変だったのだろう。
帰りたがらなかったフレッドを説得したのはバンで、夫人が起きられるようになったら全員で会いに行くと言ったら
「絶対だよ!絶対みんなで来てよね!」
と、笑顔で伯爵様と共に帰って行った。
一月後、起き上がれるまでに回復した夫人と赤ちゃんに家族全員で会いに行った。
腕に抱かせてもらった赤ちゃんはとても小さくてそして、とても暖かかった。
「フレアって言うの!僕が名前を付けたんだよ!」
フレッドが嬉しそうに教えてくれた。
お母様にも抱いてもらおうと振り向けば、お母様は夫人を抱き締めながら喜びを口にしていた。
この時代のお産は命がけ。まして三十歳を過ぎたお産は更にリスクが高いため、女性が三十歳を過ぎたらほとんどの家が避妊をする。
そう考えると夫人の妊娠はギリギリだった・・
後継者がいれば男性も避妊するが、そうでない家は離縁し後妻を迎える。
昔は側室がいたそうだが後継者争いからお家が潰れてしまった事が多くあり、前王が即位した際に側室も撤廃された。
なので現王も王妃一人である。
フレッドの妹フレアはとても可愛かった。髪の色と瞳の色はフレッドと同じで伯爵様似だが、顔の作りは夫人だった。
私はその後も夜会やらお茶会に参加し、それなりに交流に努めた。
どうしても高位の爵位の方たちとは縁を結べなかったが、伯爵令嬢や子爵、男爵の令嬢と仲良くなれた。
そして社交シーズンも終わりに近づいたある日
「リーシェ、ちょっと良いかい?」
お父様が部屋に入って来た。
見ると後ろにはお母様もいる。
私は両親をソファーの二人席へすすめ、メイドにお茶を頼んだ。
「実は・・君に縁談の話が直裁来たんだ。」
「?直接とは・・釣書では無くてですか?」
お父様が頷いた。
お話は王宮で働くお父様の元に直接尋ねて来られたと。そしてその相手が・・
「ラブナー侯爵なんだ。侯爵の子息エイドン殿との婚姻の話を持ってこられた」
「ラブナー侯爵家のエイドン様・・ですか」
あまり良い噂を聞かない方だった。
女性に対しダラシないと、伯爵令嬢が言っていた。
実は伯爵令嬢の所にも縁組の話があったが、彼女のお父様が断ったと話してくれた。
( 彼女のお父様は伯爵位だが、叔父が侯爵家のため断れたのだと・・そんな方からの縁組、しかも相手は高位貴族・・我が家では断る事なんて・・)
「私たちはリーシェの意思にまかせるつもりだよ。その、ラブナー侯爵家エイドン卿はあまり良い噂を聞かないから・・」
一応私の意見を聞いてくれるが相手は侯爵家。
このまま断るのも立場的に良くない・・
「お父様お母様、私一度ラブナー侯子にお会いしますわ。お返事はその後に・・」
「・・そうか、わかった。侯爵にはそのようにつたえるよ」
私は答える代わりに頷くと、両親は黙って部屋から出て行った。
ラブナー侯爵家エイドン様には不特定の女性がいると社交会でも噂になっている。
侯爵夫妻が一生懸命にお相手を見つけるも自分の好みで無ければ簡単に断り、そのお相手に見せつけるように他の女性と仲良くする。
(今回も侯爵様が勝手に申し込んできたから、断られるわね。そしたらバンとフレッドを連れて領地にでも行こうかしら)
そう思いながらエイドン様と会ったが、なぜか思った以上に会話が弾んだ。傍には女性もおらず、本当に噂の方なのか?と。替え玉を使われたのか?と疑った程だ。
常に紳士的な対応に私も安心してしまった。
( この方となら結婚しても大丈夫ではないか?)と・・
そしてエイドン様と会った一月後。
意外にも送られて来た返事は 「喜んでリーシェ嬢と婚約します」 だった・・
「姉上!本気であの男と婚約されるのですか?!僕は嫌です!あの男の事を兄上と呼ぶのは、絶対にイヤです!!」
「バン、言葉が過ぎるわ。ラブナー侯子は侯爵家のご嫡男よ。次期侯爵様に「そんな事関係ないです!」
私の言葉を遮ったのはフレッドだった。
「リーシェは良いの?そんな理由で決めて!」
「二人とも聞いて?貴族同士の婚姻は愛情よりも家同士の結び付き重視よ?貴方達もいずれ相手を・・」
私の言葉を最後まで聞かず二人は部屋を飛び出して行った。まだ十歳、私の言葉を理解するにはまだ早いわね。と思いながら軽くため息を吐いた。
私とエイドン様の婚約式はそれから三ヶ月後十七歳に執り行われ、晴れて私は婚約者となった。が、まさか婚約しているのに遊び癖が治らないとはその時思いもしなかった。
なぜなら、二人きりで会ったのは一番最初に会った時だけで、その後は常に他の女性が一緒だったのだ。
「二人で会うのも三人で会うのも同じだろ?」
婚約して半年後、思い切って伝えた気持ちに対して返ってきた言葉がこれだった・・
四年後
今夜はある子爵家のガーデンパーティーに参加している。
「姉上!」
呼ばれて振り返ると早歩きで近づいてくるバンの姿があった。
バンは後少しで十五歳となり、後三年で成人する。
夜会などの夜のパーティーは成人してからで無いと参加出来ないが、昼間のパーティーならば十四歳から参加出来るのだ。
そして、来年からは王都にある学園に三年間入る事が決まっている。
「今日もエイドン様は・・」
私は苦笑いを浮かべながら首を横に振り、視線をホールの中央へと向けた。
それにつられてバンも目線を移動し・・
チッ!!
と舌打ちをした。
「相手は誰ですか?」
「あら!バンにしては気付かなかったのかしら?今回の令嬢は長いのよ?半年以上になるかしら?」
ホールの中央で誰の目も気にせず踊っているのは、婚約者のエイドン様と男爵令嬢のシャーリー様だ。
私の知る限り半年以上の仲で、ここまで一人の人と付き合ったのも初めてだった。
「彼女は・・まぁ、お似合いの二人ですね」
何かを言いかけたが、私に気を使わせない為か?言葉を濁した。
婚約を結んで四年、私も二一歳を迎え貴族令嬢としては行き遅れとなった。本来なら婚約を結んでから遅くても三年で式を挙げるのだが・・
ラブナー侯爵家としては直ぐにでも迎え入れたいと言っているが、当のエイドン様の腰が重いようで話が進まないと。
私の両親は口には出さないが
「リーシェなら他にも貰い手があるから心配しなくても大丈夫。嫌なら嫁に行かなくても!」
と言ってくれている。
実際にエイドン様と婚約してから二人きりで会ったことはこの四年で一度も無い。
待ち合わせれば必ず当時お付き合いしている女性を伴い、夜会に行けば私以外の令嬢をエスコートしている。
プレゼントなど貰ったこと無ければ手紙も無い・・
私はそんな訳にはいかないから、プレゼントも手紙も贈ってはいるが・・私との結婚が嫌ならばハッキリして貰いたい。このままズルズルされて、直前で解消などされたらそれこそ笑い者だ。
私だけなら良いがコートル家に被るのは困る。
(バンの婚約に支障をきたす事は避けないと・・)
もしそうなれば私は頃合いを見て、領内にある修道院にでも行こうとは思っているけれど・・
「ほら見て、またコートル令嬢はお一人よ」
「あら、エイドン様は例の・・」
最近では隠しもせず私に聞こえるように噂する令嬢が増えてきた。
バンも気を使って私をその場から離れるよう促してくれるが心の中ではどう思っているのだろう。
「リーシェ!バン!探したよ!」
声を掛けられて振り向くと、十五歳になったフレッドが手を振りながらこちらへと歩いて来た。
フレッドは少し会わない間にすごく背が伸びて、私より頭一つ分は大きくなっている。
最近では身体も鍛えているのか、バンと同じ歳なのに年上に見える程だ。
「でも顔はまだ幼いのよね・・」
「幼いって言うな!」
「それ言われたくない言葉だぞ、姉上」
心の声が出ていた事に気付き慌てて手で口を塞ぐ。
フレッドは昔みたいに私を口説く言葉を言わなくなった。エイドン様と婚約しているから仕方ないが少し寂しい気もする。それにしても・・
「う〜ん、フレッド?貴方への令嬢からの熱い視線が痛いのだけど・・」
伯爵家の中でも高位に当たるノーマン家の嫡男は、気付けば伯爵譲りの体格に夫人に似た優しい雰囲気の甘い顔になっていた。
フレッドもバンと同じで来年から学園へ入ってしまう。もしかしたら卒業後には私はラブナー家に嫁入りしているかも知れない・・
「リーシェ、僕と一曲いかがですか?」
紳士的に誘われた私は断る理由も無いため
「よろこんで」
フレッドの手に自分の手を重ねた。
「えっ?エイドン様が重い腰を上げたんですか?」
王宮から帰ったお父様が、今日ラブナー侯爵より半年後に式を挙げるからそのように準備を進めてほしいと言われたと・・
「そう・・ですか。半年後なんてまた急ですこと・・そのように準備しなければいけませんね。明日、マダムに連絡を入れますわ」
明らかに肩の力が抜けたお母様が口に出す。
「声を掛けられた時はてっきり解消の話かと思ったんだが・・」
お父様もお母様も態度に出過ぎですわよ?
このままでは娘は行き遅れになってしまうのに・・
その日から半年後の式に合わせて準備に取り掛かった。それなりに忙しい日々を過ごしていたある日、バンと共に私の元に訪れたフレッドから驚く事を聞かされた。
「来週から隣国へ留学する事が決まったんだ。いや、行く事は決まっていたんだけど・・言い出せなくて」
「えっ?学園へ行くのでは無かったの?どのくらい行くの?途中で帰って来られるの?」
あまりの突然に声がつまる。
「一応三年だけど、場合に寄っては五年くらいになるかも知れない」
「どうして黙ってたの?来週なんて何も用意出来ないじゃない・・」
今からでも何か渡せる物が無いか考える。
物は・・必要な物は揃えてあるだろうし、衣類も隣国に合わせるから必要最低限しか持って行かないだろうし・・
うんうん悩んでいると
「面倒で無ければハンカチに刺繍を刺してもらえないかな?」
「・・・そんな物で良いの?」
「うん、出来たらイニシャルを・・」
「お安い御用だわ!」
そう伝えるととても嬉しそうにお礼を言って帰って行った。私はメイドに白のハンカチと刺繍箱をすぐ持ってくるように伝える。
「姉上、白色のハンカチとは別に緑色のハンカチに茶色の糸でイニシャルを刺してくれないか?」
「それは構わないけれど・・」
バンに言われ緑色のハンカチも用意するように伝える。
「・・姉上は隣国の風習を知るべきですね・・」
バンの独り言は私の耳には届かなかった。
フレッドにハンカチを渡したのは出立の前日。挨拶に来てくれた時白いハンカチ十枚はラッピングし、緑のハンカチは直接手で渡した。
フレッドは驚いた顔をしながら受け取ってくれたが、私の態度が普通だったのでバンの方を見た。バンは肩を上げながら両手でジェスチャーし、まるで( 残念だったな)と言わんばかりの顔をしていた。
「これに意味が無い事はわかったけど嬉しい。ありがとう、大切にするよ」
フレッドはそう言いながら私の額にキスをした。その顔がまるで愛しい人を見つめるような優しい眼差しに、私は初めてフレッドを男として見てしまった。のかも知れない・・
フレッドが隣国へ旅立ってから思い出すのはフレッドの眼差し。
( フレッドはいつから私の事をあんな目で見ていたのだろう・・)
いつもフレッドの眼差しを思い出すと寝付けず、やっと眠れるのは夜がふけてからだった。
結婚式の準備とバンの学園への準備や入学と、忙しい日々を送っていたある日、私は疲れから熱を出し寝込んでしまった。
[リーシェ、リーシェ!辛い?大丈夫?こんなに熱があるのに僕は何も出来ないんだ・・]
これはいつの記憶?
そう言えばエイドン様と婚約してまもなくの頃、私は思う事もあり一人で散歩に出た。
朝晩が寒くなり始めた夕暮れに・・
そして私は見事に体調崩して寝込んでしまったのだ。部屋に誰かが入って来た気配で目を覚ましたが、高熱で目を開ける事は出来なかった。
[ リーシェ、早く元気になって・・。ねぇリーシェ?僕のお嫁さんになって欲しいんだ。僕はリーシェとの年の差なんて気にしないよ。僕がもっと、リーシェを守れるように大人になるから]
あれは・・
あの言葉は・・
「思いだした・・」
なぜ今なのだろう・・
もっと早くに思い出していたなら・・私は・・
気付けば日は真上まで登っていたが、私はその日もベッドから起き上がる事が出来なかった。
「申し訳ありませんエイドン様。もう一度仰っていただけますか?」
突然エイドン様に呼び出された私はメイドを連れて指定されたレストランへ足を運んだ。
やっと私を伴侶と認めてくれたのか?と、少し嬉しく思った私は通された部屋で立ち尽くした。
「何を立ったている?早く座れ!」
そう言われ意識を戻した私は、入り口すぐの椅子へ腰掛けた。
エイドン様は私の真向かいに座っており、何故か隣には例の男爵令嬢がエイドン様に寄り添うように座っていた。そして・・
「彼女に私の子が宿った。婚約は解消する」
「・・・すでに式の準備は進んでおりますが・・」
「式はそのまま彼女との式にするから問題ない。仕方ないだろ?彼女のお腹には後継ぎが宿っているんだ。まさか君はこの子を私生児にするつもりか?」
まさか彼女とそんな仲になっていたとは・・さすがの私もこれ以上はもう無理と判断した。
「お腹の子に罪はありませんわ。私は承知致しました。しかしこれは家同士の事。後は父に任せます。それで宜しいでしょうか?」
エイドン様は黙って頷くと私を追い払うように手を振った。私は最後に淑女の礼をとると直ぐにレストランを後にした。
そしてすぐ王宮にいるお父様に手紙を書いた。
結果、その日のうちに私とエイドン様の婚約は無くなった。もちろんエイドン様に問題があったので式の準備に掛かった金額と、賠償額をラブナー侯爵家へ提示した。
侯爵も息子に全て非があり、また後継ぎが出来た事で特に揉める事もなく婚約は無事に解消された。
婚約を結んでから丸四年半の事だった。
バンから直ぐに手紙が届いたが、バンも学園へ入ったばかりなので私の事は心配しないように。また、フレッドにはこの事は伝えないようにと手紙を書いた。
私は直ぐに領地へ向かった。表向きは療養・・だ。
社交シーズン前だったが誰も何も言っては来なかった。
ラブナー侯爵は令嬢を正式にエイドン様のお相手と紹介していた。と、お母様からの手紙に書いてあったが、私はその事に対して特に思う事もなくゆっくり心身を癒す事が出来た。
三年間で私は領地の経営を学んだ。
もちろん社交会には顔を一度も出していない。
学べば学ぶほど結果が付いてくる事がとても楽しかった。もちろんそれには領地にいる者たちが頑張ってくれているおかげだ!
フレッドからはたまに手紙が届いたが、バンが内緒にしてくれていたからその事には全く触れられて無かった。
秘密にする必要は無かったがあの日の事を思い出してしまってから、自分の中でフレッドの存在が大きくなっている事に気付いてしまい・・
「きっと今頃は彼も向こうで良い人が出来たかも知れないわね・・」
「誰のこと?」
誰もいないと思って出した言葉に対し返事が来た時は冗談抜きに心臓が止まるかと思った。
「姉上久しぶり!こっちに来てそろそろ三年経つけど・・向こうにはいつ帰って来るつもりなんだい?」
バンも十八になりこの度めでたくも婚約が整うこととなった。
相手は同じ子爵家の令嬢で、社交界デビューの際に知り合ったそうだ。
「バン、すっかり紳士になって。そうね、貴方の婚約者にも挨拶したいし・・貴方の婚約式に合わせてあちらのお屋敷に行こうかしら?」
「うん、彼女も姉上に会いたがってるから喜ぶよ」
バンの顔を見れば幸せなんだと感じられて嬉しかった。バンは主席で学園を卒業し、今はお父様の部下として王宮で働いている。
まだまだ新人だが真面目で頭の回転も早いから、近い内に部署変更するだろう。とお父様からの手紙には書いてあった。
そして一月後、私は三年ぶりに王都へと足を踏み入れた。夜会には参加するつもりは無いが、久しぶりに会った友人達はみな結婚して子持ちだった。
それぞれに手紙でのやり取りはあったが会ったのは三年ぶりだったので、話は尽きなかった。
「そう言えばリーシェ、エイドン様の話は聞いたかしら?」
元伯爵令嬢( 今は伯爵夫人)が言い出した。
私は顔を横に振る。エイドン様の事は知らせないで欲しいと言っていたから、誰も知らせないでいてくれた。
「知りたい?今どうされているか」
「・・そうね。もう三年過ぎたから・・今はお幸せに過ごされていらっしゃる?」
そう聞き返すも皆の顔色は良く無かった。
聞くとエイドン様の奥様が産んだお子は男の子だった。さぞかし侯爵家の皆は喜んだだろう。
だが産まれてきた子は
「この国では珍しい黒髪に黒目だったの」
「黒髪に黒目・・?」
全員が頷いている。
それって・・
「夫人はエイドン様と関係を持ちながら、他の男性とも関係していた。って事ね」
エイドン様は直ぐに離婚と大騒ぎしたが、この先新しい人が来る保証も無いため実子として国へ届けたそうだ。
その後二人の関係が良くなる訳でもなく、またエイドン様の評判も悪過ぎた為に夫婦は社交会に顔を出せなくなったらしい。
みんなと別れた後、私は複雑な気持ちになった。
あの時夫人が妊娠して無ければ、私は今も一人寂しく社交会に立っていただろう。
愛する事も愛される事もなく・・
そう思えばエイドン様には申し訳ないが私としては良かったと思ってしまう。
「さて、会いたい人達にも会えたし、私もそろそろ準備しなくちゃね」
お父様お母様の為にも、バンと婚約者の為にも、行き遅れた私がこの屋敷に、領地に居続けるのは良く無い事だ。
バンの婚約式が終わったら修道院へ行こう。
そこで皆の幸せを祈りながら過ごそう。
バンの婚約式の前に両家の顔合わせがあった。春も終わりに近い少し暑い日だったが、吹く風が気持ち良かった。
バンと婚約者のエリィさんはとても幸せそうに笑い合っていた。そんな二人を見て更に私の気持ちは固った。
「リーシェ何を言い出すの!?まだ貴女だって結婚出来るわ!」
「そうだよ姉上!何で修道院なんて!」
お母様とバンが驚いて声を荒げてきた。お父様は静かに私の言葉を待ってくれている。
「そうは言っても私も二十五歳よ?話が来ても後妻か訳ありの方だわ。だったら皆の幸せを祈りながら静かに過ごしたいの」
私の言葉を聞いたお母様は黙り、お父様も黙って考え込んでいた。
ただ一人納得がいっていないバンだけは、
「僕もエリィも姉上の事をそんな風には思っていない!修道院に入るなら今まで通り領地に居てもらっても構わない」
捲し立てるように言ってくる。
バンの気持ちはとても嬉しいが、それでも家族の負担になる事には違わない。
私は静かに頭を振った。
「とにかくバンの婚約式まで少し時間がある。リーシェはそれまでの間一つくらいは社交会に顔を出しなさい。別れの挨拶はしないといけないよ」
「・・わかりましたわ、お父様」
次の日からお母様は、私のドレスとバンの礼服作りに精を出した。
( 終わったらドレスを売って、そのお金は修道院に寄付しよう)
最後の親孝行と思いその日からお母様と一緒に行動した。
そして、バンの婚約式直前の最後の夜会。
その日は親友の伯爵家での夜会だった為、親友全員が出席すると連絡をもらった。
「姉上、準備は出来た?」
「ええ、お父様に伝えてくれる?」
メイド達が腕をふるってくれたおかげで、社交会デビューの日を思い出す出来栄えだ!
「姉上のこんな明るい顔は、アイツと婚約して以来初めてだ!」
そう言って手を差し出してくる。
私は顔を傾けると
「今夜は俺にエスコートさせてくれ。(じゃ無いとアイツに怒られる)」
最後の方は何を言ったかわからない。
「エリィさんは良いの?」
「もちろん彼女の了承は得たよ!最後の夜会だからって・・」
「そう・・悪い事したわね。会場に入ったらエリィさんの所に行ってあげてね」
「ああ、姉上を任される人に渡したらな!」
「??」
お父様の事かしら?と思いながらバンの手を取り、玄関まで向かうとお父様とお母様が眩しい物を見るような顔をした。
「どうかしら?」
「ああ、お母様の若い頃を思い出すよ」
「素敵よ、リーシェ!」
家族に褒められて久しぶりに照れてしまった。
もしここにフレッドがいたら・・と考えたが、彼はまだ隣国に住んでいる。あり得ない事を考えても仕方ないと思い、私たちは馬車に乗り込み夜会会場へと向かった。
バンにエスコートされ会場へ入ると・・あまりの豪華さに言葉を失った。会場全体も明るく調度品も見るからに異国の物ばかりだ!
「こちらの伯爵家は異国との貿易で成功しているんだ。確か・・夫人は姉上の親友では?」
「ええ・・ええそうね。話では聞いていたけれどここまでとは思っていなかったわ」
バンと共に主催者の元へ向かう。
主催者夫婦は来客の対応に忙しそうだ!もう少し後で挨拶しようとおもったが、彼女が私の存在に気づきこちらに向きを変えようとした瞬間・・
「リーシェ!今までどこに隠れていたんだ!」
バンとは反対の腕を思い切り引っ張られた私はバランスを崩しそうになった。
「姉上!!」
慌ててバンが支えてくれたが今だに手を離さないその手は
「ラブナー侯子・・」
「そんな他人行儀な言い方はよせ!」
「お言葉ですがラブナー卿。手を離すのはそちらです」
エイドン様がバンを睨むが私の腕を離すつもりは無いようだ。ギリギリと思い切り握られ顔が歪んでしまう。
エイドン様は昔の煌びやかな雰囲気は全く無くなっており、今の生活がどれ程荒んでいるのかが分かった。
「今までどこにいたんだ!お前に何度も手紙を出したんだぞ!」
「手を・・手を離してください。手紙の事は知りませんし、もう侯子と私は関係無いではありませんか?」
バンが離そうとしてもエイドン様は離そうとしない。その内騒ぎに気付いた周りが騒ぎ出す。
主催者である伯爵が親友の夫人を伴ってこちらに向かって来た。
「エイドン卿、貴方に招待状を出した記憶は無いのだが?早くその手を離すんだ」
友人も心配そうに私を見ている。
「伯爵に迷惑をかけるつもりは無い。リーシェに用があるだけなので直ぐに会場から出て行きます」
さあ、と私の腕を引っ張ろうとする。
私も足を踏ん張らせるが男の力に勝てる訳もなく、またバンも痛がる私に対して無理強いも出来ず困っていた。
「エイドン卿、コートル嬢の手を離すんだ!」
「伯爵様には関係無い事、リーシェと二人で話したいだけなのです。リーシェ、二人で話がしたいだけなんだ!頼むから一緒に来てくれ!」
親友は泣きそうな顔で私の元へ来ようとしたが、伯爵様に止められていてるため身体が震えている。
これ以上親友に迷惑をかけられない。私は仕方なく頷くとバンの耳に
「そこのバルコニーに行くから、少ししたら迎えに来てちょうだい」
と伝えるとバンは仕方なく頷いた。そして、
「エイドン卿、貴方と姉はもう無関係だ。力づくでどうにかしようとは思わないで欲しい」
「うるさい、わかっている!リーシェ、来るんだ!」
皆が心配そうに見ているが、誰も止めようとはしない。私は引きづられるようにバルコニーへと連れ出された。エイドン様はそこでやっと私の腕を払いのけるように離すと
「なぜ返事を寄越さなかった?」
私はエイドン様から距離を取りながら強く握られた腕を摩る。
「俺からの手紙、本当に読んでいないのか?」
少しずつ距離を縮める彼に、私は頭を縦に振りながら後ずさる。
「そうか・・、じゃあ今から俺が言う事に首を縦に振るんだ、いいな?」
「それは!・・聞いてからで無ければ出来ません」
チッ、と舌打ちをするとまた距離を縮めてくる。
手すりに身体が当たるとエイドン様に囲われるような形になり、逃げようとしたが抱きしめられてしまった!
「離してください!!」
「俺は騙されたんだ!あの女に、俺だけだと言っていたのに!産まれてきた子供は俺に似た所が一つも無かったんだ!!」
エイドン様の身体を押すがびくともしない。
「やめて!離して!」
「あの女とは離縁する!だからリーシェ、俺ともう一度婚約・・いや、結婚しよう!」
言われた言葉に驚き過ぎて一瞬動きが止まってしまった。
「ごじょうだんを・・」
「冗談なもんか、本気でリーシェと結婚する。周りは俺が、俺の所に来る女は居ないと言うんだ。なぁリーシェ、良いだろ?」
「貴方が、貴方の方から私との婚約を解消したのではありませんか!」
「だから言ってるだろう?俺も騙されたんだって」
何を言っても話は通じずただ私を離さないように抱きしめている。
エイドン様と婚約していた時は一度もされる事が無かった抱擁。あの時は少なからず憧れた時もあった。
普通の婚約者同士の馴れ合いに、もしかしたらという期待も・・
だがそれも昔のこと。今はただ気持ちが悪い。
「私の中にはもう侯子はおりません。結婚どころかこういった触れ合いも嫌なのです!!」
「なっ!!行き遅れの年増のくせに!!」
そう言われながら思い切り押し倒された私は、手摺りに身体をぶつけながら倒れ込んだ。と、思ったのに誰かの腕の中に収まっていた。
「ラブナー卿、貴方は変わっていませんね・・」
聞き覚えの無い声だったが相手はエイドン様の事を知っている様な口ぶりだった。
声の主は優しく私を抱えると立ち上がらせながら
「大丈夫?怪我はない?」
と、優しく聞いてきた。
私は頷き
「助けてくださりありがとうございます。おかげで怪我はしておりません」
ドレスは汚れてしまったけれど・・
「おまえは誰だ?今私は彼女と二人きりで話していたし、彼女は私の相手だ。馴れ馴れしく彼女に触るな!」
エイドン様の手がまた私の方へと伸びてきた。私は無意識に身体を縮こませたが、
「痛い!!」
「ラブナー卿、元・・の間違いでは?」
私に伸ばされた手は、私の目の前で男性の手によって弾かれていた。
エイドン様は弾かれた手で拳を作りながら震えている。
「若い頃さんざん女性を蔑ろにしておいて、自分がされたらその態度・・同じ男として呆れるの言葉しか出ませんね」
「なっ!貴様に俺の何が・・」
「では、貴方に愛する人を奪われる男の気持ちがわかりますか?」
「なに?」
私は男性の腕の中に囲われていた為表情は見えなかったが、声色からして怒っているのはわかった。
おそらくだけどこの男性も愛する人をエイドン様に奪われたのだと推測できた。
そう、エイドン様と婚約していた時期にも何度か
「貴女があの男をしっかり繋ぎ止めていれば、彼女もあの男に騙される事が無かったのに」
「お前に魅力が無いせいで、私の魅力的な彼女が狙われたんだ!」
と、色々と言われてきた。
「貴方が色々な女性に手を出している時、今の貴方のように苦しんだ男性がいた事を貴方はしっかりと受け止めなければならない」
男性の言葉が終わると同時に扉が開き伯爵様と騎士たち、それとバンがバルコニーへと出てきた。
エイドン様は
「俺は悪く無い!寝取られる男が悪いんだ!」
「ならば尚更貴方は、寝取られた男の気持ちを知るべきだ!」
男性の言葉にとうとうエイドン様は黙り込んだ。そして騎士たちに両腕を引かれながら外へと連れて行かれた。
私はエイドン様が遠ざかるのをホッとしながら見ていた。
「ところで・・いつまでそうしているつもりなんだ?フレッド」
えっ?
「久しぶりに帰って来たと思ったら挨拶も無く・・姉上を離せ!」
バンの手が男性から私を引き離す。
「そのおかげでリーシェが怪我しなくて済んだだろう?」
男性は困ったような素振りで両手のひらを肩まで上げる。
私は二人の会話を聞きながらもマジマジと男性を見て・・
「フレッド?あの・・本当に?」
最後に会ったのは今から三年前で確か十五歳。その時は私よりも背が高く体付きも良くなっていたが・・
今私の前にいる男性は背は更に伸び、しっかり鍛えているのか服の上からも分かる筋肉質な体付き。
声も顔も大人の男性となっていて・・
「とても、魅力的な紳士になったのね・・」
「リーシェにそう言ってもらえて頑張って鍛えたかいがあったよ」
私の心の声にフレッドは笑顔で答えてくれた。
友人夫妻もフレッドが来る事を知っていたようで、友人は泣きそうな顔で私を抱きしめると
「リーシェ、また後日ゆっくり話しましょう」
と、伯爵と共に会場へと戻って行った。
バルコニーにはいつの間にか両親もおり、フレッドは深く頭を下げた。
「お久しぶりでございます。子爵、夫人」
「立派になったね。お父上はお元気か?」
「はい、祖父が亡くなり慌ただしく爵位継承の準備に追われています。落ち着いたら父から子爵へ手紙が行くと思います」
お父様は そうか、楽しみにしているよ。 と伝えるとフレッドの肩に手を置いて何やら耳打ちをするとお母様を連れて会場へと戻って行った。
バンはフレッドを見ていたが
「姉上が嫌がったら諦めろ!」
と言い残し、不安そうに見ていた婚約者のエリィさんの元へと戻った。
フレッドは自身の上着を私の肩に掛けると手を引き、バルコニーから庭へと案内した。
庭には見事なバラが咲きみだれており、フレッドにエスコートされるままに東屋のイスへ腰掛けた。
「リーシェ」
フレッドは片膝を付くと私を見上げるような姿勢をとった。
「フレッド?!イスに座って?」
フレッドは頭を横に振ると、私の両手を包み込むように自分の手を重ねた。
いつの間にこんなに大きくなったのだろう・・
フレッドの手の大きさ、温もりに心の中が騒ぎだす。
「リーシェは今も僕との歳の差を気にしてる?」
優しい眼差しに更に騒ぎだす。
「僕は小さい頃から、お嫁さんにするならリーシェと決めていたんだ」
「そんな・・だって貴方は伯爵家の跡取りで、しかも名門貴族。逆に私は普通の子爵家の六つも上の・・」
自分で言って恥ずかしくなる。
フレッドの伯爵家は代々王宮でも宰相も務め、何代か前には公爵令嬢が降嫁されている程の名門だ
「そんなの今更だよ?俺はずっとリーシェだけ。それは父上も母上も知っている」
私は俯いていた顔を上げるとあの日、留学へ行く前日に見せたあの優しい眼差しでフレッドは私を見上げていた。
「君のご両親にも、僕の両親も君の気持ち次第と認めてくれた。
だからリーシェ、僕のお嫁さんになってください。僕は歳の差なんて気にしない。気にした事なんて一度も無いから。お願い・・」
「だって私・・もう二十五よ?貴方にはまだ若くて素敵なご令嬢と出会うチャンスが・・」
フレッドは微笑みながら私の顔に優しくハンカチを当てると
「僕がリーシェを好きになって何年経つと思っているの?確かに忘れようとした事もあった・・でも出来なかった。留学先でも綺麗な物を見ればリーシェを思い出し、美味しい物を食べればリーシェにも食べさせたいと思った。
僕の中からリーシェを追い出す事なんて出来なかったんだ」
見ると見覚えのあるハンカチが目に写り、思わず手に取ると・・
「これ・・は・・」
あの日、バンに言われ別に刺繍した緑のハンカチだった。
フレッドは恥ずかしそうに
「リーシェにこれをもらった時本当に嬉しかったよ。すぐに違うとわかったけどね」
「ハンカチに何か意味があるの?」
フレッドは恥ずかしそうに私からハンカチを受け取ると、顔を赤くしながらこう言った。
「僕が留学した国では、女性から贈られるハンカチにはこんな意味があるんだ」
私はフレッドの言葉を聞き逃さないよう耳を傾ける。
「相手の瞳の色のハンカチに自分の瞳の色の糸で相手の名前を刺すことは・・その、貴方の事をずっと見つめています」
「・・・」
えっ?それって・・
「あっいいんだ!リーシェにそのつもりが無いのはバンから聞いていたし!」
慌てふためくフレッドのおかげで冷静になれた気がした。確かにこのハンカチを渡した時はフレッドに対してこの気持ちは無かった。
でも今は違う。
今素直にならないでいつ素直になるのだろう。
フレッドは言ってくれたじゃない、ずっと私の事を想い続けたと・・
だったら私も・・
「その通りよフレッド。私、そのつもりで貴方にこのハンカチを渡したの」
フレッドの動きが止まり私と目線を合わせる。
「貴方への想いに気付いたとき、貴方は隣国へと旅立った後だったわ。フレッド、私も貴方の事がす」
「待った!!待ってくれリーシェ!!」
最後の言葉を伝えようとした直前、フレッドの手で口を覆われた。
見るとフレッドの顔から首から耳まで真っ赤だった。
「この先は・・俺の口から伝えたい。
リーシェ、貴女の事を愛しています。貴女としか結婚したくない、どうか・・私のお嫁さんになってくれますか?」
六つも年上の女を想い続けてくれたひと。
貴方への気持ちに気付き、でも蓋をした三年間。
「わたし、幸せになっても良いのかな?」
「もちろん、一緒に幸せになろう、リーシェ」
その言葉を聞き、もう悩む理由が無くなった。
「ええ、ええフレッド!喜んで!!」
そう言ってフレッドに抱きつくと、優しいキスを額、頬、鼻へ落とされ、最後はお互いの唇へ・・
そこからのフレッドの動きは早かった。
次の日には両親へ挨拶に来た。もちろんバンにもだ!お父様たちはフレッドから何通も何通も手紙が送られて来たと言った。
もちろんエイドン様との婚約が解消した後からだと言っていたからバンが教えたのだろう。
家族はもちろん喜んでくれた。
フレッドの両親からは
「もうフレッドが十歳の頃には言っていたんだよ。僕のお嫁さんはリーシェちゃんだけだよ!って」
今私の横には義妹になるフレアちゃんがいる。
今年九歳になるフレアちゃんはすでに淑女教育を受けていた。
なぜなら・・
「フレッド・・私聞いてないわ。貴方のお祖父様がコンフォート公爵様だったって事・・」
「だってあの頃の僕はノーマン伯爵家の嫡男だったからねー。確かに父上はコンフォート公爵家の嫡男ってのは言ってなかったけど、リーシェの両親は知ってたよ?もちろんバンも」
そう言いながらフレッドは嬉しそうに私の髪をいじっている。
そうなのだ!
フレッドのお祖父様である前コンフォート公爵が亡くなり、その嫡男であるノーマン伯爵がコンフォートの名を継いだ。
そしてその嫡男であるフレッドが結婚を機に伯爵位を継承した。
「わたし・・公爵夫人なんて出来ないわ・・」
目の前にクッキーを出されても口にする気にもなれない。フレッドは どうして? と言わんばかりの顔をする。
「私はただの子爵令嬢よ?伯爵夫人だって荷が重いのに公爵夫人なんて・・」
クッキーも口にしない私にフレッドは、飴を口に入れた。
私はその飴を口の中でコロコロと転がした。
「リーシェのお母様がなぜ頻繁に君を我が家に連れて来たと思う?」
「?貴方とバンが仲良しだからって思っていたけれど・・違った?」
フレッドはニコニコしながら私に口づけを落とす。
「僕がリーシェをお嫁さんにする!って両親に言ったから母が君に直接教育をしていたんだよ」
「えっ?そうなの?」
フレッドは嬉しそうに私を抱き上げるとそのまま屋敷の方へと歩きだす。
私はそんな彼に身を委ねながら更に質問をした。
「フレッドはいつから私の事をお嫁さんにしたいと思っていたの?」
フレッドは立ち止まりまた私に口づけると、少し膨らんできた私のお腹を見つめる。
そして・・
「母のお腹の中にいる時からだよ」
そんなバカなーと笑う私にフレッドは耳元で 本当だよ! と囁いた。
もしそれが本当なら私もすごく嬉しいな!
私とフレッドは声を出しながら笑うと、そのまま屋敷の中へと入って行った。
その日から四ヶ月後、私は男の子を無事産んだ。
読んで頂きありがとうございました!
最近、私の周りにも女性が上のカップルが増えて来ました!
母性本能をくすぐられるそうです。




