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まずは医者に行きましょう

11月○日 雨時々曇り

気持ちはわからないでもないけれど。


 荷車にこれから配達をする品を乗せていると、その中に『長寿』という銘柄があるのを見つけた。

 これは薬酒と呼ばれる酒で、生薬を原料の一部として酒を作っている。独特の臭みと苦味がある為、薬目的で買う人が多く、他の銘柄に比べてそこまで売れるものではないが今回の配達分にはその『長寿』が1升瓶を入れる箱で3箱分あった。

 珍しいなと思い、配達伝票を確認する。


「臼木さん……?」


 臼木さんは一人暮らしの高齢のおじいさんだ。

 いつもは2、3ヵ月に1本くらいの間隔で『長寿』を買いに来るのだが、これはどうしたことか。間違えて注文してしまったのではないだろうか。

 ただ、この酒は賞味期限もながく、たくさん買って保管していても特に問題はない。もしかすると外に買いに出るのがおっくうでまとめて注文したのかもしれない。それはそれで心配だが、配達ついでに様子を見てこようと作業の続きに戻った。




・・・




 配達の経路的に、『長寿』をたくさん注文した臼木さんの家へ行くのは最後の方になった。荷車を道の端に停めて立派な門構えの家へと入る。門から玄関までの間には庭石が置かれ、敷き詰められた砂利と飛び石、そして紅葉の木が美しく配置されていた。臼木さんの趣味だろうか。


「臼木さーん! 髙岡酒店でーす! 配達に来ました!」


 しばらくすると家の奥の方から小さく声が聞こえた。


「おぉい、玄関が開いとるので……」


 最後の方がよく聞き取れなかったが、家に入ってきてくれということだろう。

 玄関まで続く飛び石をふみ、引戸(ひきど)に手をかけた。引戸はすべりが悪く、力を入れると少し引っかかるようにガタガタと音を鳴らしてあいた。


「これは……」


 玄関を開けると目の前には食材の入った籠がいくつもあった。その後ろには米俵が積まれている。そして米俵のとなりには恐らく味噌や塩、醤油などの調味料が入っているであろう樽や木箱が置いてある。

 玄関奥の部屋にはこれまた木箱が山積みになっており、木箱の前には米俵と、何が入っているかわからない大きな袋がいくつもあった。大量の食材で部屋が埋め尽くされている。何か商売でも始めるのだろうか。


「あぁ、どうも。ご苦労さん」


 積み重ねられた荷物の奥から小柄な老人が玄関まで出てきた。


「お荷物はどちらに運びましょうか。それにしてもすごい量ですね」

「ここはもう置き場が無いからなぁ……じゃあそこに置いてもらおうかな」


 臼木さんは玄関の引き戸、自分の立っているところを指差した。


「良いですけど……ここに置いたら出入りするのが大変になりますよ?」

「いやいや、足が痛くてさ。外に出るのも大変だからこうして買い込んでるわけ。そこで構わないよ」

「それでこの量なんですね。医者は何て仰ってるんです?」

「医者には行ってないよ。医者は昔から苦手でね」


 まずは医者に診てもらった方が良いのではと思ったが、それを指摘しても良いものか。

 家から出なくなるとさらに足の調子は悪化するのではないか。人と接していないと、独りよがりな考えになって良くない気もする。現に玄関と部屋を覆い尽くす量の食材を見てそう思った。尋常な量ではないし、保存をしたとしても老人一人がどうこうできる量ではない気がする。

 臼木さんに何かあった際、誰にも気付かれずに荷物に囲まれてながいこと発見されずミイラにでもなってそうだと良からぬ事も想像した。干された大根や人参のその横で臼木さんが……。


「……あの、とりあえず荷物は玄関に入れちゃいますね」


 慌てて恐ろしい想像をかき消し、3箱分の料金を頂戴して手早く箱を玄関に置いた。


 店への帰り道、家に籠城するつもりの臼木さんをどうしたら良いか悶々と考えながら坂を上った。店の前に荷車を置くと、店内にお客さんがいた。店内の品を熱心に見ているようだ。あれ、この人……。


「あー! 良いところに! 桜井さん! ちょっと行ってもらいたいところがあって」

「え、何? 新しいお酒? 辛口? にごり? どうしたの? 急に」

坂下(さかした)の八幡神社近くに臼木さんというおじいさんがいるんですけど、今度往診に行ってもらえませんか。足が痛くて家から出られないみたいで」

「あらあら、それは大変ね。買ったらすぐ行くわ」

「すみませんお休みのところ。今度、新しいの入れたら真っ先にお声がけします」

「えー、嬉しいわぁ……じゃあ今日はそこのを1本ずつ。おじいさんを診て来た帰りに寄れるわよね? 置いておいて良い?」

「どうぞどうぞ。1本おまけしときます」


 桜井さんはご機嫌で鼻歌まじりに坂を下りて行った。


 しばらくして再び女医の桜井さんが店に戻って来た時には、桜井さんの手には『長寿』の一升瓶が持たされていた。




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